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宇野功芳 企画・有山麻衣子 幻のコンサート

 今、評判の「有山麻衣子 幻のコンサート」です。
 歌唱の方は残念ながら素人の域をを超えていません。有山さんはプロでないから当然ですが、本当はプロを凌駕してほしかった。可憐で透明な美しい声には誰しも納得できるのですが、声量の余裕がなく、ビブラートまた音程も不安定、声に変化がなく、歌唱が平板、はっきりいって下手。確かに違和感のあるヴィヴラートはありませんが。もう二度と聴くことはないと思います。ああ、無駄な買い物をしてしまいました。この種のCDはひばり児童合唱団、NHK放送児童合唱団のものが、より唱歌・童謡らしさを、素朴さを出しています。

 随分前、オペラ演出家、三谷礼二の企画で『遠藤幸子/日本童謡集』を買いました。遠藤幸子の歌唱は、コトバの深部に降り立って、ある時は優しくある時は恐ろしく、自在な姿を見せる。といって決してどろどろとした情念の世界を強調したものでなくあくまでも自然体でした。

 両CDとも企画者が演奏そのものを指揮する手法、素朴さを求めるスタンスは同じですが、残念ながら歌手の技量で差が出てしまいました。残念!


●宇野功芳 企画・指揮 『有山麻衣子 幻のコンサート』

【曲目(作詞 / 作曲)】
1. 花かげ (大村主計 / 豊田義一)
2. 十五夜お月さん (野口雨情 / 本居長世)
3. 雨ふり (北原白秋 / 中山晋平)
4. 花嫁人形 (蕗谷虹次 / 杉山長谷夫)
5. 七つの子 (野口雨情 / 本居長世)
6. リンゴのひとりごと (武内俊子 / 河村光陽)
7. きいろいきいろい歌 (サトウハチロー / 中田喜直)
8. 月の沙漠 (加藤まさを / 佐々木すぐる)
9. 摘草 (小学唱歌[3年])
10. 虫のこゑ (小学唱歌[3年])
11. 牧場の朝 (小学唱歌[4年])
12. 海 (小学唱歌[5年])
13. 鯉のぼり (小学唱歌[6年])
14. 我は海の子 (小学唱歌[6年])
15. さくら (日本古謡・中田喜直編)
16. 愛国の花 (福田正夫 / 古関裕而)
17. 子守歌 (野上彰 / 團伊玖磨)
18. 庭の千草 (里見義 訳詞 / アイルランド民謡)
19. マリアの子守歌 (べーリッツ[宇野通芳 訳詞] / レーガー)
20. 春への憧れ (オーヴァべック[上山友昭 訳詞]/ モーツァルト)
21. バルバリーナのカヴァティーナ「落としてしまった、どうしよう」 (モーツァルト)
22. ツェルリーナのアリア「ねえ、あなたおとなしくしていたら」 (モーツァルト)
23. ピエ・イエス(慈悲深きイエスよ) (フォーレ)
24. バイレロ (オーヴェルニュ民謡[カントルーブ編])
【演奏】
有山麻衣子(ソプラノ)
佐藤和子(ピアノ)
【録音】
2006年3月18日 ムラマツ・リサイタルホール新大阪 (ライヴ)
[DDD/ステレオ]

●有山麻衣子(ソプラノ)…宇野功芳に師事。東京をはじめ金沢、富山、横浜、埼玉でリサイタルを開催。また、アンサンブル・フィオレッティーにも参加し、各地で演奏活動を続けている。

●HMV レビュー
インフラノイズのABS-7777を録音とマスタリング時に使用
高精度クロックによる超高音質録音!女神が導いたかのような《天使の歌声》
だれもが聞いたことのある、愛唱歌ばかり
「宇野功芳の秘蔵っ子ソプラノ」有山麻衣子〜リサイタル・ライヴ
「声の訓練を日常受けつづけるプロの歌手には、絶対こんな声は出ない。ぼくはクラシックの歌手にアレルギーを持っている人にこそ、このCD を聴かせたい。なまじ専門の声楽を習っている人は文句をつけるかも知れないが、芸術のいちばんの敵は常識なのだ。」―宇野功芳氏(ライナーノーツより)
宇野功芳氏の秘蔵っ子ソプラノ、有山麻衣子のソロ・コンサート・ライヴ・アルバム。ノン・ヴィブラート、手垢にまみれぬ清楚な歌声で聴くなじみ親しんだ名曲の数々は、多くの人の心を惹きつけることでしょう。録音にはインフラノイズ社製のオルソ・スペクトラム高精度クロック、A/Dコンバーターほか音にとことんこだわった機材を使用していてオーディオ的魅力もいっぱいです。[文面提供;(株)キング・インターナショナル]

ローレライ伝説

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ローレライ
ハイネ/近藤朔風/ジルヘル

明治42年(1909年)11月『女声唱歌』
作詞 ハインリヒ・ハイネ
Heinrich Heine(1797年12月23日〜1856年2月17日)
作曲 フリードリヒ・フィリップ・ジルヒャー
Friedrich Philipp Silcher(1789年〜1860年)

1909(M.42)年、『女声唱歌』に発表されました。ドイツのライン川中流によく船の沈む場所があり、それは「高い岩の上で魔女ローレライが歌う歌声に、船乗りが魂を魅了されて岩にぶつかるから」という伝説があります。この伝説を題材にしたハイネの詩に付けられた曲の一つです。

もし、その美しい詩が生まれなかったら、その名曲は生まれなかった。
彼は、貧乏なユダヤ商人の家庭に生まれました。
金持ちのおじは、彼にお金の援助をし、彼を大学に行かせました。
おじは、それが歴史に記録される話になるとは、その時、想像できませんでした。
彼は、大学で、法律・哲学・文学を学びました。
そして、時がたち、1827年、彼は恋愛詩集『歌の本』を出しました。
その後、『ドイツ冬物語』『ロマンツェロ』などを出しました。
彼の詩が、あまりに、あまく清らかかであった為、シューマンやシューベルトたちが、曲をつけました。

あなたも、その美しい歌を歌った事があるはずです。
『ローレライ』
ハイネ【1797-1856】は、ドイツの革命詩人として、歴史に記録されています。
おじの小さな愛は、歴史に残る詩、そして曲を、生み出す事につながっていきました。
あなたが思う小さな愛、それは決して小さくない。 
やがて、世界がひとつのように口づさむ人類遺産を生む事になる。


ローレライ 近藤朔風
一、
  なじかは知らねど 心わびて、
  昔の伝説は そぞろ身にしむ。
  寥しく暮れゆく ラインの流
  入日に山々 あかく映ゆる。
二、
  美し少女の 巖頭に立ちて、
  黄金の櫛とり 髪のみだれを、
  梳きつつ口吟む 歌の声の、
  神怪き魔力に 魂もまよう。
三、
  漕ぎゆく舟びと 歌に憧れ、
  岩根も見やらず 仰げばやがて、
  浪間に沈むる ひとも舟も、
  神怪き魔歌 謡うローレライ。

 世界的に知られる名曲。ハイネの詞にジルヘル(ジルヒャー)がメロディを付けた。
「ローレライ」とは、妖精の岩という意味で、この大きな岩がある場所はライン川でも難所として知られ、たくさんの船乗りが命を落としたという。その理由が、この妖精の甘い声に船乗りたちが我を忘れたからだ、という伝説も有名である

●ローレライ伝説
●写真
対岸より眺めたローレライ岩
ライン川にそびえるローレライ
ローレライ像

●ローレライ(Loreley)は、ライン川流域の町ザンクト・ゴアルスハウゼン近くにある、水面から130mほど突き出た岩山のことであり、スイスと北海をつなぐこの河川でも一番狭いところにある。

流れが速く、水面下に多くの岩が潜んでいるため、かつては航行中の多くの舟が事故を起こした場所である。現在は幾度にも渡る工事により大型船が航行できるまでに川幅が広げられている。

ライン川下りは、ドイツの観光として有名であるが、ローレライ周辺は、ブドウ畑や古城が建ち並ぶ、見所の多い辺りである。また、この岩山に向かって叫ぶと木霊が返ってくるため、舟人たちの楽しみにもなっていたともいわれている。

岩山の上には、ローレライセンターBesucherzentrum Loreleyが建てられている。

●語源と由来
ローレライという語は、古ドイツ語の"luen"(見る、あるいは潜むの意味)と"ley"(岩の意味)に由来している。

ローレライというのは、この岩山を表すと同時に、この岩の妖精、あるいはセイレーンの一種でもあり、ドイツの伝承に由来する、多くの伝説群にしばしば結びつけられる。ハインリッヒ・ハイネのIch weiss nicht was soll es bedeuten(「何がそうさせるのかはわからないが」という意味)で始まる詩が一番有名であるが、伝わっている物語にはいくつかの形がある。多くの話に共通するモチーフとしては、ローレライとは不実な恋人に絶望してライン川に身を投げた乙女であり、水の精となった彼女の声は漁師を誘惑し、破滅へと導くというものである。

Der Marnerという13世紀の伝説は、岩の下にはニーベルングの黄金が眠っていると伝えている。この話は、妖精の女王ホルダの伝承と関連がある。彼女はおそらく、フレンシュタインで髪を梳いており、彼女を見た者は視界を失って、訳も分からずに彼女の声に魅了されてしまうのであろう。この伝説は、クレメンス・ブレンターノが、自身の作として1801年に発表したGodwiという小説の作中の"Zu Bacharach am Rheine" という詩で有名な神話群の仲間入りをした。

●ハイネのローレライ
『歌の本』「帰郷」の節の2番目の詩がこのローレライにまつわる詩である。1838年にフリードリヒ・フィリップ・ジルヒャーが作曲して、有名になった。日本語の訳詞は明治42年の『女声唱歌』に近藤朔風の訳詞があり、今日まで歌い継がれている。

また、この詩にはフランツ・リストやクララ・シューマンなども曲を付けている。

●ブレンターノのローレライ
キャロル・ローズが著した『世界の妖精神話事典』では、ローレライは古くからある伝承ではなく、ブレンターノの創作であると記されている。

ブレンターノの詩では、ローレライが妖精になる前のこととライン川に飛び込むまでが描かれている。

詩に描かれたローレライは、見る者を虜にしないではおかない美女であり、多くの男達の面目をも失わせてしまうこともあった。裁きの場に出された彼女は、恋人の裏切りに絶望していたこともあって、死を願うが叶えられず、修道院へと送られた。道中で、最後の思い出に岩山から恋人がかつて住んでいた城を見たいと願い出、岩山の上からライン川へと身を投げた、というのが詩の内容であった。

19世紀には多くのオペラや歌曲、短編などの題材となっており、ヘルマン・サリンジャーHermann SeeligerのLoreleysageの中で数え上げられている。

●ローレライ (映画)
敗戦を間近に控えた日本。広島市には世界最初の原爆が投下された。海軍軍令部の浅倉大佐は第2の原爆を阻止するため、閑職に追いやられていた絹見少佐をドイツからの戦利潜水艦「伊五〇七」(フランス軍潜水艦シュルクーフ→ドイツ軍潜水艦UF-4→伊五〇七)の艦長に任命、独断で作戦を決行した。「伊五〇七」にはドイツの開発した特殊音響兵装「ローレライ・システム」が搭載されていた。定員に満たない寄せ集めの乗員たちは日本最後の希望として出撃するが、その裏には浅倉の恐るべき野望があった…。

主題歌 ヘイリー『モーツァルトの子守唄』

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 『スターバト・マーテル』は、イエス・キリストが十字架にかけられたときの聖母マリアの悲しみを歌ったラテン語の詩で、『悲しみの聖母』と訳されます。

 この詩には、たくさんの作曲家が曲を作っていますが、その中でも最高傑作と言われているのが、ペルゴレージの『スターバト・マーテル』です。

 この曲は、ソプラノとアルトの二重唱に弦楽というシンプルな編成で出来ており、そのとても美しいメロディとハーモニーが、心を豊かに穏やかにさせてくれます。

 ペルゴレージ、最後の作品の、この深い言葉と旋律をぜひ聴いていただきたい。

●ペルゴレージ : スターバト・マーテル

1. スターバト・マーテル

01: 悲しみに静める聖母は涙にむせびて
02: 嘆き憂い悲しめるその御魂は
03: 天主の御独り子の
04: 尊き御子の苦しみを見給える
05: キリストの御母の
06: 聖母はまた最愛の御子が
07: 悲しみの泉たる御母よ
08: わが心をして
09: ああ聖母よ
10: われにキリストの死を負わしめ
11: 聖なる童貞女よ
12-1: 肉身は死して朽つるとも
12-2: アーメン

指揮者:ルネ・ヤコープス(指揮)
コンチェルト・ボカーレ
ルネ・ヤコープス(カウンター・テナー)
セバスティアン・ヘニッヒ(ボーイ・ソプラノ)
録音:1983年4月

第一人者ルネ・ヤーコプスのカウンターテナーとセバスティアン・ヘニッヒの美声のボーイ・ソプラノ、最小限にきりつめられた弦楽の綾なすペルゴレージの「悲しみの聖母」。抑制された表現が深い悲哀とはかなさばかりか危うげな香気をも醸すかのようだ。


●ペルゴレージ
 ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ (Giovanni Battista Pergolesi, 1710年1月4日 - 1736年3月16日)は、イタリアの作曲家。オペラの作曲家として知られ、古典派音楽の様式を最も早く示した音楽家である。モーツァルトと並ぶほどの才能を持ちながら、夭折してしまった。

●生涯
 マルケ州の町イェージに生まれ、幼い頃から音楽の才能を現し、ナポリの音楽院に入学する。1731年に卒業し、卒業作品として音楽劇『グリエルモ・ダキタニアの改心』を作曲。作曲家としての扉を開く。同年、初のオペラ『サルスティア』を初演するも不評に終わった。1732年、オペラ・ブッファ『妹に恋した兄』を初演し最初の成功を収めた。1733年8月28日、サン・バルトロメオ劇場でオペラ『誇り高き囚人』を初演。失敗に終わったにもかかわらず、この作品の幕間劇として作曲された『奥様女中 La Serva Padrona』が歴史的な大成功を収め、オペラの歴史に大きな変革をもたらした。1734年にはナポリ楽長に就任。1735年、オペラ『オリンピアーゼ』をローマで初演するが失敗しナポリへ戻る。この頃から体調が悪化し、療養しながら作曲に取り組んだが、1736年にはポッツオーリの聖フランチェスコ修道院に移る。死の直前に『スターバト・マーテル』(悲しみの聖母)と『サルヴェ・レジナ』(めでたし女王)を作曲し、完成した後、わずか26年の生涯を閉じた。結核であった。


●作品
 『奥様女中』没後人気が上昇し、偽作が大量に出回ってしまった。当時としては斬新なホモフォニー(和声音楽)を重視し、自然で快活な旋律は古典派様式のさきがけとなった。 オペラやインテルメッツォ(幕間劇)を約10曲残し、『奥様女中』は、オペラ・ブッファの元祖的作品とされる。カンタータを数曲、ミサ曲やモテットを10曲以上、器楽曲や室内楽曲も残している。『スターバト・マーテル』は、ソプラノ・アルト・弦楽合奏・オルガンの為に書かれ、モーツァルトの宗教作品に匹敵する美しさをそなえている。(ヨハン・ゼバスティアン・バッハがドイツ語のモテットに編曲している。)

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モーツァルト:エクスルターテ・ユビラーテ
(踊れ、喜べ、幸いなる魂よ)

 第三楽部のアレグロのソプラノ・コロラの妙技が素晴らしい。
 声楽の素晴らしさを知った一曲。

 《エクスルターテ・ユビラーテ》(ラテン語:Exsultate, Jubilate)KV.165 (158a) は、モーツァルトが1773年に作曲したモテット。日本では、「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」などの訳名が使われることもある。

 モーツァルト父子がミラノ訪問中に、モーツァルトのお気に入りのカストラート歌手、ヴェナンツィオ・ラウッツィーニのために作曲された。現在では、通常リリック・ソプラノの主要なレパートリーとなっている。

 以下の3楽章からなり、冒頭楽章がソナタ形式をとっているため、さしずめ声楽と管弦楽のための協奏曲のような構成になっている。とりわけ終楽章の「アレルヤ」が有名。

    第一楽章 アレグロ
    第二楽章 アンダンテ
    第三楽章 アレグロ

内容(「CDジャーナル」データベースより)
このモテットはテ・カナワのすばらしい独唱を得て新鮮で生き生きとした秀演を聴かせてくれる。


●モーツァルト:エクスルターテ・ユビラーテ

 (踊れ、喜べ、幸いなる魂よ)

 《エクスルターテ・ユビラーテ》(ラテン語:Exsultate, Jubilate)KV.165 (158a) は、モーツァルトが1773年に作曲したモテット。日本では、「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」などの訳名が使われることもある。

 モーツァルト父子がミラノ訪問中に、モーツァルトのお気に入りのカストラート歌手、ヴェナンツィオ・ラウッツィーニのために作曲された。現在では、通常リリック・ソプラノの主要なレパートリーとなっている。

 以下の3楽章からなり、冒頭楽章がソナタ形式をとっているため、さしずめ声楽と管弦楽のための協奏曲のような構成になっている。とりわけ終楽章の「アレルヤ」が有名。

 内容(「CDジャーナル」データベースより)
このモテットはテ・カナワのすばらしい独唱を得て新鮮で生き生きとした秀演を聴かせてくれる。


●キリ・テ・カナワ Kiri Te Kanawa ('44生)

 聴衆を舞台に引きずり込むような、カリスマ性をもった歌手、聴いただけではっきりわかるような特別な個性をもった声、はいま、数えるほどしかいない。

 キリの世代を最後に、特に少なくなったような気がする。ヘタな歌手の歌うオペラばかり聴いてると、耳が慣れてしまって、つい点が甘くなる。そのことについては誰もはっきり言わないが・・
キリは大輪の花だ。世界中でいちばん美しい声、と言える時期が確かにあった。

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モテト「アヴェ・ヴェルム・コルプス」K618

 モーツァルトの魅力を考える場合,昔からずっと座右の本で、目から鱗が落ちる思いをした本がある。日本の音楽評論界の大御所である吉田秀和氏が若い頃に書いた「LP300選」(新潮社)という本なのであるが,そこにモーツァルトと彼の先輩であるハイドン(私はハイドンの音楽も大好きである)を比較した文章がある。今もってこれほどモーツァルトの音楽を的確に表現した文章を私は知らないので,ちょっと長くなるが引用しよう。

 「・・・モーツァルトは,あの偉大で率直で明快なハイドンの芸術に,たった一つ欠けていた何かを,音楽に表現した。旋律ひとつとっても,表現の微妙な味わいが無限に豊かになっているし,和声でも半音階的歩みがはるかに柔軟な明暗を刻みつけている。・・・」。まさに,「アヴェ・ヴェルム・コルプス」の魅力を言い当てているではないか。とくに,主旋律のゆったりした「半音階的歩み」こそモーツァルトの音楽の神髄だ。

 アヴェ・ヴェルム・コルプス(Ave verum corpus)とは、カトリックで用いられる聖体賛美歌である。トリエント公会議で確立された対抗宗教改革の一環として典礼に取り入れられ、主に聖体祭のミサで用いられた。

 歌詞大意 めでたし、まことの御体、十字架上に犠牲となられ、われらのために血を流し給う
 現在ではモーツァルト作曲によるものが有名(モーツァルトはテキストを一部変更している)。

 この曲はモーツァルトが、妻コンスタンツェの療養を世話した合唱指揮者アントン・シュトルのために作曲したものである。簡素な編成でわずか46小節の小品だが、絶妙な転調による静謐な雰囲気から、モーツァルト晩年の傑作とされる。

 死に半年先立つ1791年夏、当時バーデンで療養中の妻コンスタンツェを、何くれとなく世話してくれた合唱指揮者のアントン・シュトル(1748-1805)のために書かれたもの。このシュトルとモーツァルトが親密な関係にあったことは、1791年7月12日付のモーツァルトの書簡からもうかがわれる。

 法王インノケンティウス4世(在位1352−62年)の作ともいわれるラテン語のテクストは14世紀以降の諸聖歌本にみられ、聖変化のための歌としてフランス、ドイツ、イタリアの各国で愛唱されている。

作曲の時期 1791年6月17日(自作品目録では6月18日)、バーデン。
基本資料の所在 〔自筆譜〕ウィーン国立図書館。〔全集〕新モーツァルト全集第1篇、第3巻。
演奏時間 4分弱。
編成 4歌唱声部。ヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、オルガン。

 ニ長調 アダージョソット・ヴォーチェ。弦楽4部とオルガンの伴奏による4部合唱曲。全曲わずか46小節の小品ながら、短くさりげない前奏から静かに歌い出されるその響きは澄み切って、じつに美しい。

 声のコロラトゥーラも、楽器の協奏的な走句もいっさい排した規則的な4分音符の歩み、中音域のみに限られた穏やかな音調、そして転調と半音階の細やかな陰影などに、モーツァルト最晩年の様式特徴がよく映し出されている。

 伝統の制約とか注文主の好みなどに煩わされることなく、のびのびと心の奥底の宗教感情を吐露した結果、作曲者はここで、質朴なたたずまいによって敬神の念を高めるという、ア・カペラ様式本来の理想の境地に達したのだといえよう。

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