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中村與資平記念館別館
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李王家徳寿宮美術館

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李王家徳寿宮美術館 
所在地      韓国ソウル市(京城府貞洞町5−1徳寿宮内)
竣工年      1938(昭和13)年3月31日竣工
規 模      地上3階、延べ床面積3733屐別1131坪) 
構 造      鉄筋コンクリート 外壁、列柱は花崗岩
様 式      近世復興式(ルネサンス様式)
設計者      中村與資平      主任技師  相坂幸治    
施工者      多田工務店
現 況      徳寿宮美術館(国立現代美術館分館)△箸靴道箸錣譴討い泙后
その他      
1909年竣工の石造殿(宮中遺物博物館),2階建ての渡り廊下でつながっています。

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京城公会堂(商工会議所)

京城府長谷川町(ソウル市中区)
竣工 1920(大正9)年7月
構造 煉瓦造 3階建て塔屋付
延面積 520坪
設計 中村與資平
総工費 約13万円

京城商工会議所は大正4年に設立され、当初は本町付近の貸し事務所にあったが、総督府から旧韓国歩兵隊兵営跡の無償貸与を受け、銀行、企業等から寄付を集めて公会堂を兼ねて新築した。敷地が斜面になっているため1階を半地下とし、2階が事務所、3階が公会堂になっている。昭和9年と12年に増築が行われた。(『京城商工会議所二十五年史』より)

朝鮮銀行群山支店

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韓一銀行時代(1960年代)の様子

朝鮮銀行群山支店
 
所在地      韓国全羅北道群山市蔵米洞23-1 (本町通)
地図 http://map.konest.com/dpoi/101389518
竣工年      1922(大正11)年12月竣工
規 模      地上2階、延べ床面積約1034.71屐別313.5坪) 
構 造      レンガ造り
様 式      ドイツ・セセッション様式
設計者      中村與資平   主任技師  岩崎徳松 または アントン・フェラー
施工者      清水組
現 況      群山近代建築館 http://ameblo.jp/byonjeonju/entry-11601041312.html

 2009年4月の韓国の新聞報道によれば、近くの旧税関や十八銀行群山支店などとともに保存され、近代歴史エリアとして整備されるそうです。

韓国全羅北道の東京事務所のホームページ(日本語版)に2010年6月22日付で次のような興味深い記事が出ていました。(リンク切れ)

「国家登録文化財第374号である旧朝鮮銀行群山支店(群山市蔵米洞)の上籾文(建設関連資料の総称)と、出勤簿が発見された。

朝鮮銀行の屋根下から発見された上籾文は、松板の前面に“朝鮮銀行群山支店上棟式”と書かれ、裏面には朝鮮銀行の支配人名、施工業者、設計者などの名前が記録されている。

この発見により、今まで1923年に建立されたものとされてきた朝鮮銀行の建物は、
1920年12月に上籾式をし、1922年の7月に完工したことが確認された。
また、群山市で現在推進中である市立博物館の遺物収集の過程で、旧朝鮮銀行の前身である第一銀行群山支店の出勤簿が発見された。
この出勤簿は、1908年から1925年までの職員の出勤記録が1巻(62帳簿)として残されており、職員の構成や勤務状況などが把握できる資料となっている。

群山市は、旧朝鮮銀行群山支店を基礎科学館と文化空間としての活用をすすめようと、
補修工事を進めている。

朝鮮銀行群山支店は、1903年11月群山で初めて設立された日本第一銀行の業務を引き継ぎ、1910年から営業開始した銀行で、植民地時代に開行した7つの銀行のうち、最も規模が大きいものであった。
蔡萬植の小説“濁流”では、青い屋根をのせた銀行と描写されてもいる。」

2010年頃韓国文化財庁と円光大学により詳しい調査報告書が作成され、韓国文化財庁のHPで公開されていた。(リンク切れ)

2013年8月現在、群山近代建築館として公開されている模様。
http://ameblo.jp/byonjeonju/entry-11601041312.html ブログ『全州にひとめぼれ』

2014年4月 現在の様子はこんな感じだそうです。
http://ameblo.jp/tangnamu/entry-11833704473.html#cbox「ありりん」さんのブログ

三越呉服店大連出張所

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三越呉服店大連出張所

現・大連銀行中山支行 
所在地      中国遼寧省大連市上海路(旧・大山通70)  
竣工年      1919(大正8)年竣工
規 模      地上3階、延べ床面積 約1425屐432坪) 
構 造      煉瓦造       
設計者      中村與資平/宗像主一       施工者      清水組
現 況      銀行として利用されている。

1912(明治45)年建築の2階建ての建物から増築を繰り返して1927年に現在の形になったと思われます。
1927年の改築は中村事務所を引き継いだ宗像事務所による。
三越は1937年に大連駅前に新築した5階建ての店舗(現・秋林女店)に移転しました。
三越の移転後、この建物は国際運輸蠅了務所になったようです。
5、6枚目は2006年10月の撮影。大連市商業銀行。
喫茶店や余分な看板が撤去され、塗装も変わって外観はすっきりと落ち着いていました。
7枚目、2007年8月 大連銀行に改称していました。
8枚目は絵葉書。右側の建物は1931年の地図によれば斉藤洋行。
9枚めは「中国記憶論壇」より拝借
10枚めは愛知大学ICCS『中国戦前絵葉書データベース』より拝借

朝鮮銀行大連支店

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朝鮮銀行大連支店  

現・中国人民銀行大連市分行
所在地      中国遼寧省大連市中山広場1号  
竣工年      1920(大正9)年竣工
規 模      地上3階、延べ床面積 約5293屐1604坪) 
構 造      鉄筋煉瓦造 
様 式      古典様式 (コリント式オーダー)
設計者      中村與資平
施工者      中村工事部
現 況      現存
文化財指定  大連市第一次重点保護建築物(2002年指定)
国務院全国重点文物保護単位(2001年指定)

ロータリーをはさんで真向かいに、大連事務所を継承した宗像主一設計の東洋拓殖大連支店(1935年竣工)があり、師弟競作の場面が見られます。
下の1999年のプレートと上の2002年のプレートを比べると、表現が微妙に異なります。
上の「関東銀行旧跡」とは1947年から1950年まで存在した地方銀行のことで紙幣も発行していたようです。
下は大連市の土地局制定のもの、上は大連市人民政府制定のものなので、昇格したわけですが、解放以前のことはあっさりと触れる方針になったのか、設計者の名前も削られてしまいました。残念なので記念に掲載しました。

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