永人のよそ道

相談者にとって「有名の無力」よりも「無名の有力」でありたい
超詐欺師・山口隆祥
安倍政権とズブズブのジャパンライフ
11・11日刊ゲンダイ

磁石を埋め込んだ健康グッズの預託商法を全国展開していたマルチ商法のジャパンライフ・山口隆祥(たかよし)会長は、政治的な近さを売り物にして6800人と言われる多くの人々から2670億円を集め、昨年12月に破産宣告を受け経営破たんした。

負債総額約2400億円で、今年4月に東京地裁が破産手続きの開始を決定した。その間、消費者庁から4度の行政処分を受けながらしぶとく被害者を騙しながら生き延びていた。その背景には安倍政権との“関係”がちらつくのだ。
**
山口隆祥(こざと篇は阜で8画・ネす篇は示で5画)
331711              安倍晋三
              610103
天格・山口   6      安倍  16
人格・口隆20大凶   倍晋 20大凶
地格・隆祥  28大凶    晋三  13大吉
外格・山祥  14大凶    安三   9大凶
総格・山口隆祥34大凶    安倍晋三29大吉
運の強さ   −30点        10点
山口隆祥は安倍晋三と同じ主運たる人格が20画の大凶悪運ゆえ、物の割れんとするかたちで、刑傷殺伐運でれっきとした犯罪運。

多くの者を失望とどん底に叩き込むことが平気な犯罪者である。しかも安倍は自律神経のイカレタ精神錯乱型の脳病患者。山口隆祥も負けず劣らずの発狂型神経異常者。

性格は9で水性の陰。二人は性格と価値観、人間性が一致し全くの同質でウマが合う。安倍の出身が山口県で、山口隆祥と同文字の縁と20という同画数を持っており、二人とも社会や多くの人間に迷惑をかけて平気な罪の意識に欠ける困った存在。
***
捜査着手に震える政治家

ジャパンライフ(東京)による消費者被害を巡る捜査が本格化する様相である。
「ジャンパンライフの商売は磁気ネックレスなどを数百万円で顧客に売りつける一方、同社が第三者に貸し出すことで顧客に年6%のレンタル料を支払う仕組み。

動きが有ったのは5日でした。警視庁がジャパンライフの破産管財人に関係資料の提出を求めたのです。昨年12月に愛知県内の被害対策弁護団が同社と山口隆祥会長、長女のひろみ前社長に対する告発状を県警に提出した。詐欺や預託法違反の疑いです。
 
本社を管轄する警視庁や被害者の多い愛知県警を中心に
『特定取引商取引法違反(不実の告知)容疑などでの立件を視野にしているとみられています』 続く

この記事に

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

 
「出会ってくれてありがとう」
さようならで終わらない
Yさんは、両手いっぱいの花束を持ってきて『おめでとう』と私に差し出し、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、2年間の想いを込めて手紙を読んでくれた。手紙の最後でYさんは言った。 

「あなたはこれから、たくさんの人に『ありがとう』と言われることになるでしょう。そうしてそれと同じぐらい他の人に対して『ありがとう』と口にするのだと思います。あなたの未来に沢山のありがとうがあふれることを、私はもう、よくわかっています」

 Yさんと出会ってからの2年間、私はたくさんの失敗をしてきた。でもそれ以上に、たくさんの人から感謝されていたことをYさんはずっと見ていた。
「だからこそ、今日は言わせてください。出会ってくれてありがとう」Yさんはぐっと強く目を閉じ、涙がこぼれた。私はそれをじっと目に焼き付けた。

 もしもこの出会いがなかったら、Yさんが、こんなに私のことを大切にしてくれていなかったら、私は兵庫県へ旅立つことができただろうか。
**
 Yさんと離れるのは辛くて、苦しかった。でも、そこに一遍の後悔の念がないのは、今日離れてもいいと、浅く付き合っていたからではない。2年という歳月の中でYさんは、私が人との間に作っていた壁を壊してくれた。最後の日、ボロボロと泣き出すYさんを目の前にして、ようやくそれに気が付いたのである。

 別れとは「さようなら」だと思っていた。しかし、私にかけられた言葉は無数の行ってらっしゃいだった。力強い応援に送り出されて、私は兵庫県に旅立つ。
「行ってきます」Yさんからの手紙をコートの内ポケットに入れると、私は飛行機に乗り込んだ。終り
 


この記事に

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

「出会ってくれてありがとう」
最初は出版記念パーティ―の運営スタッフから始まり、出版社に入った筈なのに、任されるのは規格の運営やスタッフばかりだった。瞬く間に半年が過ぎ去った頃Yさんが私に言った。
「このままここでアルバイトしない?」
働くうちに、インタビューの同席や原稿の確認など、出版社らしい業務をいくつか任せてもらえるようになった。そして自分の名前がほんの奥付に印刷されたときは、うれしくて飛び上がりそうになった。

 自分の名前が刻まれた本が書店に並んだところを見に行った。イベントで手売りして、何冊も本を売った。本が出来るまでの工程を知っているからこそ、届けたい、伝えたい、という想いがこもった。
**
気が付くと出版社でのアルバイトもいつの間にか2年を超えていた。4年生になり、細々と行っていた就職活動を終えた時、ふとYさんの顔が浮かんだ。随分夢中になっていたけれど、また別れの季節がやってきたのだ。
「Yさん、就職が決まりました。」
Yさんはにっこり笑ってから、泣いて喜んでくれた。就職先は兵庫県。東京から随分遠くに離れてしまう。
『送別会しないとね』
またお別れだ。私はいつもこの瞬間が嫌いだった。
どんな顔をすればいいのかわからなくなってしまう。続く
 

この記事に

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

「出会ってくれて、ありがとう」
          稲田知明兵庫県尼崎市・会社員23歳)
 小学生の時、何度も転校をした。お別れ会があるたびに悲しくて仕方がなかった。転校を繰り返すうちに、新しい人間関係を作るのが怖くなり、家に閉じこもるようになった。
 父が東京で家を買い、引っ越すことが無くなってからも、中学も高校も長くて3年で別れが来る。どうせいつか別れてしまうなら、もう友達なんていらない。
 
 私は通信制の高校を選び、大学でも人との関係は距離を取った。とにかくいつ別れてもいいように、いつ関係が切れても後悔しないために、誰にでも優しく、誰にでも平等に、笑顔を振りまいて過ごしていた。
 
 それは誰との関係もいつ切れても、変わらぬ日常が流れて行くようにするための最大の自己防衛だった。
**
「一緒に働きませんか?」
 大学1年生の時、外部講師の一人として、Yさんという女性がやってきた。とある出版社で編集長をしていたYさんは、私たち大学生を前にして、出版社でYさんがどのように働いているのかを語っていた。
授業が終わった後、私は何時ものように挨拶と、記憶に残らないような会話をし、なんとなく名刺交換をして、Yさんと別れた。

数か月後Yさんから私にメールが届いた。「会社を立ち上げることになりました。一緒に働きませんか?」当時大学2年生だった私は、ちょうどインターンシップ先を探していたこともあり、Yさんの誘いに乗って新しく立ち上がった小さな出版社で働くことにした。期間は半年間。
                       続く

この記事に

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

今この人に聞きたい・前川 清

最終回

どんな人の人生にもドラマがある


7年前からは、旅番組までやらせていただいています。
「前川 清の笑顔まんてん タビ好き」・九州朝日放送・という番組で、故郷九州の各地をまわっています。

 旅といっても観光名所や名物を紹介するわけではありません。出かけて行くのは、寂れた商店街や裏通り、山に囲まれた小さな村。有るのは、地元の人たちとの出会いだけです。
 
 完全なアポなしですからピンポーンとインターフォンを押しても無視されることもあります。
『テレビなんか好かん、帰れ!』と怒鳴られることも、しょっちゅうです。初めのころは何度も心が折れそうになりました。
でもこれが楽しくなってくるんです。「お父さん亡くなったの? 辛かったね」と言えば『なーに、清々して涙も出んわ』
とアハハと笑う元気なお母さんがいる。かと思えば、逆に奥さんに先立たれてしょぼくれてしまったお父さんもいる。

 どんな人の人生にもドラマが有って、笑わされたり、泣かされたり、感動してばかりです。
本来、人見知りで口下手なはずの僕が、この旅では、なぜか相手の懐に飛び込んでお話しできているのも、一つの発見でした。もしかすると、歌っているときよりも、イキイキしているかもしれません(笑)。

 プロの歌手になったのに気持ちはどこかシロウトのまま。
何時も長崎へ帰りたくて、東京にもなかなかなじめませんでした。羽田空港について『ああ、帰ってきた』とほっとしている自分に気づいたのは、デビューから15年もたった時でした。

 やっと東京が自分の居場所になったんです。何をしても人より不器用です。でも人と同じではないから、それが個性となってここまで来られた。
こんな自分でもいいじゃないか。
50年たった今、初めてそう思えるようになりました。終り
PHP・No846金原 みはる

この記事に

開く コメント(0)

開く トラックバック(0)

[ すべて表示 ]


.


みんなの更新記事