ひみ子in♡花の隠れ里♡

4月8日、記事数[2912です。悪戯好きさん、大事な記事を消さないでね。

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阿波野ひみ子宛てに総理大臣名義で書類と銀杯が来ました。

引き揚げ者であることを仰々しく証明する書類をつけて申請したからです。



なぜ申請できたかというと、

、弟の嫁がたまたまラジオで言っていたのを聞いたそうで、メモしてくれて、

記念品がもらえるのならとりあえず引き揚げ者ってことだけでも登録する価値があるのではって、

相談した結果、申請したわけです。

わたしもいつもラジオはつけていますが真面目に聞いていないようで知りませんでした 。

ですから、申請されなかった人には、きていないかと思いますが。


わたしは北京からの引き揚げ者です。

父が北京の陸軍病院で働いていました。軍人ではありません。

父から好んで北京勤務を希望したわけではなく、命令されて行ったはず。

でも、

戦後一年以上とどめられてやっと日本へ引き揚げてきました。

母は北京で亡くなり、父は子供三人を守って引き揚げてきてくれましたね。

すべての財産は没収され、着のみ着のままでした。

戦後、どれだけ苦労させられたことでしょう。

そして

父は、すべての苦労を飲みこんだまま昭和58年に他界しました。



リトル・ガリヴァー社の「隠れ里のひみ子さん」(7月刊)のなかに入れてある

「うろおぼえの北京」を読んでくださった皆さんは、周知のことでしょうが、

それでも、

また、書かざるを得ない物が舞い込んだわけです。


政府よ、

こんな銀杯一個で、引き揚げ者すべての人生を、一件落着とされるのですか?

ましてや、8月の日付で、今ですよ。

総理大臣の名前も変わりましたのにね。(でも、今回が初めてなのですから)

おまけに

わが家族で一番苦労をした父はもういないのです。

こんなささやかな銀杯すら父宛てには来ないのですね。あの世では受け取れないのですね。

わたし宛てに来た銀杯でわたしは我慢させられても、

あの世の父には、何を下さるのですか?

父にも下さってたら、

なみなみお酒でも注いで、死出の杯として酌み交わせるのですが。

あ?

そういう意味??政府様!!

これ、死出の杯をくださったの?


やたらと虚しい、きょうこの頃です。



コテツさんのコメントでわたしの鬱々が解明しました。

わたしの深層心理を解明してくれましたね。

なぜ物が届いてこんなに憂鬱だったのか、やっと分かりました。

「政府からあげるのだから必ず喜ぶであろう」

という上から目線が悲しかったのですね。

「こんなものでは済まないだろうけれど、とりあえずこれでお許しを」

と書いてあれば、納得したのかも知れませんね。涙がとめどなく流れます。





狂歌
捨てるのも飾るもいらぬ それならば質屋へいこう 質屋はいずこ

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