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5次車(15〜21編成) 5次車は1994年に日本車両と近畿車輛で製作されました。15〜17編成が日本車両、18〜21編成が近畿車輛です。 5次車からが俗にいう後期車で、前面の排障器が大型化され、一部の人から「ロングスカート」と呼ばれています。 枚数が多いので、製造会社で分けます。 日本車両製造車(15〜17編成) 泉岳寺止まり時代の41T運用に入った5315編成(六郷土手) 2012年大晦日、深夜運用の31Tに入った5316編成(金沢八景) 23T(笑)運用の5316編成(青砥) 01Tエア急 羽田空港行運用の5316編成(黄金町) 新旧普通運用車と並ぶ5316編成(南大田) 改正前の41T運用に入った5317編成(京急蒲田) |
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先ほどの続きです。3次車の記事へ 4次車(11〜14編成) 4次車は1993年に再び日立製作所で製作されました。製造会社戻ったんだ(*^_^*)w 4次車からはシンボルマークのイチョウの位置が現在の位置になったとか・・・以前は種別表示の下にあったらしいです。 01T時代の特急 成田行に入る5311編成(京急久里浜) エア急新設前の急行運用に入る5312編成(京急蒲田) 久里浜工場で修繕を受けた帰り。91T回送の5312編成(南大田) ダイヤ改正前の北行エア急 印西牧の原行運用の5313編成(平和島) 朝の逗子特急41Tに入る5314編成(金沢文庫) 45Tに入った5314編成(金沢八景→金沢文庫) 朝の31T運用に入った5314編成(追浜) |
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先ほどの続きです。2次車の記事へ 3次車(07〜10編成) 3次車は1992年に日本車両製造で製作されました。製造会社変わりすぎ・・・w 3次車からは他社車両に合わせて車椅子スペースが1,8号車に変更になっています。 夕方のロングラン特急 成田行運用の5307編成(杉田) こちらも夕方ロングラン31T特急5308編成(京急長沢) 東京スポーツ祭HM装着の5308編成(京急蒲田) 今はなき49T特急 印西牧の原行運用の5309編成(金沢文庫) 2012年のファミリーフェスタ開催時、久里浜工場で整備中だった5310編成(京急ファインテック久里浜工場) |
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先ほどの続きです。1次車の記事へ 2次車(03〜06編成) 2次車は1991年に川崎重工で製作されました。1次車での実績を踏まえて、改良されています。 エア快運用に就く5303編成(北品川) エア快で羽田に向かう5303編成(鮫洲) 朝ラッシュにやってくる31T特急5304編成(堀ノ内) 翌日も同じ運用に入ってた5304編成(堀ノ内) 桜並木を疾走する5304編成(京急富岡→杉田) エアポート急行新設前の急行運用に入る5305編成(羽田空港) 余談:2次車も1次車同様製造当時4、5号車に車椅子スペースがありましたが、その後1,8号車にもスペースが設けられました。こちらも6枚目の5305編成は設置前なのでステッカーがありません。 |
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こんにちは! 今日は「白い悪魔」についてのお話w 5300形は1990年から5000形の置換えを目的で製造が開始された形式です。そのうち1990年から1993年に作られた前期車と呼ばれている14本は前面の排障器が短めで、一部からは「ミニスカ」と呼ばれています。 それでは各次車ごとに見ていきましょう。 まずは1次車! 1次車(01〜02編成) 1次車は1990年に日立製作所で制作されました。試作的な意味も含められていたので量産車との違いを見つけると楽しいかと。 トップナンバー5301編成!都車といえば北総系統の印象が強いですね!(羽田空港) 夕方恒例45Tに入ったトップナンバー5301編成(金沢文庫) スカイライナー時代のAE100形と並ぶ5302編成(京成高砂) 余談:1次車は製造当時4、5号車に車椅子スペースがありましたが他社車両との共通化を図るために2009年から1,8号車にもスペースが設けられました。そのため編成中に4か所もあることになってしまいましたwちなみに3枚目の5302編成は設置前に撮影したのでステッカーがありません(-_-)、、、 |





