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先ほどの続きです。3次車の記事へ 4次車(11〜14編成) 4次車は1993年に再び日立製作所で製作されました。製造会社戻ったんだ(*^_^*)w 4次車からはシンボルマークのイチョウの位置が現在の位置になったとか・・・以前は種別表示の下にあったらしいです。 01T時代の特急 成田行に入る5311編成(京急久里浜) エア急新設前の急行運用に入る5312編成(京急蒲田) 久里浜工場で修繕を受けた帰り。91T回送の5312編成(南大田) ダイヤ改正前の北行エア急 印西牧の原行運用の5313編成(平和島) 朝の逗子特急41Tに入る5314編成(金沢文庫) 45Tに入った5314編成(金沢八景→金沢文庫) 朝の31T運用に入った5314編成(追浜) |
5番線 東京都交通局・東京メトロ
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先ほどの続きです。2次車の記事へ 3次車(07〜10編成) 3次車は1992年に日本車両製造で製作されました。製造会社変わりすぎ・・・w 3次車からは他社車両に合わせて車椅子スペースが1,8号車に変更になっています。 夕方のロングラン特急 成田行運用の5307編成(杉田) こちらも夕方ロングラン31T特急5308編成(京急長沢) 東京スポーツ祭HM装着の5308編成(京急蒲田) 今はなき49T特急 印西牧の原行運用の5309編成(金沢文庫) 2012年のファミリーフェスタ開催時、久里浜工場で整備中だった5310編成(京急ファインテック久里浜工場) |
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先ほどの続きです。1次車の記事へ 2次車(03〜06編成) 2次車は1991年に川崎重工で製作されました。1次車での実績を踏まえて、改良されています。 エア快運用に就く5303編成(北品川) エア快で羽田に向かう5303編成(鮫洲) 朝ラッシュにやってくる31T特急5304編成(堀ノ内) 翌日も同じ運用に入ってた5304編成(堀ノ内) 桜並木を疾走する5304編成(京急富岡→杉田) エアポート急行新設前の急行運用に入る5305編成(羽田空港) 余談:2次車も1次車同様製造当時4、5号車に車椅子スペースがありましたが、その後1,8号車にもスペースが設けられました。こちらも6枚目の5305編成は設置前なのでステッカーがありません。 |
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こんにちは! 今日は「白い悪魔」についてのお話w 5300形は1990年から5000形の置換えを目的で製造が開始された形式です。そのうち1990年から1993年に作られた前期車と呼ばれている14本は前面の排障器が短めで、一部からは「ミニスカ」と呼ばれています。 それでは各次車ごとに見ていきましょう。 まずは1次車! 1次車(01〜02編成) 1次車は1990年に日立製作所で制作されました。試作的な意味も含められていたので量産車との違いを見つけると楽しいかと。 トップナンバー5301編成!都車といえば北総系統の印象が強いですね!(羽田空港) 夕方恒例45Tに入ったトップナンバー5301編成(金沢文庫) スカイライナー時代のAE100形と並ぶ5302編成(京成高砂) 余談:1次車は製造当時4、5号車に車椅子スペースがありましたが他社車両との共通化を図るために2009年から1,8号車にもスペースが設けられました。そのため編成中に4か所もあることになってしまいましたwちなみに3枚目の5302編成は設置前に撮影したのでステッカーがありません(-_-)、、、 |
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こんにちは! ここ最近、更新せず申し訳ありませんでした… さて、この間の日曜日ちょっと用事があって遠出したんですが… ついでに、この電車に乗りましたー↓ はい、東京メトロ北綾瀬支線に残る5000系の生き残りです。 写真の5151Fは5151-5455-5951の3両編成で1967年にアルミ試作車として登場した車両です。ちなみに当時は7両編成で東西線の運用に使用されていましたが、北綾瀬支線に残っていた5000系ステンレス車を淘汰する目的でココにやってきました。 さて、この北綾瀬支線…意外に面白い路線なんです。 ここを走っている営業用車両は3編成9両なんですが、うち2編成がいま紹介した5151F、それと5152Fでどちらもアルミ試作車です。そしてもう1編成は6000-1Fといって、これまた6000系の試作車なんですね。俗称「6000系ハイフン車」と呼ばれている車両で貴重なので非常に人気があります。 結果:北綾瀬支線は試作車しか走ってない…という(^^ ![]() ではオマケ↓ 新砂あゆみ公園に保存されているオリジナル5000系です。 やっぱり5000系は東西線のラインカラーである青の印象が強いですよね! 以上です! ありがとうございました。 1枚目:2013年6月23日に撮影 綾瀬 2枚目:2012年8月12日に撮影 新砂あゆみ公園 |






