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こんにちは。最近暇で毎日更新できています(笑)
さて、今日からは先月行った長野・富山遠征の事を何回かに分けて更新します。ちなみに当ブログの書庫は会社別になっているので、それに合わせて分けていきます。ご面倒とは思いますがヨロシクお願いします。 去る3月12日、東京7時52分発の「あさま507号」に一時間ほど揺られ、さらに上田でしなの鉄道に乗り換えて約20分…屋代駅に到着しました。 駅構内の古い跨線橋を渡り、お目当ての長野電鉄屋代線ホームで元営団日比谷線の3000系(現在は3500系)とご対面しました。
登場当初から「マッコウクジラ」の愛称で多くの人に親しまれた3000系ですが、営団時代との差異は一本の赤帯が回ったことやワンマン化改造を受けた程度で、ほとんど原形を留めています。屋代線内では2両編成で、日比谷線登場時と同じ様になっています。しかしドアの半自動扱い(手動)や運賃箱の設置、一面の雪の中を走る姿は営団地下鉄時代には有り得なかったものですね。 ちなみにこの車両の製造は東急車輌でした。製造年は東京オリンピックの一年前の昭和38年(1963年)で長野電鉄に譲渡されたのは、長野冬季オリンピックの5年前にあたる平成5年(1993)年と言うわけで、3000系はオリンピックと密接な関係を持っている訳です。 さて、車両の先頭にいくとワンマン運転車両では定番の派手な運賃箱と運賃表がありました。 そのノリで乗務員室を覗きましたが時代を感じる運転台でした。
先頭部分から見えたのは雪の中をまっすぐに進む単線のレールとミラーに写る運転手のキビキビした動作でした。
座席は茶色で昔のままでした。 ドアは小窓で片面は広告などであまり外が見えない状況というね・・・
ドアの上にあった路線図。3000が長電に来たころはまだ木島線(河東線の一部)もありました。木島線の廃止からちょうど10年たった2012年・・・屋代線も廃止になり、長電は一本の路線が残るのみとなってしまいました。
屋代から36分。須坂に到着しました。貫通扉が雪でやばいですね・・・
天気はこんな感じです。めっちゃ寒い(泣)
そして隣のホームにいた元東急8500系に乗り一路長野へ向かいます。ちなみにこの二車両は昔東京でも並んでいましたね。とても仲が良いです!
途中で元小田急Hiseと列車交換しました。
26分で長野に着きました!さてお昼ごはんです(笑)
廃止寸前の長野電鉄屋代線でした。この続きは次回です。お楽しみに!! |
10番線 長野電鉄
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