|
こんにちは!ピッポリーノです。 夕方からはベガルタ仙台対サンフレッチェ広島の試合をユアスタで観戦予定です。 |
ピッポリーノお城訪問!
-
詳細
|
こんばんは!ピッポリーノです。
今朝の職場の話題は、もちサンフレッチェ広島の話題でしたが、残念、残念と各所で聞こえてきて、だいぶ注目度UPです。
さて、この夏頃新しいスマホに買い換えたので、カメラの画素数が数段とUPしましたがその反面ダイレクトにブログに写真をUPするのに苦労してます。
画像のサイズをこまくする機能をまだ把握してないので、最近は後日UPになっています。
なので昨日一応浦和レッズ戦でのレッズサポのコレオグラフィーの写真もUPしておきました。
敵ながら雰囲気作りができていて感心しました。
が、われらがサンフレッチェ広島は、緊張と相手のサポーターのブーイングからどことなく低調に終わってしまったので、今週末のホーム最終戦では、サンフレッチェ広島の雰囲気が醸し出せるといいのですが。
そのうちの一つは、毛利軍団今季3度目の登場となるようです。
今季は1勝1敗の五分ですが最終戦でどういう結果になりますやら。
さて、本題に入りますが、そのスマホのカメラ機能としてパノラマ機能なるものがついています。
カメラのシャッターを押して、視点を変えていくと、自然と写真がつながって360度パノラマも可能な機能です。
世の中便利になったもんですね。
なのでさっそく忍城(おしじょう)で本領発揮です。
データが重くなってしまいますが、画像の虫眼鏡マークを押していただければ、画像がおっきくなってフルサイズでご覧いただけます。
写真にとったのは、忍城の御三階櫓です。
忍城じたい天守がないのでこちらが中心的建物的存在です。明治維新で取り壊された、こちらの櫓は昭和63年に再建されています。
歴史研究家のたかぽんさんが常々おっしゃってますが、昔は天守閣のあるお城はまれで、この忍城も例外ではありません。
日本名城百選に選ばれている、毛利元就公の居城でわが町の吉田郡山城もそうです。
忍城も中心部だけがこのような感じですが、本来であれば行田市中心部の半径2〜4キロは、城郭として存在していたようです。
なので行田市郷土資料館でレンタサイクルを借りて、回ってみましたが、時間の都合状半分しか回れませんでしたが、地名や橋に昔の門の名前がついていたりしています。
豊臣秀吉の小田原城攻めの際、忍城は石田三成率いる2万の軍勢が攻め入った際に水責めにあうわけですが、その時築堤された堤防もわずかではありますが現存していますが中心部から3キロくらい先にあるので実際に行かれてみると広さがわかるかと思います。
|
最上義光(もがみよしあき)day!こんばんは!ピッポリーノです。
12月2日〜4日までの山形遠征について少しずつUPしていきます。
滞在中、天候はすこぶる悪くて、2日目の夜入りだったので、はぶいても、3日は雨、4日は暴風です。
ですが、回れる場所をとりあえず観光してきました。
雨が降る中観光したのは、山形城跡(現:霞城公園)です。
ここの城主で有名なのは最上義光氏です。
戦国BASARAでも登場する知る人ぞ知る有名人です。
江戸時代中期以降、山形藩の財政難によりお城が切り売りされて、ほとんど跡形もありません。
こちらは東大手門です。
平成3年に復元されております。
そのほか、当時の名残も随所にうかがえます。
とある石積です。
なかなか最近は上手な石工さんがいなくて、けっこう修復はむずかしいんですよね。
こちらは、公園内にある最上義光公の銅像です。
廻りの植木は、雪対策の真っ最中でした。
そして、入場料が無料だった、最上義光歴史館で、じっくりお勉強です。
こちらで最上家の歴史や、有名な長谷堂の合戦を学習。
ちなみに長谷堂の合戦は、関原の合戦関連の地方戦で、最上義光と援軍の伊達正宗(東軍)VS直江兼続(上杉家重臣)(西軍)の構図で対戦。
長谷堂合戦図屏風等見どころ満載でした。
当時の甲冑も残っており、兜には鉄砲による傷痕も残っていて非常にリアル。
しかも入館料が無料ですから・・・たかぽんさんおすすめですよ!
色々と勉強をして、現代の合戦、モンテディオ山形(東軍)VSサンフレッチェ広島(西軍)の戦いに臨むのでした〜!
さて、余談ですが昨日のブログで写真を掲載できなかったnasaさんとAPOさんのお土産ご披露です。
APOさんにいただいたのは、ラスクでした。
そしてnasaさんからは・・・
まめやの富貴豆です。
こちらがけっこう好評でして、職場のお昼にみんなでいただきました。
御二方ありがとうございました。 |
戦国史を堪能する旅の1日でした。こんばんは!再びピッポリーノです。
信州シリーズ今回は第2弾になります。
長野市滞在2日目に訪れたのは、長野市松代町にある松代城跡です。
午前中はあいにくの雨に見舞われ、午後から猛暑というなんとも変わった1日を過ごしました。
松代城と言っても私は正直ピンと来ないのですが、武田信玄と上杉謙信が幾度となく繰り広げた川中島の要所である、武田家の海津城です。
これで私は、なんとなく位置関係がわかった感じです。
ここも真田家と縁があります。
真田昌幸の長男である真田信之(徳川家の幼女・本多忠勝の娘(稲姫)のだんな)が、1622年に上田城下より移封されたのが松代城です。
(詳しく知りたいかたは、歴史解説員のたかぽん大先生が解説されますよ)
現在は、櫓に石垣、濠などがありますが天守はありません。
が、当時の形がよくわかるので、じっくり眺めてみました。
その後はより深く真田家の歴を知りたいので、真田家宝物館をと真田邸を訪れました。
当時の暮らしや歴史に没頭できる時間でしたが、宝物館は少し期待はずれでした。
ま、好き嫌いがあるのでなんともいえませんが・・・。
天気さへ良ければ松代の城下を人力車で散策できれば最高だったんですけどね。
松代を午前中堪能し、午後一番には、松代城(海津城)があるということは、そう川中島へ出かけてみました。
ま、川中島古戦場なので周りには、ま何もないです。
けど、この辺はロマンですね〜。
サクサクっと川中島を観光したら・・・
須坂の豪商の家を見学後、小布施という場所に行きました。
こちらも風情漂う街並みです。
その一角にぜひとも行ってみたかった場所が。
北斎館です。
ここへ行って初めて知ったのですが、葛飾北斎って90歳という長寿だったそうで、人生の末期に信州の豪商宅に身を寄せていた関係もあり葛飾北斎の作品が沢山あります。
館内は基本的に撮影禁止ですので写真なしで。
葛飾北斎を楽しんだ後は、少し離れた場所にある岩松院。
こちらには、北斎の作品である八方睨み鳳凰図があることで有名です。
そして、このお寺を訪れた小林一茶が「やせ蛙まけるな一茶これにあり」と詠んだ場所がお寺の裏の池であることも有名?!
そして、さらに広島にゆかりのある御仁の菩提寺でもある。
広島城の城主でもあったことがある福島正則公の菩提寺です。
寺の奥にひっそりと祀られております。
この日は駆け足てたた!と回ったのでもう少しj時間があればよかったのですが・・・。
次回は、善光寺について記事にしようと思います。 |
やっぱり真田家一色ですね。こんばんは!ピッポリーノです。
昨日、自宅に5日ぶりに帰ってやっと落ち着いた感じです。
これから何回かに分けて信州旅行記をブログにUPしていきますね。
さて、本題に入る前に昨日のサンフレッチェ広島は、ホームにアルビレックス新潟を迎え対戦しました。
3試合勝ちがなかったチーム同士の対戦ではありましたが、ダイジェスト等を見る限りサンフレッチェ広島はチャンスが多かったみたいですね。
でも、バーに弾かれたり、GK東口選手の堅守にやられたりでしたが、久しぶりに、世界一サッカーのうまいおっさんがゴールを決めました。
そして1−0で勝利。
勝利はいいけどマック賞を世界一サッカーのうまいおっさんがゲットしたからますますメタボ?!になっちゃうよ。
ま、前置きはこれくらいにして、8月23日の早朝に広島を脱出して飛行機と新幹線を乗り継ぎ、長野県上田市に到着したのは昼過ぎてから。
市内をゆっくり散策しつつ上田城を目指します。
まず駅の玄関口では、やっぱりありました。
真田信繁(幸村)の銅像、そしてバサラ版の幸村がお出迎えです。
写真は、旧北国街道付近にある柳町 上田市は、あまり大きな街じゃないけど、どことなく風情の漂う街並みです。
途中ティータイムです。
ルヴァンというペーカリーカフェです。
自然酵母をにこだわったお店。
コーヒーをまったりいただきました。 次に訪れたのは「池波正太郎 真田太平記館」
最近では、鬼平犯科帳や剣客商売、仕掛け人・藤枝梅安など時代劇の小説作家である池波正太郎さんが、ほれ込んで書き綴った真田太平記の史料館になります。
けっこう見応えがある史料館でした。
(写真撮影禁止なので入り口のみで・・・)
そして、そして目的の上田城跡公園です。
上田城は、天正11年(1583年)真田昌幸公(幸村の父)が築城したお城です。
現在は、お城の天守はありませんがお濠や櫓等見どころ満載です。
そしてこちらが有名な真田石です。
東櫓門の土台となっている石垣ですが、真ん中に大きな巨石があります。
写真ではわかりずらいですが、高さ2.5、幅3mほどあり、真田家が松代への移封になったとき運び出そうとしても全く動かなかったと伝えられています。
昔は、重機等なかったのにこんな巨石どうやって積んだんでしょうね。
この後は・・・
真田神社にお参りしたんですけどね・・・浦和レッズ戦ドローでした。
今回は上田駅近辺しか時間の都合上観光でき無なかったのが心のこりです。
少し足を延ばせばもっと真田家ゆかりの場所が見れたんですけどね。
次回は、とりあえず真田家ゆかりの場所はお休みして、戸隠方面です。 |






