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まずはアマチュアとは思えぬ文章力に驚かされます。ご本人も仰っているとおり、これは単に事件の真相を暴くというシロモノとは違い、この事件をいろんな角度から見つめ、冤罪というものがなぜ起こってしまうのかをそれぞれの読者が主体的に考えることができるよう配慮を尽くした作品で、「傑作」「佳作」というよりは「問題作」と評するのが礼儀というものでありましょう。つまり、決して読者をしてひとつの固定された結論へ誘導することをせずに、あったことを率直に書き記しながらもいろんな解釈が施される余地を敢えて散りばめた懐の深い作品になっていると私は思います。
それにしても、これは執念以外の何者でもない。それは、恨みはらさでというレベルではなく、同じことがこれ以上繰り返されてはならないという社会意識に根差したものであったように思います。だからこそ、刑事裁判として5年間の長きにわたって闘い抜くことができ、最終的に検察側を上回る結束力を維持することができた、そして苦しみの末に社会的な関心を呼び込むことができ、裁判に勝利することができたのではないでしょうか。
一家は多くのものを失ったと著者は語ります。本当にそのとおりだと思います。しかし、この本を読んだ読者は、著者自身の執念が滴(しずく)となって真実に渇いた者との出会いを可能にしたことを知っています。そして、私たちも行動することによって私たちの「良さん」に出会うことができると確信するものです。
※西日本新聞社書評→http://www.nishinippon.co.jp/nnp/book/auther/20080630/20080630_0001.shtml
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よっしーさん、ありがとうございます。私が伝えたかったことは、今おっしゃったようなことです。執筆によっていろんな想いを整理できたと私自身は思っています。今は検事に対して憎しみがまったくないと言ったら嘘になるかもしれませんが、人を憎むことの虚しさを知り、逆に冷静に受け止めることが出来ました。二度とこのような冤罪が起きてはなりません。そういう意味では、この本に描かれた出来事が司法への警鐘となればと願っています。ありがとうございました。
2008/8/3(日) 午後 3:57
こんにちは。私がはじめて冤罪というものに関心を持つようになったのは、「死刑囚からあなたへ」という本の中で、保険金殺人事件の疑いで逮捕され死刑判決を受け、その後獄死した荒木虎美さんが寄せた文章に出会ってからでした。その後、袴田事件や狭山事件などの存在を知りました。その頃から一部の例外を除いてメディアが信用できず、かといって「信用しない」で終わっていてはダメだろうという結論にいたり、2002年の暮れから「よっしー館」というホームページを開設し稚拙な持論を展開してきました。今年に入ってこのブログを開き、もっぱら最近ではこちらばかりになってしまいました。こちらこそ、よろしくお願いします。ちなみに、eメールのアドレスは
yossie_70@yahoo.co.jp です。
2008/8/3(日) 午後 5:24