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光市母子殺害事件。
元少年の犯した重い過ち。
そして重い過ちを悔いることさえ許さない死刑制度という名のもうひとつの殺人。
死刑判決を出した広島高裁の差し戻し審判決文は、当時少年であった被告が供述を翻したことを重視した、まるで人間には曖昧さや矛盾があってはならないと言わんばかりに。
マスコミ報道が正しいという前提で言うと、私がもし当時この少年に出会っていたら、たぶん嫌悪感でいっぱいになったろう。
短絡的な犯行、ブレーキの利かない「性格」、反抗的な態度‥‥どれをとっても正直なところすすんで友人になりたいという気にはなれない。
でも、こいつだって、生まれてきたときはおぎゃあと泣いたんだろう、ほかの赤子がそうするように。
こいつだって、生きていくのに便利な嘘はついただろう、世の中の大人がそうするように。
こいつだって、あったかいラーメンでも食った後は身体が温もっただろう、ほかの労働者と同じように。
こいつだって、しかるべき出会いがあれば、成長もしただろう、検事さんたちと同じように。
こいつだって、エロビデオの世界と現実との区別がつくまで多少の年数は必要だったろう、身勝手で馬鹿な多くの男どもと同じように。
どうせ、ろくでもない奴だったにちがいない。
嘘は尽くし、身勝手だし、態度でかくて反抗的だし。
裁判官や弁護士のようにアタマよくねえし。
でも、殺すことはねえんじゃないの?
私たちは死刑がどのようにおこなわれるのかもっと知る必要がある。
情報が公開されてはじめて世論調査が意味を持つ。
死刑をタブー視してはならない。
現に行なわれていることなのだから。
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死刑制度
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おはようございます。
同感です!
当初、1、2審では死刑ではなかったと思いますが、最高裁が死刑にしろ、といったようなものですね。
目には目を!という社会に退化しつつある日本のようで、社会の劣化が日々進んでいるように思います。
2012/2/21(火) 午前 6:45 [ mushin1967 ]
おはようございます。
強盗致死罪が含まれていますから、最初は無期懲役だったと思います。思考停止社会ですね。
ありがとうございます。
2012/2/21(火) 午前 7:01
ご無沙汰しております。
案の定、世間では、死刑は当然という感じですね。
すぐによっしーさんのこと、思い出しました。
死刑という国家権力による殺人の意味が、誤魔化されているのが怖ろしいです。
転載させていただきました。
2012/2/21(火) 午前 7:12 [ どんぐり ]
よっしー本店さん
あなたは天才です!百万言より説得力がある!
勝手に一部転載させてもらいました。ぽち。
2012/2/21(火) 午前 10:47 [ mugai1234 ]
どんぐりさん、お久しぶりです。
外患誘致罪は未遂であっても死刑でしたね。
死刑がおこなわれる刑場などが、オープンにならないと「絞首刑は残虐な刑罰にあらず」という最高裁の判例が正しいかどうかの確認ができませんね。
2012/2/21(火) 午後 8:20
mug*il*34さん、こんにちは。
どうぞ、こんな駄文でよかったら転載なさってください。
ありがとうございます。
2012/2/21(火) 午後 8:25
死刑廃止論者には、被害者の痛みよりも犯罪者の生い立ちの境遇の方が、そんなに優勢すべき事項なんですか?
それとも、何か、社会に対する敵愾心でもあるのですか?
この裁判は、判決までに様々な論争が起こりましたが、
それでも、充分に議論を尽くした上で長い時間をかけた結果であり、
それらを踏まえた上での司直の判断は、適切な職務だったと思いますよ?
また、外患罪は国家基盤そのものを転覆する重大犯罪であることからも、
被害の大きさを考慮しても、死刑は当然ですよ。
2012/3/26(月) 午後 7:28 [ ハリマオ ]
いろんな考え方がありますね。ハリマオさんの考え方は誰でもが一度は持ったことのある基本的な発想だとは思います。ありがとうございました。
2012/3/27(火) 午前 6:44
一応、私も法学士の端くれなので『推定無罪』ということも、死刑囚がどのような運命をたどるのかについても知らないわけではありません。
ですが、法治国家において仇討ちが許されていない以上、国家がそれを代行する事。
すなわち『信賞必罰』を明確にする事によって、平和と秩序が守られていることも無視してはならないはずです。
もし、司直やマスメディアが被害者遺族の意見を無視し続けていたとすれば、これはこれで、権力者が決定した『正義』を国民に押し付ける事にほかならない訳ですよ?
2012/3/27(火) 午前 11:18 [ ハリマオ ]
死刑制度を考える上で、遺族の感情以上に考慮しないといけない点があるとすれば、そのような残虐な犯罪を繰り返さないというという問題意識と、冤罪の撲滅であります。後者についてはいろいろ書かれておりますので省略します。前者については、個人的な意見でありますが、犯罪者を処刑して世の中の憤りに対して溜飲を下げるという、そのことの繰り返しであります。将来に向けてそういう出来事の撲滅のためには、事件から何がしかの課題を学び取らねば進歩がないわけで、たとえば加害者の犯行時やその後の心理を克明に追跡調査するなどの、専門家チームによる研究が不可避であると私は思います。そして、そういう犯罪の起こらない社会にするためには、どうすればいいか、遺族の被害者意識に寄り添いながらも考えていくことが大事だと思います。そのことは信賞必罰の地平からは答えが出てこないような気がいたします。要は、死刑囚といえども人間として可能性を見出すか、それとも特別な人間として切り捨てていくことを是とするかが、この問題に対する判断の分かれ目になると思います。
2012/3/27(火) 午後 11:37
死刑制度を存続する上でも、
死刑判決を下す場合にも、最大限の配慮は必要でしょう。
加害者の境遇も、今後の社会問題について判断する上での一資料としての価値はあるでしょう。
ですが、加害者の過去が如何に悲惨なものであったとしても、
残虐な犯罪行為が肯定されるわけではありませんし、必ずしも貧乏人や虐待経験者が将来的に卑劣な犯罪者になるわけではありません。
また、死刑にしなければならない罪人も存在する事も忘れないでいただきたいです。
国家基盤を転覆する目的で行われる暗殺・大量殺人、その未遂に該当する犯罪(※オウム事件や連合赤軍のようなテロ・ゲリラ事件)や、暴力団の起こす事件など、公益や国民の生命、生活基盤を守る上でも、
一度、野に放たれたら獣以上に危険な存在であるこれらの凶悪犯に対しては、
極刑を含む厳罰を以て挑むしかないでしょう…。
2012/3/28(水) 午前 9:39 [ ハリマオ ]
ご意見は承知いたしました。ありがとうございました。
2012/3/28(水) 午後 0:38