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ホセ・マンテキーリャ・ナポレス。キューバから亡命してきたメキシコの英雄。
大場政夫が尊敬するボクサーとしてあげていた、当時パウンド・フォア・パウンドとの評価を得ていた名ボクサーだ。特に大場はナポレスのリードパンチに感銘を受けたらしく、「ナポレスのジャブは芸術品だ」とまで言っていた。
ナポレスのジャブがそんなにすごいのか素人の私には正直言って理解できない。むしろ、大場のジャブのほうが相手にとってはうるさく感じたのではないかとさえ思える。ナポレスはもともとライト級の選手で、次第にクラスを上げていったが、ジュニア・ウェルター級(今でいうスーパー・ライト級)のころがもっとも充実していたという。各クラスのチャンピオンたちが敬遠してなかなかチャンスが回ってこなかったが、1階級上のウェルター級の技巧派王者カーチス・コークスがチャンスをあたえ、ナポレスはコツコツと「芸術品」のジャブを浴びせ続け、13回終了KOでコークスを下し、王者になった。
いわば伝説のボクサーのひとりだが、アーニー・ロペスを右のアッパーカット1発で眠らせたような試合がある一方で、苦戦を強いられた試合も意外と多かったように思う。体格差が際立ったカルロス・モンソンとの試合は論外としても(モンソンの場合、ボブ・フォスターとの戦いが見たかった気がする)、因縁のビリー・バッカスとの第2戦にしろ、ナポレスのフックやアッパーが空を切る場面も多かった。バッカスのジャブもスピードがあり、ときおり放つ左右のフックには肘打ちの恐怖もあり、ナポレスはこのサウスポーを相手にかるい右をジャブぎみにあてていくという、今ではサウスポー対策の定番となった攻めを展開、時折勇猛に打ち合うことも辞せず、ドクター・ストップで王座に返り咲いたものの楽には勝たせてくれなかった。ヘッジモン・ルイスやアルマンド・ムニスとの対戦でも苦戦を強いられた。特にムニスとの試合では、アイカットのため視界が閉ざされたナポレスがロー・ブロウを繰り返すなど、見苦しい試合であった。
それでも、クラウチング・スタイルからリングの上を滑るがごとき、抜群のフットワークといつでも攻撃に移れる絶妙のディフェンス・ワークはもはや「神業」の域に達しているといいたくなる。少なくとも、相手のパンチを目の先一寸でかわしたり、ヘッドスリップでカウンターを打つという技術に至っては、流石のレナードやデュランといった次世代のヒーローたちでさえ、ちょっとまねができないように思えてしまう。これだけの技術を持ったホセ・ナポレスでさえ、苦戦を強いられた試合が少なくなかったということは、それだけ強豪がそろっていたということだろうか。
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