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午前10時に目が覚めた。
妻はすでに仕事に行っている。
早くも、一日を無為に過ごしてしまうのではないかという心配が頭をよぎる。
いつもならば、そうならないうちに焦って楽器の練習を始めたりするのだが、
今日はそれも虚しい気がしている。
机の上が散らかってるなあと、片付けるつもりで文庫本のいくつかを手に取ると、
その中の1冊、八木啓代の「危険な歌」を開いた。
既に読み終えていた本だが、「あとがき」にはどんなことが書かれていたか気になったのだ。
それを読んだあと、机の上に無造作に置かれた八木のCDを手に取ると、
久しぶりにかけてみた。
“LA LLORONA”
とてもとても当たり前のことだけれども、八木の歌は真剣だ。
歌手であれば真剣なのは当然なのかもしれない。
でも、八木の歌だけに真剣さを感じてしまうのはなぜだろう。
それは「歌う」ことの意味が、根本的に違っているからだろうと思う。
閉ざしかけていた私の心に一条の光が差し込んできた。
若いときから私が唯一こだわってきた価値観があった。
それは少数者の声を聞こうというものだった。
それは、かつての私が少数派として日常を送っていた名残でしかない。
だが、少数者たちは声をあげようと心に誓うまでに長い歴史を背負っている。
自己否定の壁を突破し、自己肯定を突き抜けて、他者肯定、人間肯定に至って、
小さな気づきや疑いは、確信という翼を身につけ、大空から地表を見下ろす眼差しには、
いつしか誇りに満ちた笑みを湛えているのだ。
しかし、時代もまた変わる、容赦なく変わっていく。
いつの間にか、世の中は私だけをおいてけぼりにして先に先に行ってしまう。
お前なんかいらない、お前なんかいらない‥‥
常に私はそういう残響に怯え、耳を塞いでいるうちに、
自分の歩むべき道すら見失っていたのだ。
閉ざしかけていた私の心に一条の光が差し込んできた。
その光は、私の見失っていた道を強く照らし出しているような気がした。 |
よっしー詩集
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