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前回までに動物でも信仰を持ちうると私は述べてきた。このあたりで、あまりのバカバカしさに読むのをやめた人もあるだろう。私が本気なのか、冗談で書いているのか、戸惑っている人もいるかもしれない。いつものような、人権分野の話でもなければ、ジャズの話でもボクシングの話でもないからだ。
さて、夢野久作という作家がいたことをご存知だろうか。夢野久作の代表作に「ドグラマグラ」という作品がある。このなかで、彼は人間や動物が脳でものごとを考えているのではなく、実はそれぞれの細胞が物事を考えるのだ」という大胆な仮説を載せている。脳というのは各細胞間の調整機能があるだけで脳そのものがモノを考えたりするのではない、と登場人物に語らせている。
最初にこの部分を読んだときには、なぜか気分が悪くなり、夜も熟睡できない日々が続いた。多分、小説だとはいえ、常識をはるかに超えた発想に、私が幼年期から慣れ親しんできた考え方がついていけず、まさに私の生死観すら危ぶまれるほどの衝撃を受けたのであった。解説を引き受けていた人は、夢野のこうした発想を荒唐無稽と一笑に付していたが、どういう理屈で荒唐無稽なのか丁寧に証明してくれないと夜もおちおち眠れない。
それ以降、私は、さらに自己流の解釈を付け加えて、細胞よりもずっとこまかな単位である、原子そのものがモノを考えているのではないかと思い始めた。(つづく)
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無題
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