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57歳になって、だんだんと切実になってきたことの一つが、いかに「死」を受け入れるかということである。
これについて、私は若い頃からある考え方を持っていて、今のところこれを修正せねばならない必要性を感じていないので、稚拙な発想ではあるが、何回かに分けてここに紹介しようと思う。
まず、私が体験したことの全ては、私のひとりの人間としての物理的な限界の範囲内でしかないという明白なことを確認する必要がある。これを説明するのに、私は動物の発想と人間の発想とを比較してみようと思う。もっとも、それとてある解釈が可能となる程度のことで、証明というには程遠いけれども、私たち夫婦が30年くらい前に飼っていたモンクという犬の話からはじめたい。
その犬は、ビションフリーゼという愛玩用の種類で、モンクという名はセロニアス・モンクというピアニスト・作曲家を私が好きだったことから、その名前にちなんだものだった。犬好きな妻と違って、私の犬に対する関心はどちらかといえば低い方で、いきおい犬の習性とかについての知識も平板なものであった。
私たちは、家の中でモンクを飼っていたが、その夜は妻が外出しており、家の中には私とモンクだけがいたのであった。私が寝そべってテレビを見ていたところ、はっと気がついてみるとモンクが私の頭の位置から1mも離れていない場所で、こちらに尻を向けて脱糞しようと気張っているではないか。
私は慌ててモンクを逆さにして持ち上げ、玄関に放り出した。危ういところであった。あと何秒か気がつくのが遅れていたら、モンクのウンコが間違いなく畳の上にとぐろを巻いていただろう。私は怒りを抑えきれずに、玄関でしょぼくれているモンクに向かって悪態をついた。
すると、モンクがとった態度は、以外にも公然と私を無視するというものだった。これに対して、私は激怒しモンクを睨みつけると大声で当たり散らした。(つづく)
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1.人権教育と人権啓発
平成12年12月に施行された「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」では、人権教育及び人権啓発の概念について、同法第2条で以下のように定義付けている。
『人権教育とは、人権尊重の精神の涵養を目的とする教育活動』
『人権啓発とは、国民のあいだに人権尊重の理念を普及させ、及びそれに対する国民の理解を深めることを目的とする広報その他の啓発活動(人権教育を除く)』
ほとんど意味不明の定義だと思う。
そこで、自己流の解釈を勝手に施すことにした。こうなる。
『人権啓発とは、国家に対する義務規定である。』
『人権教育とは、国民の権利として位置づけられる概念である。』
どう違うかといえば、国家に人権尊重のお仕事を委ねるのは、行政の責任の一部をなし、しかるべき予算を計上させて、社会問題の解決を図る一方で、国家権力が暴力装置として働く傾向を併せ持つことから、民間人に独自の研究や学習を行える環境を保証しようというもので、人権教育には当然ながら、冤罪問題や死刑制度に関する学習をも支援の対象とするものである。わかりやすくはなったでしょ。この概念に基づいて、法律を組み立て直してほしいと思います。
2、自由と平等
(1)自由な経済活動、すなわち自由競争が行き過ぎると経済的格差が生じ、不平等な社会となりかねないとする考え方によれば、自由と平等とは相矛盾する概念となる。
(2)差別の対象となってきた人々、セクハラやドメスティック・バイオレンスに苦しめられてきた人々、LGBTのために社会から不当なバッシングを受けてきた人々にとって、ひとりの人間として認められることが自由であり、社会的に平等を勝ち取ったと言える。ここでは、自由を勝ち取るとはすなわち平等を勝ち取るのとほとんど等価値である。
「自由」という言葉はこのように非常に範囲が広いが、最高裁は前者の意味で使用することが多く、個人個人の願いは届きにくいのが実情だ。
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日本人に人気のあったボクサーといえば、たとえばシュガー・レイ・レナード、アレクシス・アルゲリョ、ドン・カリー、ウィルフレド・ゴメス、カルロス・サラテ、モハメド・アリ、ロベルト・デュラン、フリオ・セサール・チャベスなどなど、攻防の技術を兼ね備えたスタイリッシュなスラッガーか、もしくはマイク・タイソン、ピピノ・クエバス、ロッキー・マルシアノのような一発を持つファイターが多いような気がする。もっとも、一発を持つボクサーでも、マッチ・メイクの関係上、悪役に甘んじてきたボクサーもいる。カムバック前のジョージ・フォアマンやアーロン・プライアーのように強さも度を超していると、この選手がどういう負け方をするのか見極めたいとの思いから悪役人気とも言うべき人気(?)を博する者がそれだ。
ところで、同じく悪役でもなかなか一流の技術と認めてもらえない選手もいる。畑中清詞、辰吉丈一郎に完勝したのみならず、ポール・バンキ、ウェイン・マッカラー、カルロス・サラテというそうそうたるメンバーに土をつけてきた、ダニエル・サラゴサは従来の発想でいくと、決して優れた技術の持ち主とは言われたことのない選手であった。しかし、カルロス・サラテを一方的に責めあげレフェリー・ストップを呼び込んだ技術を「老獪」という者はあっても「優れた技術」と表現するものは少なかった。それは、冷静な見方であろうか。
実は、私自身、辰吉がサラゴサに連敗したときは、辰吉の若さが裏目に出たと安易に考えていたのだ。ダニエル・サラゴサは超一流のボクサーであったと今となって私は思う。そして、サラゴサのオリジナリティーに注目しサラゴサのどういうところを伸ばすべきか真剣に考えたトレーナーのイグナシオ・ナチョ・ベリスタインの指導のたまものであろう。サラゴサの技術がサラテのそれを上回ったという事実を真摯に受け止めることは、歴史から教訓を学ぶことの一例である。自分の主観が客観的な判断を見る目を曇らせ、せっかくのチャンスを生かせないでいると、未来は茫漠として闇に包まれたままである。情報は客観的な判断が伴って初めて価値が生まれる。主観で情報を取捨選択したり、情報に勝手な解釈を付け加えたりしてきた自分の保守性にようやく気がついた。 |
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沢木耕太郎の対談集「貧乏だけど贅沢」には、いろんな人たちが登場する。井上陽水、高倉健、群ようこ、そして八木啓代‥‥。しかし、どの対談もイマイチ面白くない。沢木の土俵で相撲を取らされているせいか、対談相手の底の浅さが際立つ格好になってしまっていた。高倉などは、ミスキャストと言いたくなるほどだった。ただひとり、八木啓代を除いて‥‥。 八木には沢木を相手に勝負を挑もうなどというケチな考えは毛頭なかろうが、なんせ話題豊富な八木、しかもその話題というのが聞きかじりというものでなく、自ら体験したことであってみればどのような形の引用もできるわけで、「旅とは何か」というテーマに落ち着かせたい沢木ではあるが、八木にとってそのような退屈な企てが関心を持てないであろうことは沢木ならずとも想像に難くない。一言で言ってしまえば、沢木耕太郎が八木啓代に食われてしまっただけの話なのだ。それでも、話題がキューバに移ったところで、ようやく接点が見え始め、半ば強引に「キューバを世界遺産へ」という結論に持って行って、ようやく幕引きとなった。
八木啓代の書くものは本当に面白い。現在、「パンドラ・レポート」を読んでいるがこれがまた面白い。
さて、オーネット・コールマンは、チャーリー・パーカー、バド・シャンクと並んで私が最も好きなアルト奏者であるが、特に私はアトランティック時代、それもドン・チェリー、チャーリー・ヘーデン、ビリー・ヒギンスと組んでいた頃が最高に好きである。やがて、ドラムがビリー・ヒギンスからエド・ブラックウェルヘ、ベースがチャーリー・ヘーデンからスコット・ラファロ、ジミー・ギャリソンへと変化、トランペットのドン・チェリーもソニー・ロリンズと共演したり、ニューヨーク・コンテンポラリー5に加入したり、チャーリー・ヘ−デンとともにリベレーション・ミュージック・オーケストラのメンバーとなったり、身の回りが忙しくなってオーネットのもとを離れていく。 いっぽう、オーネットの方は、デヴィッド・アイゼンソンのベース、チャールス・モフェットのドラムとメンバー一新し、以後、タウンホール、チャパカ、クロイドンコンサートでそれぞれ名演を残す。 本当は何がやりたいのか、バド・シャンクのボサノヴァかオーネット・コールマンの音楽がやりたいのだ。 |
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定年まであと3年。
定年後は、組織に縛られることなく、遠慮なく生きていこう。
私は組織の中ではあまり役にたててはいなかったかもしれない。
組織の前のめりの発想についていくことができなかった。
組織の合理性・生産性が社会に必要だったことはもちろん認めている。
それを認めないほど、私は独善家ではない。
だが、社会に貢献する価値観は一つではないはずだ。
社会の中でいろんなベクトルが交錯しあっているほうが、
それぞれ違うもの同士が違いを認め合っている方が、
いろんな考え方や生活習慣が入り混じっていたほうが、
いろんな出会いがあって面白いと思う。
人間的に懐の深い、情に厚く、想像力が豊かで‥‥
そんな感性が身に付いたらいいなあ。
それも必要なことだろう?
ふと、イエスのことを、イエスの孤独を思う。
それが愛の本質なのかもしれない。
しかし、私は耐え忍ぶことよりも、できるだけ楽しんで前へ進みたい。
定年まであと3年。
定年になったら、外国にひと月ほど出てみたい。
そのための準備を今からしておこう。
生命保険は解約しよう。保険料分を貯金しておこう。
楽器も持っていこう。そのために3年間練習をつもう。
語学も勉強しなおそう。特にヒヤリングがだめだから。
本を読もう。3年間を悔いなく過ごすために。
自分の長所を最大限発揮するつもりで、あとの3年の仕事をやりぬこう。
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