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「リアルタイムメディアが動かす社会」(東京書籍)の中でIWJ(岩上安身責任編集)の岩上安身氏は、旧来の大メディアの限界について次のように述べていた。ほとんどのジャーナリストが専業で従事しているために収入の出所を抑えられたら報道内容の方を犠牲にするのは無理もない、人間としてごく自然な流れである。問題は彼らの人間性や弱さにあるのではなく、ジャーナリズムを専業とする者でマスメディアが占められているシステムそれ自体にあるという。これは少々驚きであったし、目からウロコが落ちる思いであった。そして、IWJの報道に見る同氏の姿勢を単なる体制批判と早合点してしまっていた自分に気がついた。もちろん同氏を突き動かしているものが不自由に対する怒りであっても、同氏に対する尊敬が覆ったりするものではないけれども、岩上氏がかくも冷静にマスメディアを理解しようとしている、その懐の深さに感動した次第である。
「生活がかかっている」という大メディアの個人個人に罪を問うのは酷といえば酷であろう。彼らも労働者なのだ。岩上氏は兼業のジャーナリストが増えていくことで、マスメディアが国家権力やスポンサーによる締めつけから生活がある程度担保でき、結果として報道がより自由で多彩なものになることを期待している。
やはり人間を一面だけで判断するのは過ちのもとである。とくに私を含めて現代に生きるものは了見が狭い。結論を急ぐあまり、まずは欠点探しに奔走しがちだ。陸山会事件も原因は自分から遠くにあるのではなく、私自身の中にあると言える。ついこの間まで、小沢一郎氏や鈴木宗男氏を根拠もなく悪と決めつけていた自分がここにいる。疑うことそれ自体が悪いとは思わない。要は、最終的に信じたいから疑うのか、それとも疑うこと自体で自己完結しているのかということだと思う。
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所詮世論をどこまで反映しているか当てにならないと言えばそれまでであるが、Yahoo!が行っている政党支持率の結果が、大メディアのはじき出した数字と似ても似つかぬ結果となっている。それによると、1位が「国民の生活が第一」で33%、2位が自民党で21%、3位が「みんなの党」で5%となっている。これによると民主党は3%、日本維新の会も3%で、自民党側とすると「弱小」の民主党を相手に論戦を張っていることの無意味さ、くだらなさが目に付く。まして、大メディアの報道が正しいという証拠もなく、選挙結果は予断を許さないどころか、皆目見当がつかないという状態だ。しかし、脱原発を求めるデモに参加したことがある人の数を仮に100万人と見たとき、これらの人々が脱原発基本法案を出した政党に入れることはまず間違いない。
ところで、Yahoo!の調査で選挙の争点として上がっていなかったことで重要な政治課題が存在する。それは、検察改革であり、とりわけ検察審査会については最高裁の事務総局にまで疑いの目がかけられているという問題だ。検察が事実上の最高権力を握っているという由々しき問題であり、国民主権や国会が最高の議決機関と謳った憲法に抵触するというよりも、憲法が白昼堂々と踏みにじられたようなショッキングな内容であった。
この件に関しては、法務委員会などで鋭く切り込んでいった森ゆうこ議員の存在が大きい。国民の生活が第一などによる内閣が誕生した暁には、森ゆうこ法務大臣の誕生を切望する。そして検察改革のみならず国連の個人救済制度の批准や被害者救済制度、裁判員制度の見直しなども持ち前のパワーで実現して欲しい。
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原発推進を主張する党は、選挙の実施の前までに、必ず明らかにする責任があるでしょう。以下、武田先生のブログより。
選挙を控えて各党はやや慎重になっているが、減税ニッポンを除いて、原発を再開すべきであるという声は大きい。その根拠は、
1) 原発は安全で、二度と事故は起こさない、
2) 原発再開に反対している人は感情的で、知識が無い、
3) 原発を再開しないと日本経済は打撃を受ける、
とまとめられるだろう。原発を停止すべきか、再開すべきかという異なる意見があるのは大変、結構だが、議論をするときには誠意がなければならない。私は原発再開派の人は、大新聞などを含めて誠意がないと思う。その理由は、
1) 原発が安全であるという証明をしない、
2) 原発停止派が感情的、無知識と断定する理由がない、
3) 原発より化石燃料の方がコストが安い、
と考えられるからである。原発の再開が経済に大切であるというのは、その前提が「原発が爆発しなければ」という仮定がついている。それは福島事故前も同じであり、また再開されるときには、日本の原発はまだ福島事故前と同じ設計、同じ技術で再開される。だから、「経済のために原発を再開する」というのは論理が破綻している。
このブログで順次、その理由を示していくので、選挙を控え、もし原発再開派の中で「問答無用」というのではなく、日本のために胸襟を開いてくれる人がいたら、特に「原発が安全であるという証明」について、
1) どこかのテレビで冷静に議論を行う、
2) ネットを通じて冷静な議論を行う、
などをしていただきたい。私から見ると、原発賛成派も感情的な感じがするし、なにか反対派をバカにしている傾向が見られる。でも、事実、福島原発は爆発したのだし、「ガンは発生しない」と言って福島の人を避難させないのに、福島医大には最新の甲状腺ガン検査治療設備を膨大な税金を投入して設置しようとしている。
本来なら、もしガンの発生の可能性があるなら、住民を避難させ、それでも発生するガンに対しては治療をするのが妥当であろう。日本人の中でこのような相矛盾した事をやっていては「絆」、「同胞」、「民主主義」はあり得ない。
(平成24年11月22日)
武田邦彦
選挙で原発再開を公約にしている党は、原発安全の証明については次の手順をもって明らかにしておく必要がある。特に、日本人らしい「誠意」をもとめる。誠意がなくて教育問題など論じてもムダである。
1) 日本の原発は今まで震度6以上の地震で100%破壊している、
2) 日本は10年で13回程度の震度6の地震が発生する、
3) 従って、福島原発も地震(津波が来る前)でどのぐらい破壊されたか明らかでない、
4) 福島原発は防潮堤は5.7メートルだったが、原子炉建屋の前に高さ40メートル以上の建物があり、津波自体は原子炉建屋に到達していない、
5) 従って、福島原発は「津波の運動量」で爆発したのではない、
6) 福島原発は(防潮堤の高さに関係なく)海水面が8メートル程度上がったら地下室が海水で埋没して爆発した、
7) 従って防潮堤を高くしても爆発は起こる、
8) 東海第二原発は防潮堤は高かったが、防潮堤に穴が空いていて、そこから海水が浸入して停電した。このことが他の原発で起こらないと証明できない、
9) 3号機の爆発は上空に爆風が上がっており、水素爆発では説明できない。原子炉建屋の下部で爆発が起こった原因が不明のまま、
10) 制御棒が入らずに臨界になる、冷却水が循環できなくて爆発する、という2つの危険以外の危険について整理されていない、
11) テロに対する防御が全くゼロで、特に制御室の破壊に対して無防備である、
12) 使用済み核燃料プールが危険な設計だという指摘が多い、
13) 地震学は進歩途上にあり、活断層などの予測は毎年変わっていく。現在の知見が正しいという証明が必要で、この証明ができたら地震学の研究は止めるべきである。
責任を感じ、誠意のある日本人なら、まず、最低でもこの程度のことについては証明が必要である。選挙の実施の前までに、「原発再開派」の党は必ず誠意を持って、証明してほしい。また爆発したら、日本経済は壊滅するし、大地震が予想される所に原発を作っているのは世界で日本だけだから。
(平成24年11月23日) 武田邦彦
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12月16日に行われる衆議院議員選挙および東京都知事選挙では、これまでになく明確な争点があります。そのひとつが、原子力政策に関するものです。ところで、マスメディアの多くは、政治の枠組みを①民主党②自民・公明③第3極として日本維新の会などが基本的な構図であるかのように報道しています。しかしながら、これでいくと明確に脱原発を目指すという選択肢がありません。私がここで「明確に脱原発を目指す」というのは、具体的に言えば現行の原子力基本法を見直し、それに代わる法案を支持するかどうかということを意味します。
原子力基本法の第1条に目的が、第2条に基本方針が書かれています。
第一条 この法律は、原子力の研究、開発及び利用(以下「原子力利用」という。)を推進することによつて、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする。
2 前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。 この法律が生きている限り、首相が誰になろうが、原発依存の基本政策に変わりはありません。
脱原発法案が第180国会で衆議院に提出されました。この法案を提出する過程の中で関わりを持った政党こそが第3極に位置づけられるのが正確な報道のあり方であろうと私は思います。
また、今回の選挙は旧来のメディアに対してリアルタイムメディアといわれるメディアの影響力が試される側面も持っています。八木啓代氏ほかの方々の執筆した「リアルタイムメディアが動かす社会」(東京書籍)によれば、海外ではリアルタイムメディアの影響によって、政治的に劇的な変化を遂げた例がいくつも報告されています。社会不安が増大する中で現実的でない楽観論が受け入れられないことはもちろんですが、同時にいま必要なことは、ことさら悲観的な気球を上げることではなく、希望に満ちた情報を取り寄せて分配し合うことだと思います。
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私はこのアルバムを30年くらい愛聽してきましたが、今まで気づかなかったことがあります。先述のCANDID盤のライナーノーツで藤井肇氏が書いていたことですが、タイトル曲の「ロング・イエロー・ロード」は童謡「七つの子」をモチーフ的に使っているという指摘です。どうりで親しみ易く感じたわけですね。
若い頃は、ここでアルトソロを取っているゲイリー・フォスターに入れ込んだものですが、その後、もうひとりのアルト奏者、ディック・スペンサーの方を好むようになりました。しかし、キャンディッド盤のチャーリー・マリアーノのソロがやっぱり最高。
ルー・タバキンのテナーは迫力はありますが、それほど好きではありません。すこし単調な印象を受けます。トム・ピーターソンや今回はバリサクで参加の名手ビル・パーキンスのレスター・ライクなソロも聞きたかったです。
2曲目「ファースト・ナイト」はフルート群とベースとの2ビート(曲は3/4拍子)による絡みにはじまるテーマ部分が秀逸。そのまま、ボビー・シューのフリューゲルホーンとベースのデュオになりやがてピアノ、ドラムス、アンサンブルが絡み重厚さを増していきます。
3曲目「オーパス・ナンバー・ゼロ」はドン・レイダーのトランペット・ソロからディック・スペンサーの艶やかなアルト、ルーのテナー
というふうに絡んでいき、最後は5本のサックスによるコレクティブ・インプロビゼーション。ちょっと、やりすぎのような気もしますが、短いながらトム・ピーターソンのテナーの音色が印象的でした。 ゲイリー・フォスターとディック・スペンサーのアルトも対照的なら、ルー・タバキンとトム・ピーターソンのテナー同士も対照的です。ビッグバンドアレンジの緊張感と日本人の根源的なふるさと観とが調和した佳作です。
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