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死刑制度の倫理と論理

 身の回りの人たちに対して死刑制度に関する話題を仕掛けてみると、10人中9人は死刑制度に対する信頼感でいっぱいのようです。理由を聞いてみると、口を揃えたようにこう言います、「殺人を犯した人間が死刑になるのは当然だ」と‥‥。そして、そのほとんど100%の人が冤罪についてあまり関心を持っておられません。

 私の勝手な推測では、死刑制度を支持する人たちの多くは殺人という罪に対して絶対に許せないという思い(もちろん、その思いは制度反対の人々も同じでありますが)が強く、その思いには次のような特徴があると思います。

 死刑制度反対派の人間も同じ思いを持っているにもかかわらずその思いが死刑制度に対する信頼感に結びつかないのは、反対派の人々に倫理的な振り返りが不十分なためであり、被害者の心情に思いが及ばないからだと解釈しているのがおもな特徴です。

 さて、それが誤解だというのはたやすいのですが、死刑制度反対派の人々には賛成派の人々を納得させるだけの包容力を持って論理展開していくことが求められていると思います。なぜなら、賛成派の人々は倫理的な答で十分だという前提に立っており、せいぜい抑止効果という仮説の一つを無批判に受け入れているに過ぎないからで、私たちはそこに論理性を膨らませるという作業をしていかねばならない以上、それなりの順序をふまえることが大切だと思われるからです。たとえば、国際的な潮流から乗り遅れているとか、憲法上疑義があるというようなことは、通常相手に対して説得力をもつほどの理屈ではないと考えられます。

 むしろ、死刑制度の矛盾点をクローズ・アップさせるような話題、たとえば暴力団にはあまり死刑判決が下りないとか、あるいは今回、再審への道が開かれつつある袴田事件について継続的に話題にしていくとか、現実と倫理との隙間を知っていただく取組が必要じゃないかと思います。

 また、公的な世論調査は単に支持者が多いとかいうような大雑把なものではなく、どういう層に多いかとか憲法に関する意識などとクロスさせた分析が可能なものが必要であると思います。

 ところで、冒頭に掲げた「殺人を犯した人間が死刑になるのは当然」との価値観はどこで養われたのかというと、日本独特の勧善懲悪志向がテレビの報道番組や刑事ドラマ、時代劇などにより繰り返し増幅され、刷り込まれていった結果ではないでしょうか。そのため、社会常識は憲法が予定した民主的価値観になかなか到達できずに停滞を続けてきたわけで、これには法務省の憲法啓発が極めて不熱心にしか行われなかったことなども一因となっているかも知れません。

 また、冤罪に関心が集まらないのは国会で冤罪を十分に総括しておらず、法的整備を怠っているためではないでしょうか。

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