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死刑囚の交流誌

 ブログを通じて知り合ったオリセンさんから、拡散の要望があっていますので、ユニテ通信「希望」63号の紹介オリセンさんの紹介記事を転載いたします。(転載開始)

  暫くブログの書き込みをサボっていました。特に忙しかったわけでもないのに、なんとなく他人との交流が億劫になっていたのです。やっと、元気が出てきたので、また再開いたします。
 
 全国の死刑囚有志がお互いに連絡を取り合って交流しているのですが、その交流紙を紹介しようと考え、サイトを立ち上げました。
 現在63号目です。http://unitykibou.blog10.fc2.com/blog-entry-6.html をクリックしてください。出来ればこの情報を広めてくだされば幸いです。

 死刑囚の処遇は未決囚に準じると法律に定められているのですが、実際の処遇は非常に厳しく制限されていて、外部との交流は自由にできません。
 家族・肉親以外には、特に死刑囚の精神的な平穏維持に役立つと認め、許可された何人かと連絡できるだけです。家族からも見放され、友人もいない囚人の仲には、塀の外に一人も文通相手がいないケースも珍しくありません。

 そんな限られた交流手段の中で、お互いに連絡し合うというのは大変難しい。それでも彼らはお互いに励ましあったり、情報を交換したりしているのです。ユニテ「希望」はそんな彼らの苦心の結晶です。

 もちろん彼らの最大の関心事は「いかにして死刑執行の日を1日でも延ばすか」ということ。
 一般市民の感覚では、執行を延ばすために皆で作戦をめぐらしているサマを見聞きするのは不愉快な点もあるでしょうが、あす処刑されるかもしれないと、絶えず怯えて生きている彼らの心情も判ってあげて下さい。

 死刑制度の話は別項で是非語りたいと思います。

(転載終了)私自身の死刑制度に対する見解はこちらです。
 まずは、江川紹子氏のツウィート記事によると、法廷で明らかになったのは小沢事務所の実情がかなりアバウトでドタバタであった事実で、これが検察やマスメディアの想定した認識とかなりズレがあると指摘している。そのうえで、小沢事務所側のルーズさを指摘する声に対して、江川氏は別の角度から興味深い問題提起をしている。
 
 氏いわく、「考えるべき問題その1)こういうアバウト&ドタバタは小沢氏の事務所だけにゃのか 2)きっちりするにはプロの会計担当者が必要。そのために金をかけることの意味 3)これが刑事罰に馴染むのか」
 
 要するに、政治家の事務所に政治資金規正法が法的な縛りをかけていることは当然としても、条文解釈上、どのあたりで現実的な折り合いをつけることが可能か、ことに政治資金収支報告書の書き方等の事務的なことが直ちに特捜検察の解釈下において結論付けられ、今回のような会計責任者による判断の微妙な食い違いを特捜検察の解釈から外れているという理由で関係者が逮捕されるということが、はたして適当なのかどうか。この問いかけは、法律の趣旨に立ち戻ることなく運用の議論も十分でないままに、とにかく厳しくすることが国民の利益にかなうのだという神話化された認識がマスメディアによって前提にされていることに対する、郷原氏の「思考停止社会」批判とも通じていると思う。
 
 つまり、総務省の見解も微妙な状況下であれば会計責任者が判断に迷うのは当然であるにもかかわらず、それが誤っていたからといって「虚偽記載」とされ有罪とされるならば、罰則を伴う法律の運用が、担当部局でなく一律に検察当局の判断にゆだねられるという、民主主義の根幹を揺るがす大問題となる。「国民主権」ならぬ「検察主権」国家の誕生だ。
 
 また、今回の裁判では、検察側の論点のすり替えがマスメディアによって予断の拡散効果となっている面や検察審査会が政治的に利用された疑いなど、司法をめぐる課題とするに十分な問題が密接に絡んでいる。
 
 いま、最も問われていることのひとつは、この裁判が小沢事務所に関する事例にとどまるのか、政治家の人権と民主主義に関るものであるのかという見極めであると思う。私が後者であると思う理由は、検察当局内部から改革に対する前向きなアイデアが聞こえてこないばかりか、批判的な声に対して恫喝的な言動や脅しとも受け取られる事例が数多く寄せられている点だ。さらに政治家や一般国民を力で蹴散らそうとする勢力とマスメディアとが、同じ方向を向いているという、信じがたい状況が展開されているという現実がある。
 
 最近、国内の各地で大規模なデモが行われていることがテレビからつたわってくるだろうか。伝わってくるのは、芸能人の覚せい剤にかかわるニュースであったり、国外の問題に絞られているのではないか。元来、「知る権利」とは、「表現の自由」と表裏一体のものとして主張されてきたという。すなわち、表現される内容が国民に知らされなければ表現されたことにならないからだ。デモとは合法的に行われる限りにおいてまさしく政治的な表現にほかならないではないか。それを報道しないというマスメディアを信用しろというほうがおかしくないか。小沢問題と国民の権利とは対立軸にあるのではなく、利害が共通した問題なのだ。

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