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東日本大震災に端を発した社会不安が日本全土を襲い、それまでの多様な価値観が危機管理体制下に置かれ、マスメディアから各個人に至るまでの情報発信源が、それぞれの立ち位置を再確認あるいは再構築するという作業に追われていたなかで、私は言いようのない不安に襲われていました。それは日ごろから私の中に潜在的にあった不安が増幅され、未曾有の災害という現実の前に、もはやなすすべもなく運命をどこかにゆだねざるを得ないような気がしたからです。
私の中に潜在的にあった不安――それはパーキンソン病という、私を39歳のときに襲った病気のことです。この病気の特徴を表現することには限界を感じます。それほど個人差が大きく、画一的な判断が難しいといえ、医師にすら誤解されている現実があります。たとえばPD(パーキンソン病)患者の特徴としてよくあげられる、表情が硬く鬱状態を伴うという解釈も、顔の筋肉が硬直していることに由来しているという、PD患者であれば誰でも分かる理屈に気がついてない人は神経内科の医師のなかにも相当おられます。医師は専門家の立場から、いわゆる「上から目線」で患者に接する方が多く、そのことが災いして患者側の発信する有用な情報までも素通りさせてしまう場合が少なくありません。今の例はほんの一例に過ぎません。ほかにも手の震えがないという理由でPD患者ではないと判定する医師もいたりします。私はPD患者で運営するサイトに以前、投稿していたときに、医師と患者との認識の乖離という実態に気づかされました。
病状としては、突き詰めれば自分の意思と筋肉の動きとが連続していないことを感じます。そのため、身体の機能が著しく低下します。たとえば、全身が動かなくなることがあります。朝、目が覚めて身体が動かず、意識はあるけれども起き上がることが出来ないという体験を、ほとんど毎朝のようにしていました。そうして私は、自分がこのような難病の患者であることを思い知らされながら一日の始まりを迎えるのが常でした。しかし私は、DBSという手術を受け、相当程度、身体の機能を回復することが出来ました。周囲から見ればまるで治ったかのようにも見えているようです。しかし、四六時中、後頭部に緊張が走り、それ自体苦しいことであるうえに、集中力が散漫になることから自分の行動に自信が持てなくなります。
本日のブログ記事はパーキンソン病そのものについて理解していただく主旨ではありません。PDをはじめ病気や障がいをお持ちのかたが抱える社会不安ということがテーマです。人間というものは弱い存在です。その弱い存在が自分の可能性を引き出すには、数多くの取捨選択をしていかねばなりません。繰り返しますが、人間とはまことに弱い存在です。取捨選択がスムーズに行くかどうかも、そのひと個人の環境や身体等の条件によって制限を受ける場合も少なくありません。それは、今回の災害で直接に被害に遭われた方はもちろんのことですが、私のように遠く離れた九州に住むものにとっても社会不安という形で影を落としています。
私には、「東日本を救え」という価値観が急速に進むなかで、正直申し上げて戸惑いと不安が頭をよぎりました。自分に何ができるのだという問いかけが私を苦しめました。自分にできることというのが見えなかったのです。どこのだれにどうつながればよいのか、分かりませんでした。自分の弱い立場を考えたときに、ためらいがありました。危機管理というのは一刻一秒を争う、そのような現場で自分に出来ることなどあるのか、足手まといになるだけではないのかという思いでいっぱいでした。
しかし、それならば、そういう人同士でつながりあい励ましあえばよいことにようやく気がついたのです。私はPD患者です。だからこそ、PD患者のことや気持ちは分かります。それを弱みとして認識するのではなく、強みとして引き出していくこと、それが私に与えられた役割であったのです。
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