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息子たちが我が家を離れてもうすぐ2年になります。家には夫婦ふたりだけになってしまいました。夫婦といっても違う人間同士です。いつも仲良くというわけには、なかなかいかないのが実情です。
でも、夫婦生活30余年を経て、私はあることに気がつきました。それはお互いに何らかの努力を要するような目標を掲げるとなかなかうまくいかないということです。たとえば家事を分担するにしても、それが努力を必要とするものである限り、自分の努力ばかり評価してしまいます。一方、相手の行いには厳しくなりがちで、不満をためこみ新たな火種になるというのが、私たち夫婦の常でした。
「○○すべき」というような倫理は一見もっともなようですが、自分に甘く他人に厳しくなるものです。ちょっと見方を変えて、お互いに義務を課するのではなく、今までうまくいかなかったことをできるだけ気楽に乗り越えられる道を探すことにしました。そんな方法があるのなら最初からやっていると思われるかもしれませんが、意外と解決の方法は足元に転がっているものです。
私は、自分にできないことは無理をせず妻にお願いすることにしました。たとえば、車の運転とか電球の取替とか、男の役割として認識していたこともいちど見直すことにしました。それは私を楽にすると同時に、妻にとっては自信を深めることにつながりました。逆にお弁当作りに私がチャレンジしたりして、それが私にはすごく楽しかったりしています。そして、どちらが始めたというわけでもありませんがかならず「ありがとう」と口に出していうことにしました。それだけです。こんな簡単なことが以前はできていなかったのです。
また、あさ起きたらかならず「おはよう」といいます。これは、前の晩に喧嘩していようが何があろうが、かならず自分の方から言うようにします。まったく幼稚園児に逆戻りしたような話ですが、それで万事が丸く収まるのであれば結構な話です。「押してもダメなら引いてみる」ことです。課題を共有するというのは、こういう日常の積み重ね(あるいみでトレーニング)ができていれば何でもないことなのですが、日常がギスギスしている中でいくら崇高な倫理観を求めたところで自分だけが高みに立っているも同然で、受け入れられるわけがなかったのです。以前の私はそうでした。「ちがいを認め合う」ということができていなかったんですね。
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2014年01月19日
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