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 セルフエスティームという言葉があります。通常、自尊感情と翻訳されることが多いようですが、自分の欠点を認識しつつもありのままの自分を受け入れることを意味するようです。日本の社会構造は、セルフエスティームが高まるようにはなっていないような気がします。
 
 マスメディアは、われわれ市民に完全無欠であることを多様な刷り込みによって要求し続け、またそれに慣らされた市民は、自分のことはさておいて、評論家よろしく他人の批評に明け暮れる毎日。いや、それにも飽き足らず、評論家同士で群れを成し、意見や立場の異なるものを次々と断罪していき、排斥するという社会です。自殺者が年間3万人を超えるという社会の背景には、このような精神世界の存在が影響しているのかもしれません。いわゆる「減点主義」の社会、相互に監視しあう社会がそれです。


 子どもたちは大人の顔色を伺い、労働者たちは上司の顔色を伺う社会。顔色を伺っても無駄なことだ。彼らは決して満点をつけようとしない。
 それよりも、もっと周りを見渡して見ようぜ。君の事を、肯定し、賛同し、支持してくれる視線がいっぱいあるということを忘れちゃいけない。君のことを愛してくれている仲間たちのことを。
 完全無欠であり続けること、それは欺瞞に満ちている。いったい、誰のためにそこまでやろうとするんだい? 君を利用しようとしているだけだ。本当の仲間はそこまで要求しないぜ。
 眼を開け。自分と自分をコントロールしようとする力との関係を見抜き、突破しよう。
 そのとき、われわれは気がつくだろう。すでに一生懸命、生き続けてきていることに。そんな自分をほめてあげよう。今日までの自分を愛してあげようじゃないか。
 病気をすると自信をなくしてしまう。仕事にも、生活のすべてにも。
 それは事実だ。
 何事にも病気の不安が伴う。
 しかし、その不安を突き抜けない限り、安らかさにはたどり着けない。
 
 欠点を含めて、丸ごとの自分を愛せるか。
 セルフエスティームを高めるには、具体的にはどうすればよいのだろう。
 自分に誇りを持つためには、生活の些少な部分から見つめなおすことだ。
 
 減点主義をやめること。
 あらゆることに心を込めること。
 それで失敗しても、いいのだ。
 完璧さは強迫観念を伴う。
 心をこめた自分を誇りとしよう。
 
 不安を突き抜けるためには、こっちから不安の中に飛び込んでいけばよい。
 じっと待つ不安よりも、不安を突き抜ける賭けをしたほうがよい。
 
 病気をすると自信をなくしてしまう。仕事にも、生活のすべてにも。
 それは事実だ。
 しかし、自信は取り戻すこともできる。さもなくば、新たに作ればいい。
 そして、なによりも自分は病気だという自己暗示から脱却することだ。
 
 人生捨てたものじゃない。
 もう、春がそこまで来ている。

今日の発見

去年の私は、それでも元気だった。
身体の方は、いいときというのはないけれど。
ものごとに対して前向きな私がいた。
自信に溢れていたわけではないが、
全く自信を失っていたわけでもない。
 
今年の私は違う。
自分の判断や行いに信頼がもてない。
自分の考え方にすらついていけない、
影のようなもう一人の自分がいる。
自分の過ちばかりが脳裏をよぎる。
 
去年と今年を区切る一本の線とは何か。
父の死。
身体の変調。
職場に押し寄せる不安材料。
長男の就職問題。
 
あっ。そうだ。
パソコンだ。
今年の夏ごろノート型パソコンを購入し、
以来、ライフスタイルが一変している!
 
そうか、便利ばかりがいいとは限らないな。
ネット通販でいろんなものを買いすぎた。
気づかないうちに消費生活に埋没していた。
生産する面白さを忘れたところに
変調の原因があったのだ。

わが余生

植物のようにひっそりと、
しかし、時の流れを味わいながら、
泰然自若として、
孤独を受けいれ、
不自由を受け入れ、
死をも受け入れる、
そんな人になれたら、
わが身を苛む病気の恐怖から、
自由になれるのだろうか。
 
私のたくらみは全て無駄であった
わが身を苛む病気の前には、
どのような表現も、
薄っぺらなだけだった。
 
人間はコミュニケ−ションの中にしか生きられないものかもしれない。
時間の中に埋没してコミュニケーションを浅はかと考えていた。
あせって追いかけても絶対に追いつかない蜃気楼。
何がくだらないって、プライドほど始末の悪いものはない。
プライドのために頑張るのはもうやめだ。
 
植物のようにナチュラルに、
自分を売り込むことなしに、
コミュニケーションを楽しもう。
そこに愛を見つけられたら素敵じゃないか。
人間は死ぬまで過ちを犯し続けるものだ。
そんな分かりきったことをしばしば私たちは忘れてしまう。
 
自分の過ちも他者の過ちも、
「過ち」と言うがごとく、過ぎてはじめて知るもの。
すなわち、当事者にとっては、
それを自覚したときにはじめて過ちに変化するのだ。
だから、過ちとは「自覚」の証明なのです。
 
あの人は一生懸命なのだけど要領が悪い、
と言うのと、
あの人は要領が悪いけど一生懸命だ、
と言うのとは、同じ意味だ。
ならば、その人からやる気や自信を引き出す言い方をした方がいい。
 
人間同士、過ちを赦し合い、好いところを引き出しあう、
そんな社会が来たときに、
はじめて私たちは
社会に不必要な人間なんか一人もいないことを確信できるはずなのに。
今日もまた、私の心の中の古びた感性が、
そんな社会の到来を遅らせているのだ。
 
それは、他者からの失笑を怖れる心。
それは、率直に過ちを認めようとしない心。
それは、論議の過程を大切にせず、議論を勝負事とする心。
それは、予断や偏見でものごとを見ようとする心。
 
だが、忘れてはいけない。
きょう私を批判している人たちが、
明日は私の心強い味方かもしれないことを。
情けは人のためならず。
自分の方からぬくもりを提供してゆけばよい。

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