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今日は仕事の休みを利用して、テナー・サックスを猛練習。まだまだ漫然と練習している気がするなあ。課題が頭に入っていないから、ロング・トーン自体も単調な練習になっている。マイナス・ワンCDでエリントンの曲に挑戦してみたけど、全然ダメ。ただ、吹いているだけというか、漫然と垂れ流しの演奏。これじゃ、ただの雑音でしかない。もっと、自分の音に責任というか意味をもたせなくては。
①どのみちたいしたメロディーラインは出てこないのだから、アーティキュレーションの方を重視せよ。
②基礎練習もダイナミクスに配慮して。
③苦手なことや、面倒なことから逃げていたら、いつまでも練習のサイクルが貧弱なままだぞぉ。
④迷いがあるなら教則本に戻ってみるか。
⑤こんな貧弱な練習していたら、定年で退職しても同じことの繰り返しだ。いま、このときを最大限生きた時間として活用する訓練と位置づけよう。家事もこなさないと。
よっしゃ、がんばろう。
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よっしージャズ研究所
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「佐賀県モダンジャズ研究所」としていたのを改名しました。初心者、大歓迎。ジャズに関する質問などでも結構です。分からないときは分かる人が応えるというのもいいかなと思っています。
ジャズ・ファンのかたのコメントをお待ちしています。
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今はめっきり数も減ってしまいましたが、一時期日本で隆盛を誇ったジャズ喫茶は、当時の社会情勢も影響してか、モダンジャズファンのたまり場となっていました。ジョン・コルトレーンなどのハードボイルドなスタイルが大受けした時代にあっても、中間派ジャズとして多くのファンに親しまれたのがこのアルバムでした。
ビーンという愛称で親しまれたホーキンスがその名を知られるようになったのは、1920年代、フレッチャー・ヘンダーソン楽団においてですが、それ以前、リズム楽器のひとつであったテナー・サックスをジャズの花形楽器として活躍の場を広げていったのは、まぎれもなくホーキンスの功績であり、また、彼に影響を及ぼしたルイ・アームストロングの功績でもありました。このようなパイオニアたる人物が、セロニアス・モンクの「モンクス・ミュージック」やマックス・ローチの「ウィー・インシスト」で前衛ジャズの一端に名を連ねようとは、ヘンダーソン楽団で一緒だった楽友たちには青天の霹靂だったでしょう。
アルバムに話を戻すと、共演者のすばらしさが目を引きます。同じ年にキャノンボール・アダレイの「サムシン・エルス」で一躍脚光を浴びるハンク・ジョーンズの起用とキィノート盤などでホークとの相性もいいバック・クレイトンの起用が実に的を得た選択でした。ホーキンスも素晴らしい音色とフレージングでこれに応じていますし、あいかわらず達者なレイ・ブラウンのバッキングとベース・ソロも花を添えます。それにしても、ソロとソロとの間に挟まれるハンク・ジョーンズのピアノが実に効果的ですし、ホークにしろクレイトンにせよ、あまり出過ぎず、八部目あたりに抑えたところがこのアルバムが長く愛されることになった一因であったかも知れません。
世代間のあり方を考える意味でも、このアルバムは多くを語ってくれます。また、伝統と革新を考える意味においてもです。
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肝心のロリンズはといえば、上に挙げた2曲では、ユーモラスな曲調のなかに老いたカウボーイの悲哀を歌うかのような見事な音表現。「ソリチュード」「ノー・グレーター・ラブ」の2曲のバラードでは、レイジーなインプロビゼーションがこのカウボーイの老いを表現している‥‥というのは、考えすぎ?
魅惑的なテナーのイントロがひときわ冴える、「カム・ゴーン」は豪快そのもの。これらの演奏の伸びのあるテナーの音を聴かされると、テナーをやめたくなる‥‥くらいの傑作。いや、テナーだけでなく、ベースもドラムもやめたくなるかな。ベースなんか、ちょっとやそっとでは音が出ないくらいにきつい弦の張り方しているって感じ。
この時期のロリンズには、もう傑作が沢山あって、サイドメンとして加わっているアルバムでは、セロニアス・モンクの「ブリリアント・コーナーズ」とマックス・ローチの「マックス・ローチ・プラス・フォー」がマイ・フェバリット・アルバム。前者では「バルー・ボリヴァー・バルーズ・アー」(「ブルー・ボリヴァー・ブルース」)のロリンズのアドリブの展開が見事。後者では、一曲目。ジョージ・ラッセルの名曲「エズセティックス」やストップ・タイムを用いた急速調の「ワン・オブ・ゾーズ・シングス」が白眉の出来。マイルスのもとでも荒削りなロリンズの魅力に惹かれます。
「バグス・グルーヴ」の「エアージン」「オレオ」「ドキシー」とオリジナル曲もGOOD!
初期のロリンズも面白い。MJQと共演したプレスティッジ盤、「オールモスト・ライク・ビーイング・ラブ」「シャドラック」「イン・ア・センチメンタル・ムード」「タイム・イン・マイ・ハンズ」と曲の解釈に早くも独自性をあらわすロリンズの姿が。
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シグナルというレコード・レーベルがありました。というだけで、古くからのジャズ・ファンには、ああデューク・ジョーダンだな、という反応が返ってきます。正確には、デューク・ジョーダンのコンボのほかに、ホール・オーバートンのカルテット演奏が入っており、後者もまたフィル・ウッズの見事なインプロビゼーションが印象的なトラックになっております。
しかし、デューク・ジョーダンと一緒に演奏したジジ・グライスのアルトのすばらしさ!実は、僕が最後まで興味を持てないアルト奏者がグライスだったんです。で、このシグナル盤もどちらかといえば、ホール・オーバートン(あまりなじみのないピアニストだけれど、セロニアス・モンクのタウンホールでの演奏にアレンジを提供していた人です)のカルテットノフィル・ウッズばかりきいていたんです。このグライスの演奏は、10年以上眠っていたというのが実情でした。
ジョーダンの有名なオリジナル曲「ジョードゥ」を聞いてください。クリフォード・ブラウンのきらびやかな演奏とは全く異なる解釈、せつなさを表現したグライスの演奏、控えめだけど時に激しく、ダイナミクスの見本のような演奏じゃございませんか。その後に続くデューク・ジョーダンがまた最高で、完全にノックアウトされた私です。
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アート・テイタムとエロール・ガーナーとがレコードの反面ずつを分け合ったアルバムがある。このガーナーは秀逸である。“GIANTS OF THE PIANO”と題したルースト盤であるが、バラードといいミディアム・バウンスの曲といい、よくスィングする。僕はバド・パウエルのバラード演奏の見本になったのは、アート・テイタムではなく、エロール・ガーナーではないかと思っている。“LOVE FOR SALE”などは、ミディアムにちかいテンポで演奏されて
最初はピアニストとしてデビューしていたアート・ブレイキーがエロール・ガーナーを聴いてピアノを断念して、大ドラマーになったのだから、これはブレイキーが自分の閃きに賭けて得られた才能であった。
反面ずつ分け合ったレコードといえば、若干コールマン・ホーキンスの方が多めに収録されているが、レスター・ヤングとの「クラシック・テナーズ」という名盤中の名盤がある。ここで聴くホーキ
ほかには、ボビー・ハケットとマグシー・スパニアが分けあったコモドア盤がある。リー・ワイリーとジェス・ステイシー、そしてマグシーとが織り成す絶妙のインター・プレイ。“ダウン・トゥ・スティームボート・テネシー”と“シュガー”では、まず、テンポの設定がすばらしく、まあ、前者のブルースが少々垢抜けしすぎだとの批
もう片面の、ボビー・ハケットの方はメローという表現が的確かどうかは分からないが、同じコルネットでもマグシーとは全く違う表情を見せる。しばしばサッチモやビックス・バイダーベックからの影響が指摘されるマグシーとは異なり、ハケットの音色がワン・アンド・オンリーというばかりでなく、全体の演奏スタイルも伝統的なディキシー・スタイルとは一線を画したもので、アンサンブルそのものよりも各人の個性を強調する傾向にあり、ハケットのソロも進歩的なものである。
最後は、ホーキンスとチュー・ベリーとが片面ずつ分けあったコモドア盤から、チュー・ベリーの演奏を聴く。ホーキンスの音色を豪快かつ繊細という言い方で表現すると
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