よっしー本店

ブログ名を再度変更しました。

よっしージャズ研究所

[ リスト | 詳細 ]

 「佐賀県モダンジャズ研究所」としていたのを改名しました。初心者、大歓迎。ジャズに関する質問などでも結構です。分からないときは分かる人が応えるというのもいいかなと思っています。
 ジャズ・ファンのかたのコメントをお待ちしています。
記事検索
検索
イメージ 1 こんなに機嫌よくリラックスして、しかも最高水準の演奏をのこしたバド・パウエルをほかに知りません。私がバドの最高にハッピーにスイングしまくっているベスト・アルバムとして押すのは、ソニー・スティットとの共演盤です。あえて競演盤と書かずに共演盤と書いたのは、両者のハイ・レベルなアドリブの応酬があるからといって、これを「火花が散っている」と表現するのは的外れな気がするからです。それほど両者からは楽しくてたまらない様子が伝わってきます。選曲もスタンダード・ナンバー(またはコード進行だけ拝借した曲)を中心に組まれていて、楽しい限り。
 
 一方、このアルバムにはソニー・スティットのもうひとつのセッションが収められています。J.J.ジョンソンとの2ホーンによるクインテット演奏がそれで、こちらのほうはジョン・ルイスがピアノを弾いています。これはこれでルイスとJ.J.というすぐれたアレンジャーを擁しているだけに、かなり実験的な演奏となっています。しかしですなあ、バド・パウエルとのゴキゲンなセッションのあとにこれをきくのはつらいものがあります。それほど、二つのセッションの間には志向の違いがあります。
 
 スティットとのセッションほどではないにせよ、デクスター・ゴードンとの46年のセッションもかなり好調なパウエルがきけます。しかし、ソロは短くブルースで2コーラス、AABAフォームの「デクスター・ライズ・イメージ 2アゲイン」では半コーラスあるだけで、曲によってはぜんぜんないものまでありますが、後者における硬質のタッチはまさにパウエルならではのもので、短いながらもよく練られたソロがきけます。全曲中、バド・パウエルのはいったセッションは4分の1程度ですが、彼のソロはともかく、このアルバムではわずかながらデクスター・ゴードンとファッツ・ナバロの好演も聞かれ、ビバップに関心がおありの方にはお勧めの1枚であることに間違いありません。
 
 さて、バド・パウエルのアルバムでじっくり彼の演奏を聴きたいという人にお勧めの1枚は、有名なルースト盤やバラード演奏が美しい「ジャズ・ジャイアント」、ブルー・ノートの1集、2集もいいけれど、バド・パウエルらしい選曲とオイメージ 3リジナル・ナンバーがほとんどを占めている「ジニアス・オブ・バド・パウエル」です。それと時代的にはビバップ期を離れますが、「ブルース・イン・ザ・クロセット」の「アイ・シュッド・ケア」「時さえ忘れて」は詩的(?)なパウエルがきけます。
 
 一方、54年という微妙な時期に録音した「ムーズ」というアルバムは、パラノイアのせいかバラードをやっていても苛立ちを感じさせる内容で、しだいに指も動かなくなります。「バド・パウエル57」「ザ・ロンリー・ワン」あたりがパウエルの演奏がもっとも低迷していた時期のようです。
 
 パリに行ってからのパウエルは比較的安定し、ドン・バイアスやコールマン・ホーキンス、バルネ・ウィラン、ジョニー・グリフィンらのテナー奏者との共演も増えていきます。そのほか、ミンガスのバンドやジャズ・メッセンジャーズとの共演など、興味深いライブ・レコーディングもあり、なかには映像が残っているものもあって、ミンガスのバンドとのセッションでは、やや緊張気味のエリック・ドルフィーなどに対して、貫禄十分のパウエルのようすが見られます。
 全盛期のディジーを余すところなく伝えるのがこの「ディジー・ガレスピー・シングス・トゥ・カム」(邦題はイメージ 3「ディジー・ガレスピー・ミュージックラフト・セッション」)です。ここできかれるチャーリー・パーカーも最高級なのですが、「ディジーの巻」としていますので、今日はこのサッチモ以来の名トランペッターについて書くことと致します。1945〜46年の録音中心にまとめられています。
 かつてトランペットを吹いていた私の知り合いは「ディジー・ガレスピーはタンギングをしないから嫌いだ。」と言っておりましたが、確かにクリフォード・ブラウン流のそれと分かるタンギングではありません。アクセント拍以外はハーフタンギングですましているのかも知れませんが、それにしても一流のわざです。どうも、若いころタンギングとフィンガリングとの不一致を克服するのに、人一倍スケール練習を重ねた人間には、ディジーが別のスキルイメージ 2を習得していたにせよ、真正面からタンギングと向き合ってこなかったことが倫理的に許せなかったみたいでしたが、天下のディジー・ガレスピーを向こうにまわして、なんともけちな注文をつけるものだとバンドの連中は呆れ顔でした。
 ガレスピーはオープンもいいけど、ミュートがまた素晴らしい。1945〜46年当時はまだ3連符をベースにしたノリが目立ちますが、これが1953年のマッセイホールにおける実況録音になると、均等8分音符がベースとなってきます。
イメージ 1 「バード・アンド・ディズ」も大好きなレコード。ピアノにセロニアス・モンクを起用しているのが光っています。曲は「マイ・メランコリー・ベイビー」を除いた全曲がパーカーのオリジナル。最初の「ブルームディド」からディジーとパーカーによるきわめてハイレベルのアドリブ合戦が展開されます。惜しむらくは、バディ・リッチの起用であり、いきなりビッグバンド風のドラムソロが現れて、流れを止めてしまいます。ここは、なんといってもマックス・ローチがほしかったところです。
 まず、チャーリー・パーカー。変わったところで、1951年4月にボストン・クリスティ・クラブでおこなわれイメージ 1たジャム・セッションの模様をエア・チェックした「ハッピー・バード」というアルバムを紹介します。レーベルは、ジャケットの表面には“Parker RECORD”と書いてあり、背表紙には“BAYBRIDGE”と書いてあるので、パーカーの3番目の妻であったドリスが起こしたパーカー・レコードの所有であったものをベイブリッジ・レーベルが買い取ったものと思われます。
 この時期、放送録音されたものをレコードにして発売した例はとても多く、パーカー以外にも、コールマン・ホーキンスやレスター・ヤング、バド・パウエル、ワーデル・グレイのものなど、枚挙に暇がありませんが、やはりチャーリー・パーカーのものが最も多いのではないかと思います。
 なぜ、この「ハッピー・バード」を選んだのかというと、まずエア・チェックにしてはかなり録音状態が良いということ。ピアノソロが多少オフ気味になっているのとベースの音が軽めに入っている(これは致し方ない)ことを除けば、各人のソロは充分鑑賞に耐えられるものです。
 ふたつめにパーカーのロング・ソロが聞かれるということです。しかも、ソロの内容が非常に良いのです。マッセイホールのように火花の散るような演奏とはまた違って、リラックスした快演が聞かれます。
 もうひとつの理由として、演奏者が豪華だということです。ベースにミンガス、ドラムスにロイ・ヘインズというのも魅力で、特にヘインズのドラムス。ケニー・クラークをモダン・ドラミングの開祖とするならば、マックス・ローチ、アート・ブレイキー、シェリー・マンが第2世代として完成に導いたという説が一般的であります。しかし、ロイ・ヘインズの変幻自在なドラミングも三者に勝るとも劣らないと思いますが、いかがでしょうか。
 そして、それ以上に興味を引くのがワーデル・グレイの参加です。2曲でソロを採っていますが、パーカーと互角に渡り合えたホーン奏者はガレスピーにナバロ、そしてこのグレイぐらいではないかと思います。
 
 次に推薦するレコードは、40年代のパーカーを代表して、ダイヤルの第4集。マイルス・デイビス(tp),イメージ 2
チャーリー・パーカー(as)、デューク・ジョーダン(p)、トミー・ポッター(b)、マックス・ローチ(ds)1947年10月28日の録音。「バード・オブ・パラダイス」(「オール・ザ・シングス・ユー・アー」と同曲)や「エンブレイサブル・ユー」の歴史的名演奏が聴けるほか、アップ・テンポの「ザ・ヒム」や以来多くのジャズ・プレイヤーが録音するようになったパーカーのオリジナル「デューイズ・スクエア」など聴き所が満載のパーカーの最高傑作。ただし、同じ曲を2〜3テイクやってますんで、パーカーのためならどこへでもというくらい熱烈なファンでないと、ちと厳しいかも。
 
 3番目はヴァーヴから、「ジャズ・パレニアル」。「スウェディッシュ・シナプス」とか「バード・アンド・ディイメージ 3ズ」「ナウズ・ザ・タイム」などにくらべると、あんまり話題にされることも少ないアルバムですが、まあ、だまされたと思って聴いてみてください。絶好調のホーキンスやJ.J.ジョンソンとのコラボレーションや、ギル・エバンスのアレンジによるコーラスとのコラボなど、とても楽しめるし、質的にも素晴らしいアルバムです。
 ほかには、サヴォイの1集、このうち1944年の演奏はアルトの音色がいちばん美しく録音されていると思います。サヴォイの2集に収められているスリム・ギャラードをリーダーとしたセッションでは、ドラムスにエディ・コンドン・ファミリーの名手ズティ・シングルトンの名がクレジットされていることに驚かされますが、8ビートのブルースや当時のポップ・チューンなど、多少毛色の変わった曲をやるパーカーというのも面白いですね。さらにエロ−ル・ガーナーと共演したダイヤルの2集も丁々発止のアドリブ合戦が聞きものだし、ダイヤルの6集では、全然ブルースらしくない「ボンゴ・ビープ」が聞きもので、テーマもパーカーのアドリブもまさに絶品で、これに「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」のバラード演奏の見事な表現力を考えると、4集にも劣らぬ傑作です。ヴァーヴでは、ガレスピーのミュート・トランペットとの掛け合いやモンクのピアノが出色の「バード・アンド・ディズ」、「ジャスト・フレンズ」の名演で有名な「ウィズ・ストリングス」、そして図らずもパーカーの遺作となった「プレイズ・コール・ポーター」が好きです。
 私がジャズにのめり込むきっかけとなったのは、FM放送から流れてきたバド・シャンクの「カーニバルの朝」と、ジョン・ルイスが愛妻ミルヤーナに捧げて作曲した「わが心のミルヤーナ」、そしてエラ・フィッツジェラルドの「マイ・ファニー・バレンタイン」でした。
イメージ 1 バド・シャンクはウエスト・コーストを代表するサックス奏者で、おもにアルトとフルートを吹きます。50年代には、透き通るような音色と脅威のテクニックを駆使して、東のスティットか西のシャンクかといいたくなるほどの存在感を発揮しました。60年代半ばごろに、ビートルズ・ナンバーをはじめとするポップス曲を始めてからはだんだん音色も甘さを強調したものに変わってきて、70年代には旧知のローリンド・アルメイダにレイ・ブラウン、シェリー・マンという豪華メンバーで組んだLA4というグループで人気を博しました。後期のシャンクは堅物の評論家諸氏から批判的な見方をされましたが、私はそんなバド・シャンクに憧れてアルトを始めた次第。
イメージ 2 ジョン・ルイスはいわずと知れたMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)の実質的なリーダーで、多くの作曲を手がけましたが、特にベルギーのギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトの死を悼んでつくった「ジャンゴ」は、「アフタヌーン・イン・パリス」とともにジャズのスタンダード・ナンバーとして定着した曲で、前者はソニー・ロリンズやレイ・ブライアントの演奏があります。映画音楽なども手がけました。ビバップのころから第一線で活躍しており、SAVOYにチャーリー・パーカーとの共演も残されています。パーカーのオリジナル・クインテットの人選をめぐってマイルス・デイビスはジョン・ルイスを起用してほしいと訴えましたが、パーカーの意向でデューク・ジョーダンに決まったといわれています。かのオーネット・コールマンを世に出すのに一役買ったことでも有名です。
 上記ふたりの演奏はすぐに見つかり、レコードを手に入れることができましたが、エラ・フィッツジェラルドの「マイ・ファニー・バレンタイン」だけは、どうしても見つかりません。JATPの一員として1953年に来日した折にも同曲を歌ってはいるのですが、私を唸らせたのとは全く別のテイクでした。どなたか、ご存知の方があれば、教えてもらえないでしょうか。
 ソニー・ロリンズという人は、Prestige〜BlueNote〜Contemporary〜Riverside〜Verve〜RCA〜Impulse〜Milestoneという具合に、次々とさまざまなレーベルと契約し、そのたびに新しい面を見せてくれました。ところで、ソニー・ロリンズといったとき、どの時代のロリンズをイメージしているかということは人によって、あるいは地域によってまちまちであります。
 私は若いころ関西ですごしておりました(1974―1980)が、そのころの仲間と話すときのロリンズはPrestigeからRiversideにいたころの演奏がベースとなって会話が成立していました。それから九州に来て生活を始めましたが、するとロリンズというと当然のようにRCA時代の演奏をさすのでおどろいたおぼえがあります。
 私自身はプレスティッジからコンテンポラリーにいたころのロリンズにもっとも愛着がありますが、それまではスリリングなパッセージそのものが私の関心の的でありましたが、RCA時代以降になるとバンド全体を見渡した聴き方が必要になってきます。たとえば、ベースのボブ・クランショウがこう出たときにロリンズはこういう反応をしたという具合で、ある意味でそれは演奏者の一員として音楽を楽しむという次元に聴衆を巻き込んでいったわけです。
イメージ 1イメージ 2 こういうジャズの楽しませ方は、セロニアス・モンクが源流であると私は勝手に思っております。その後、あくまで私流の解釈でありますが、セシル・テイラーを経由してアート・アンサンブル・オブ・シカゴや近藤等則などに引き継がれていったと思っています。ひところ、「パフォーマンス」という言葉が日本国内で流行りましたが、もともとは近藤氏らが即興にさまざまな音楽以外のアクションも取り入れるという意味合いで普通に使っていた言葉に、あとからメディアが関心を持って意識的に使い始め、それで広まっていったような気がします。
 いまでは誰でもが使う言葉になりましたが、もともと倫理的な意味合いはない言葉でした。政治家に対して使われるようになってから多少意味が変わってきたように思います。しかし、流行り言葉としてはともかくもっとポジティブな解釈をすれば、こういう音楽家の地道なライブ活動が聴衆に精神的な参加を促し、このことが社会的なアクションに繋がるということはありえます。それが一朝一夕にはいかずとも、今まで外野席に座らされていた主権者が参加の機会を勝ち取った政治手法――たとえば、情報公開制度やオンブズパーソン制度など――を考えるときに、文化的素地を固めるという程度の貢献はしていたと言えるかもしれません。

.
よっしー本店
よっしー本店
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事