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かつてジャズ喫茶全盛のころ、ということはコルトレーンやドルフィーが常連組のリクエストに応えて盛んに鳴らされていたころ、意外とターンテーブルのうえに乗せられる機会の少なかったミュージシャンがいました。ひとりは、チャーリー・パーカーであり、もう一人はポール・デスモンドでした。
パーカーの場合はアート・ペッパーやソニー・ロリンズと較べても、テーマ部分がメロディアスな曲をほとんどやらなかった――それは同時にビバップの特徴でありましたが――ために日本人の感覚に合わなかったと思います。同様に、エラ・フィッツジェラルドやサラ・ボーンの歌は盛んにリクエストされていましたが、ビリー・ホリディのボーカルが鳴っていることは少なかったような気がします。しかし、その割には、パーカーとビリー・ホリディとの人気は異常に高いという珍現象がおきておりました。これは、おそらく彼らの音楽そのものよりも、映画や書籍を通じて話題となった彼らの一種破滅的な生き方が共感を呼んでいたからでありましょう。
かたやポール・デスモンドのほうは、聴衆がコルトレーンやドルフィー的なハードボイルドさを求めてい
しかし、今静かにデスモンドの音楽を聴いてみると、その質の高さに驚くばかりです。私は、どちらかといえばデイブ・ブルーベック・カルテットのころのよりも、ジム・ホールといっしょにやっていたRCA時代の演奏が好きです。
とにかく、ジャズの本場であるアメリカという大陸には、ジャズひとつをとってもいろんな価値観が混在し、沢山の選択肢が用意されているのに、日本の場合は○×式の二者択一的な発想しかなく、貧困さを感じてしまうことでした――もちろん、私を含めてだけどもね。
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よっしージャズ研究所
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「佐賀県モダンジャズ研究所」としていたのを改名しました。初心者、大歓迎。ジャズに関する質問などでも結構です。分からないときは分かる人が応えるというのもいいかなと思っています。
ジャズ・ファンのかたのコメントをお待ちしています。
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タイトルに掲げた3人のピアニストに共通するものとは? もう、ベイシーの名前が出た段階で答えが予想できた方も多いとおもいます。答えは、音と音との間を生かしたプレーで定評のある3人。しかし、全く個性の異なる3人でもあります。
カウント・ベイシーとセロニアス・モンクの場合は最初からこうだったわけではなくて、けっこう煌びやかなピ
でも、私はこの3人が大好きなんです。セロニアス・モンクには、「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」「セロニアス・ヒムセルフ」「アローン・イン・サン・フランシスコ」「ソロ・モンク」など、ソロ・ピ
ジョン・ルイスは歳をとるほどにピアノに語らせるのが上手になったようなきがします。若いころの「ジョン・ルイス・ピアノ」や「瞑想と逸脱の世界」などもよいけれど、後年の「素描」や「P.O.V」などはリラックスがこちらにもつたわってきます。ジャズをはじめて聴く方にもよし、ずいぶん聞き込んだ人にもよしの好アルバム。
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私にとってコルトレーンのアルバムというとこの1枚。曲でいうと「ワイズ・ワン」。ワイズ・ワンとは誰のことでしょうか。聞き手によって当然異なると思いますが、私がイメージしたのは人間イエス・キリストです。
マッコイ・タイナーのイントロが敬虔なムードをつくりだします。そこにコルトレーンがゆったりと絡んでいき、テーマを提示します。テーマの提示が終わるとジミー・ギャリソンとエルビン・ジョーンズとが登場しさらにコルトレーンが再登場。全体としてリズムセクションはイエスの眠りを暗示するように静かですが、そ
ところで、コルトレーンのものが落下していくようなこれらのフレージングは、しばらく彼が得意としていた表現で、「アフリカ・ブラス」などでも使っているばかりか、ビリー・ハーパーなどのコルトレーン信奉者にも受け継がれていきました。
また、このバンドの実力はずばぬけていました。ベース奏者のジミー・ギャリソンの重厚な音などはギャリソンならではのもので、カーティス・フラーの「ブルース・エット」やウォルター・ビショップ・ジュニアの「スピーク・ロウ」などでも、一聴してギャリソンと分かるほどでした。
この時期のマッコイ・タイナーのピアノもワン・アンド・オンリーなもので、「リーチング・フォース」というピアノ・トリオの佳作があるほか、「エコーズ・オブ・ア・フレンド」というソロ・ピアノの傑作もあります。
エルビン・ジョーンズがハンク、サドの3兄弟の末弟であることは周知の事実。トミー・フラナガンの傑作「オーバー・シーズ」やソニー・ロリンズ「ヴィレッジバンガードの夜」などで名演が聞かれるほか、1955年にはマイルス・デイビスやチャールズ・ミンガス、テディ・チャールズらと「ブルー・ムーズ」というレコードで共演しています。
コルトレーンのアルバムとしては、「コルトレーン」「ソウル・トレイン」(以上、プレスティッジ)「ジャイアント・ステップス」「マイ・フェバリット・シングス」「オレ」(以上、アトランティック)、「アフリカ・ブラス」「ヴィレッジ・ヴァンガードのJ・コルトレーン」「インプレッションズ」「バードランドのJ・コルトレーン」「バラード」「ジョニー・ハートマンとJ・コルトレーン」「クレッセント」「至上の愛」「カルテット・プレイズ(・チムチム・チェリー)」「トランジション」「セルフレスネス」(以上、インパルス)など。
コルトレーンやウェイン・ショーーターはレコード・ジャケットだけをみていると、目をつぶって楽器を吹くかのように思われがちですが、ビデオなどで確認する限り、目を開けて吹くことが多いということに気がつきます。元来、ジャズ・ミュージシャンは目を開けて吹くことが多かったと思います。
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このレコードを買ったとき「こんなレコードがあったなんて」という驚きでいっぱいでした。とくに「アイ・ガット・リズム」「レディ・ビー・グッド」「スイート・ジョージア・ブラウン」の3曲はコールマン・ホーキンスとレス
Buck Clayton (tp)
Coleman Hawkins (ts)
Lester Young (ts)
Kenny Kersey (p)
Irving Ashby (g)
Billy Hadnott (b)
"Shadow" Wilson (ds)
おそらく1946年の3〜4月にハリウッドで録音されたものです。録音もすばらしい。それぞれが、ワン・ホーンで演奏した曲も入っており、これもまた全盛期を思わせる出来。
この時期のホーキンスには、明らかにチャーリー・パーカーの影響が見られます。それが成功したかどうかで、ジャズ・ジャーナリズムの見方も二分されているようですが、ここで聴くビバップの曲などは、相当にそれらしく聞かせるホークの姿があり、感動ものです。
いっぽうのレスターも、この時期はアップテンポになると、太い音を出すことに専念していた時期であり、ホークとの競演も実に堂々たるものであります。この40年代というのは、なんて密度の濃い時代であっただろうと改めて思います。
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ニューオリンズでは、バディ・ボールデンを初代ジャズ王、ジョー・“キング”・オリバーを2代目ジャズ王と呼び、3代目がサッチモことルイ・アームストロングでした。もっとも、バディ・ボールデンという人は1枚写真がのこっているだけで、レコードやCDで聴くことができるのは、すでに全盛期を終えたキング・オリバーからであります。キング・オリバーの演奏に感動したという経験は、さすがに私にはないのですが、初期のエリントン楽団でワーワー・ミュートの妙技を聞かせてくれたバッバー・マイレイがオリバーの影響下にあるという話を聞くにつけ、サッチモとマイレイという二人の名手がオリバーの影響下に育っていったとは、状況証拠ばかりではありますが、全盛期のオリバーの実力が想像されるというものです。
この時代には、フレディ・ケパードとバンク・ジョンソンという名手もいたようでありますが、40年代のリバイバル期にカムバックしたバンク・ジョンソンの音はサッチモやマイレイの音とも異なっており、むしろビックス・バイダーベックに近いくらいの印象があります。フレディ・ケパードの名前をはじめて活字で読ん
しかし、実質的にはルイ・アームストロングからジャズは始まったといえるような気がします。彼の演奏によって、インプロヴィゼーションは飛躍的に発展しました。彼の存在はどこにいても際立っていました。そして、デューク・エリントン同様、実に息の長い活動をしてきました。写真は、1925年から26年にかけての傑作ですが、1940年代にはタウンホールで素晴らしい演奏を残していますし、1950年代にも「プレイズW.Cハンディ」「サッチ・プレイズ・ファッツ」「アンバサダー・サッチ」という傑作がうまれています。何よりも、ラッパの音色がよかったし、フレージングにダイナミクスが感じられていました。そして、あのホットなヴォーカル。あのヴォーカルによって、生活のなかで癒され勇気を得た人たちがたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。
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