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アルバムに針を落とすとまずはミディアム・スローのブルース。ハミルトンは抜群のノリでテナー・ソロ。ときにベン・ウェブスター的な表情も見せながらの演奏は、余裕綽々で楽しい限り。トミー・フラナガンのすばらしいピアノ・ソロをはさんでクラリネットに持ち替えたハミルトンが登場。2曲目はスタンダード・ナンバーの「木の葉の子守唄」。3曲目は「スイート・ジョージア・ブラウン」のコード進行を使ったと思われるバップ風の曲。このテナーはかなりモダンです。
この人のクラリネットにしろテナーサックスにしろバラード演奏は白眉です。しかもピアノがトミー・フラナガン、ベースがウェンデル・マーシャルとくれば、いうことなし。ジミー・ハミルトンがいかに素晴らしいテナー奏者であったかを示す名盤ですよ、これは。えーと、タイトルは「キャント・ヘルプ・スィンギング」、1961年の録音で、SWINGVILLEというレーベルのようです。
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よっしージャズ研究所
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「佐賀県モダンジャズ研究所」としていたのを改名しました。初心者、大歓迎。ジャズに関する質問などでも結構です。分からないときは分かる人が応えるというのもいいかなと思っています。
ジャズ・ファンのかたのコメントをお待ちしています。
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オーネット・コールマンは1930年生まれだから、1920年生まれのチャーリー・パーカーとはちょうど10歳離れていることになります。この10年の開きはいたって短い距離であるように私には思えます。たとえ
つまり、何が言いたいのかといえば、1940年代から50年代初頭まで続いたモダン・ジャズの草創期にはガレスピーやパーカーのようなバッパーのみならず、ゲッツやトリスターノもいれば、スタン・ケントン、
一体全体、オーネットの音楽は手法としてはビ・バップとわずかにR&Bの影響も感じられますが、精神的なところでは、多分にセロニアス・モンクの影響を受けているように思います。わたしの好きなアルバムとしては、コンテンポラリーとアトランティックの諸作、特に『ジャズ、来るべきもの』『チェンジ・オブ・ザ・センチュリー(写真)』と『チャパカ組曲(写真)』『ゴールデン・サークルのオーネット・コールマン・トリオ1〜2集』などです。
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最近、中古レコードで取り寄せたもののなかで気に入ったものを紹介したいと思います。
「コスモポライト/ベニー・カーター」:ベニー・カーターのワン・ホーンもの。私の場合、ベニー・カーターと
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このスティットはすごい。いや、ソニー・スティットはどれもこれもみんなすごいといえばすごいのだけれど、そのなかでも最高の出来と私は思います。音に張りがあるし、アドリブのアイデアは尽きることがない――いつも同じフレーズといえば確かにそうかも知れません。そこがパーカーとの違いと言えなくもありませんが、独創的なフレーズをたくさん生み出していったパーカーに較べられたら誰だってたまったものじゃないでしょう。スティットは、ときにディミニッシュ・スケールや教則本に出てきそうなエクソサイズっぽいフレーズを丸ごと入れたり、パーカーのフレーズを拝借してきたりしていますが、それを嫌味に感じさせずに、とにかく、余裕綽々でよどみなく吹き上げます。一方、即興的価値にこだわったパーカーはときにピッチが不安定になったりもしましたが、スイング感を重視したスティットは技術的にはパーフェクトでした、というよりも即興に関してパーカーほどまでの深入りはしなかったと考えるべきかも知れません。やめた、やめた。いちいちパーカーと比較していたら、スティットのユーモア精神まで見失ってしまいそ。
ところで、このアルバムのほかに、ルーストにはもう1枚傑作アルバムがあり
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少しばかり遠回りをさせてもらうと、スイング時代まではジャズのリズムは3連符をベースにしたノリが一般的で、これがクラシック音楽と大きく異なるところであった。ところが、ビバップ期の多くのプレイヤーたちはよりスピード感とモダンな感覚を取り入れるためにそれまで3連符の2/3+1/3+2/3+1/3の組み合わせで表現されていた8分音符を均等な8分音符に戻し、さらにスイング感を保つために1/2+1/2+1/2+1/2の偶数拍の部分(いわゆるウラの部分)にアクセントをつけるようになった。ファンキー時代に流行したのは、ビバップ期のノリではなく、スイング時代のシンコペーションをさらに極端にした形、16分音符をベースにしたノリ、3/4+1/4+3/4+1/4の組み合わせで、2拍目と4拍目とにバスドラムが入ることで身体がそれにつられて動き出しそうになる。ところが、このファンキーという非常に売り上げが期待されたジャズのスタイルは、ビバップやウエスト・コースト・ジャズほどは長続きしなかった。まもなく、マイルス・デイビスやジョージ・ラッセルらの始めたモード奏法がこれに取って代わったからだ。やがて、オーネット・コールマンやセシル・テイラーらのフリー・ジャズがファンキーはもとよりモード・スタイルまでも押し流すほどの大洪水となっていった。一方で、エルビス・プレスリーのロックンロールが大流行し、さらにはスタン・ゲッツのボサノヴァという具合に主客があわただしく入れ替わっていった。
ところで、このファンキージャズ、ブレイキーの荒々しいドラミングをはさんだり、大きなノリで身体が動き出すようなリズムは、大味で雑な印象を持ちたがる人が多いけれども、たとえばこの「サンジェルマンのアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ」を少し注意して聴いてみると、以外にも丁寧な音づくりがされていることに気がつく。考えてみると、ベニー・ゴルソンをはじめ、リー・モーガンにボビー・ティモンズと、編曲の出来るミュージシャンが3人もいて、メリハリの効いたハーモニーやダイナミクスはお手の物であったろう。先入観は禁物である。
に、ショーター、ハバード、フラーをそろえ、ピアノにはシダー・ウォルトンを迎えたところ、たちまち若返ったというか、モダンな音楽が開花して、ほとんどのメンバーが曲を提供するようになった。アレンジャーも4人となったが、その中心はウェイン・ショーターであった。以後、ジャズメッセンジャーズはこの時期の音を模範として継承していくことになる。3管編成はブレイキーのバンドに限らず、当時の流行といえば流行であった。
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