よっしー本店

ブログ名を再度変更しました。

よっしージャズ研究所

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 「佐賀県モダンジャズ研究所」としていたのを改名しました。初心者、大歓迎。ジャズに関する質問などでも結構です。分からないときは分かる人が応えるというのもいいかなと思っています。
 ジャズ・ファンのかたのコメントをお待ちしています。
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イメージ 1 むしろクラリネット演奏のほうでエリントンファンの耳目を集めた感のあるジミー・ハミルトン。そのうえ、ポール・ゴンザルベスの陰に隠れていたために、この名テナー奏者のことは話題になることも少なかったのですが、すごーく味のある演奏を聞かせます。それでもエリントンがテナーではゴンザルベスの方をソロイストとして起用することが多かったのは、じっくり聞かせるハミルトンよりもガーッと吹きまくるゴンザルベスのほうがビッグバンド向きであったためと思います。
 アルバムに針を落とすとまずはミディアム・スローのブルース。ハミルトンは抜群のノリでテナー・ソロ。ときにベン・ウェブスター的な表情も見せながらの演奏は、余裕綽々で楽しい限り。トミー・フラナガンのすばらしいピアノ・ソロをはさんでクラリネットに持ち替えたハミルトンが登場。2曲目はスタンダード・ナンバーの「木の葉の子守唄」。3曲目は「スイート・ジョージア・ブラウン」のコード進行を使ったと思われるバップ風の曲。このテナーはかなりモダンです。
 この人のクラリネットにしろテナーサックスにしろバラード演奏は白眉です。しかもピアノがトミー・フラナガン、ベースがウェンデル・マーシャルとくれば、いうことなし。ジミー・ハミルトンがいかに素晴らしいテナー奏者であったかを示す名盤ですよ、これは。えーと、タイトルは「キャント・ヘルプ・スィンギング」、1961年の録音で、SWINGVILLEというレーベルのようです。
 オーネット・コールマンは1930年生まれだから、1920年生まれのチャーリー・パーカーとはちょうど10歳離れていることになります。この10年の開きはいたって短い距離であるように私には思えます。たとえイメージ 2ば、パーカーがサヴォイにレコーディングを開始した1944年には、オーネットはすでに14歳。コンテンポラリー・レーベルに『サムシング・エルス』を録音したのが1958年、パーカーがトロントのマッセイ・ホールでの歴史的なコンサートにガレスピーやパウエルらと出演してからわずか5年後、パーカーが亡くなってからなんと3年しかたっていなかったのです。しかも、『サムシング・エルス』のときは、すでにオーネットもドン・チェリーもほぼ完成されたスタイルで登場しているので、40年代にはすでにこのスタイルで吹いていたというオーネットの回想もあながち誇張ともいえないような気がしています。少なくとも、オーネットがあのスタイルにたどり着くためには、ビ・バップ・ムーヴメントのエネルギーの恩恵にあずかっていた可能性があります。
 
 つまり、何が言いたいのかといえば、1940年代から50年代初頭まで続いたモダン・ジャズの草創期にはガレスピーやパーカーのようなバッパーのみならず、ゲッツやトリスターノもいれば、スタン・ケントン、イメージ 1セロニアス・モンク、ギル・エバンスと多士済々で、いっぽうニューオリンズ・ジャズのリバイバルがあってみたり、スイング時代のスイート・サウンドのリバウンドが幅広くおこなわれていて、オーネット・コールマンもそのような時代背景のなかで、自己のスタイルを確立していったのだと思います。ひところよく喧伝されていたような、1960年代のアフリカ系アメリカ人公民権獲得運動という政治的なムーヴメントの影響下に、既存文化の破壊の象徴としてオーネット・コールマンの音楽を捉えることはやや的を外れた見方であったように思います。
 
 一体全体、オーネットの音楽は手法としてはビ・バップとわずかにR&Bの影響も感じられますが、精神的なところでは、多分にセロニアス・モンクの影響を受けているように思います。わたしの好きなアルバムとしては、コンテンポラリーとアトランティックの諸作、特に『ジャズ、来るべきもの』『チェンジ・オブ・ザ・センチュリー(写真)』と『チャパカ組曲(写真)』『ゴールデン・サークルのオーネット・コールマン・トリオ1〜2集』などです。

レコード紹介

 最近、中古レコードで取り寄せたもののなかで気に入ったものを紹介したいと思います。
イメージ 1 「ブルース・バイ・ベイシー/カウント・ベイシー1942」:A面8曲がオール・アメリカン・リズム・セクション(フレディー・グリーンのギター、ウォルター・ペイジのベース、ジョー・ジョーンズのドラムス)にカウント・ベイシーのピアノ、曲によってはこれにバック・クレイトン(tp)とドン・バイアス(ts)が加わるというもの。B面7曲は同時期のビッグ・バンド演奏になっていますが、私の関心はA面の8曲。ベイシー+リズムの録音はデッカの4枚組の中にもありましたし、“HOW LONG BLUES”1曲はデッカ盤とダブっておりますが、最少の音符で最大の効果を挙げるベイシーはもとより、「オール・アメリカン・リズム・セクション」のステディーなリズム・ワークが聞きものです。録音も当時としては素晴らしく、ウォルター・ペイジのベース・ランニングをよく拾っています。どちらかといえば、2管が入ったほうの演奏のほうが、フレディー・グリーンの音はよく捉えているように思えます。選曲はタイトルどおりA面については全編ブルースを取り上げています。B面のオーケストラのメンバーに、JATPの演奏でおなじみのトランペッターでハイ・ノート・ヒッターとして知られるアル・キリアンの名前を見つけることが出来ます。
 「コスモポライト/ベニー・カーター」:ベニー・カーターのワン・ホーンもの。私の場合、ベニー・カーターとイメージ 2かジョニー・ホッジス級になると演奏そのものに対する信頼感がまさってくるため、あとはメンバーの人選や選曲、企画、録音状態という側面にあとの楽しみを見出すという具合になってきます。このアルバムも人選・録音がよく、ストリングスも結果的に曲に応じてとなっているために、とても楽しめます。JATPの一員として来日した折の演奏でも名高い「フラミンゴ」は、ここではストリングスを加えての演奏となっており、縦横無尽に駆け巡るカーターのアルト・サックスが特に印象的なトラックとなっています。ベニー・カーターの演奏に関しては、Contemporaryの乾いた感じの録音よりもVerveやPabroのウェットな音のほうが私は好きです。

Sonny Stitt のROOST盤

イメージ 1 “Sonny Stitt plays
このスティットはすごい。いや、ソニー・スティットはどれもこれもみんなすごいといえばすごいのだけれど、そのなかでも最高の出来と私は思います。音に張りがあるし、アドリブのアイデアは尽きることがない――いつも同じフレーズといえば確かにそうかも知れません。そこがパーカーとの違いと言えなくもありませんが、独創的なフレーズをたくさん生み出していったパーカーに較べられたら誰だってたまったものじゃないでしょう。スティットは、ときにディミニッシュ・スケールや教則本に出てきそうなエクソサイズっぽいフレーズを丸ごと入れたり、パーカーのフレーズを拝借してきたりしていますが、それを嫌味に感じさせずに、とにかく、余裕綽々でよどみなく吹き上げます。一方、即興的価値にこだわったパーカーはときにピッチが不安定になったりもしましたが、スイング感を重視したスティットは技術的にはパーフェクトでした、というよりも即興に関してパーカーほどまでの深入りはしなかったと考えるべきかも知れません。やめた、やめた。いちいちパーカーと比較していたら、スティットのユーモア精神まで見失ってしまいそ。
 ところで、このアルバムのほかに、ルーストにはもう1枚傑作アルバムがありイメージ 2ます。“Sonny Stitt plays arrangements from the pen of Quincy Jones”という、ほとんどスタンダード・ナンバーばかりをクインシー・ジョーンズのアレンジにのせてスティットに思い存分吹かせたような、スティットファンならずとも食指が動く好企画のアルバム。果たして、スティットもクインシーも素晴らしい仕事をしています。いい音してますねえ。これなど、ジャズの初心者にも、結構聴きこんだファンにも、幅広く支持を得そうな名盤です。スティットのバラードは原曲のメロディーをストレートに歌い上げるのが特長。上のアルバムではほとんど聞こえなかったフレディ・グリーンのギターが、こちらのほうではよく聞こえ、いい味を出しています。
イメージ 1 ハードバップ全盛のころ、ファンキージャズと呼ばれるジャズのスタイルがあった。「サンジェルマンのアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ」(左写真)やソニー・クラークの「クール・ストラッティン」、ウィントン・ケリーの「ケリー・ブルー」、ジュリアン・キャノンボール・アダレイの「イン・サン・フランシスコ」などがその代表格。
 少しばかり遠回りをさせてもらうと、スイング時代まではジャズのリズムは3連符をベースにしたノリが一般的で、これがクラシック音楽と大きく異なるところであった。ところが、ビバップ期の多くのプレイヤーたちはよりスピード感とモダンな感覚を取り入れるためにそれまで3連符の2/3+1/3+2/3+1/3の組み合わせで表現されていた8分音符を均等な8分音符に戻し、さらにスイング感を保つために1/2+1/2+1/2+1/2の偶数拍の部分(いわゆるウラの部分)にアクセントをつけるようになった。ファンキー時代に流行したのは、ビバップ期のノリではなく、スイング時代のシンコペーションをさらに極端にした形、16分音符をベースにしたノリ、3/4+1/4+3/4+1/4の組み合わせで、2拍目と4拍目とにバスドラムが入ることで身体がそれにつられて動き出しそうになる。ところが、このファンキーという非常に売り上げが期待されたジャズのスタイルは、ビバップやウエスト・コースト・ジャズほどは長続きしなかった。まもなく、マイルス・デイビスやジョージ・ラッセルらの始めたモード奏法がこれに取って代わったからだ。やがて、オーネット・コールマンやセシル・テイラーらのフリー・ジャズがファンキーはもとよりモード・スタイルまでも押し流すほどの大洪水となっていった。一方で、エルビス・プレスリーのロックンロールが大流行し、さらにはスタン・ゲッツのボサノヴァという具合に主客があわただしく入れ替わっていった。
 ところで、このファンキージャズ、ブレイキーの荒々しいドラミングをはさんだり、大きなノリで身体が動き出すようなリズムは、大味で雑な印象を持ちたがる人が多いけれども、たとえばこの「サンジェルマンのアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ」を少し注意して聴いてみると、以外にも丁寧な音づくりがされていることに気がつく。考えてみると、ベニー・ゴルソンをはじめ、リー・モーガンにボビー・ティモンズと、編曲の出来るミュージシャンが3人もいて、メリハリの効いたハーモニーやダイナミクスはお手の物であったろう。先入観は禁物である。
 
イメージ 2 さて、もう1枚は、ブレイキーとも長い付き合いとなったウェイン・ショーダーの初期の作品である、決して凄いアルバムではないのだが、選曲が私好みである。エディ・ヒギンスの作曲した表題曲ではフレディのミュート・トランペットとのハーモニーも美しくテーマを奏で、ショーターのオリジナル曲「パウダー・ケグ」では急速調のテンポに乗って見事なインプロビゼーションをきかせ、スタンダード・ナンバーの「オール・オア・ナッシング・アット・オール」ではウェインがワン・ホーンで朗々と吹く。ルイス・ボンファの「黒いオルフェ」では珍しくも4ビートで演奏、新しい解釈を引き出している。さりげなさのなかにもウェイン・ショーターらしさがちりばめられた、好アルバム。
 
イメージ 3 もうひとつ、紹介するまでもないかもしれないが、3管編成の名盤「モザイク」である。フロントライン
に、ショーター、ハバード、フラーをそろえ、ピアノにはシダー・ウォルトンを迎えたところ、たちまち若返ったというか、モダンな音楽が開花して、ほとんどのメンバーが曲を提供するようになった。アレンジャーも4人となったが、その中心はウェイン・ショーターであった。以後、ジャズメッセンジャーズはこの時期の音を模範として継承していくことになる。3管編成はブレイキーのバンドに限らず、当時の流行といえば流行であった。
 
 
 

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