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無題

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 私にとって仕事とは、手厳しく辛いものです。と同時に、自分を大きくしてくれる宝の山でもあります。辛く厳しい仕事には難題がつきもの。難題を前に呆然とするときもありますが、呆然としている間は難題であり続けるし、手厳しく辛いところから一歩も前に出ません。登山やマラソンと一緒かもしれませんが、とにかく登り始める、走り始める、そのうちそれが普通になってきます。しばらくすると、あとどのくらいという引き算ができるようになる、それがだんだんと少なくなります。いつの間にかゴールにたどり着いているという按配です。そうやって、ひとつひとつ突破するにしたがって、体験として蓄積されます。一度できたことは、2度目もできる。そうやって大きくしてくれる仕事は、辛く厳しいものであっても、考え方によっては喜びに変えることもできます。

 しかしながら50歳を過ぎて、失敗することを恐れて萎縮してしまうよりは、むしろ多少の失敗があったほうがよいという気になってきました。難題は解決していくに越したことはないが、必ずしもパーフェクトを目指さなくても構わないのではないか‥‥と。自分が無意識のうちに目指しているパーフェクトには、本当に必要なものばかりかという疑問が湧いてきました。よく考えると、そこまで自分を犠牲にする必要があるのかというようなものもあります。たとえば、身内に対する気遣いとか。そのぶん開き直って、別の自分を耕す時間に充てたらいいのじゃないかって、そう思うとだいぶん気が楽になってきました。今の私に必要なことは、世の人々全員に好かれようとする自分から一歩踏み出すことかなあ。もっともっと偏屈でいいのかもなぁ。セロニアス・モンクやモハメド・アリからもっと学ぼう。

 然るべきときが来たら、必ず解決しているはずだ、もっと自分を信じよう。今まで、私という人間が私自身を裏切ったことがあるか考えてみれば答は出ています。とるに足らぬ機嫌取りのために残業を重ねるよりも、読書する時間を、料理する時間を、アルトやテナーを吹く時間を、そして社会問題に取り組む時間をもっともっと大切にしようと思いました。そんな自分で人との交わりを深めていきたいと思っとります。

ある噺家さんのこと

 露の新冶(つゆの・しんじ)さんという落語家をご存知ですか。「新ちゃんの人権高座」と銘打って各地の講演会で招かれている方です。私は、数ある同種のイベントには辛口の方ですが、この露の新冶さんと辛淑玉(しん・すご)さんは本物だなぁと思っております。
 あることがきっかけで、露のさんの活動のお邪魔にならない程度で交信させていただくようになりました。彼がよく使う言葉で私の大好きなコトバがふたつあります。ひとつはよく講演の中にも出てくる言葉で、「がんばる」という言葉をある中学生がまちがって「願生る」と書いていたそうです。その子の母親がそのことに気づいて、感動し露のさんにお話したらしく、それを聞いた露のさんも「頑張る」よりは「願生る」のほうが「がんばれる」と感じて、全国に広めているとか。
 いまひとつは、講演の中には出てきませんが、私がパーキンソン病であることをお話したときに露のさんは十秒くらい考えて、こう仰いました。「無理せんで、しかし志を高くもって生きましょうや、お互いに」‥‥‥これだ!と思いましたね。そうか。自分は、何をどうするかばかり考えすぎていたんじゃないか? もっとお互いの志(こころざし)を認め合って生きていけば、もっともっと肩の力が抜けて、自分に対して寛容になれるのではないかと気づいたことでした。
 先日、露の新冶さんの講演が福岡市内でありました。プロフェッショナルな噺の技術、人権に寄せるハートの持ち方に改めて感動を覚えつつも、もっと等身大で「志高く願生って」いる露のさんの姿に嬉しさを感じた私でした。


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減点思考を克服しよう

 最近、日本という国は保守的な国だなと思うことがあります。前例に学ぶことで発展を遂げた一方で、否、そうであればこそ慎重きわまる社会規範が主流をなし、およそ独創的・実験的とも言える選択はなかなか根付かなかったのだとも思います。明治維新にしてもペリーが横須賀に現れたいわば外圧がきっかけとなり欧米列強の帝国主義とのバランスの中で国内が沸騰したことであって、もし言論による変革に手馴れた風土であったならば、あそこまで殺戮を重ね尊い犠牲者を出さずとも良かったのではなかろうかと素人の私は考えてしまいます。
 ところで、私には新しい文化、新しい感性に惹かれるところがあります。しかし、保守的な人の考え方や生き方に感動を覚えることも少なくありません。いや、そればかりかこういう保守的な風土で半世紀以上も人間をやっておりますと、いかに自分が新しい感覚を持っているつもりでも、知らぬうちにその保守性が骨の髄まで染み込んでいることでしょう。要はその辺で人間を振り分けしてしまいますと新しい発見も何もあったものじゃない、人間はもっと奥深い存在なのだと、かように思うわけであります。というわけで、各人の個性が保守的なものを欲しているかどうかと、国や社会自体が保守的であるというのとは一応区別しておきたいと考えております。つまり、個人の感性にまで口を挟む傲慢さはいかな私といえど持ちあわせておらぬつもりでありまして、他方、社会の規範づくりはそこに参加するものの権利と責任のうえにこうしてブログを通じて細々ながら問題提起していくのがやり方のひとつと認識しているのであります。

 さて、前置きが長くなりましたが、社会の規範や倫理を考えるときに、我が国の保守性が減点思考をベースにしているような気がしてなりません。それは、日本が他国の長所を取り入れながら産業発展をする上で必要とした発想であったのかも知れません。いずれにせよ競争原理のモノサシとして教育の中に持ち込まれた価値観であったといえましょう。競争を「民主的」に行なおうとすればオリンピック競技のようにパーフェクトなものから減点していくという方向に傾いていくのではないかと思います。
 しかし、戦後欧米の生産性に学んだように模範とすべき事例が具体的であった時代ならともかく、現代は何がパーフェクトかはっきりとしない時代であります。そういうときに減点思考だけが相変わらず多くの人々を支配していると、そこに生きる子どもたちは生き方の法則を発見する前にワケのわからぬ批判と矯正に身をさらさねばならないということになります。まして、大人たちは教育のつもりでやっているわけでありますから、教育熱心な家庭ほどこの矛盾が噴出す可能性があります。
 減点思考をやめましょう。もはや、そのような時代ではないし、ノスタルジーで教育はできない気がします。そこからは大人たちは無理に一方的な「教育」者として対峙しようとせず、子どもたちが自由に取捨選択できる「情報提供」や一緒に考えながら時に応じて「ヒント」を提供するアドバイザーとしてサポートする選択肢もあるのではないでしょうか。理想論と一蹴せずに、意見交換から学習をしていく道を模索しないと、体罰による強制が罷り通っていることは幕末の悲劇を繰り返すことにもなりかねないと私は思います。

※ 現在、「裁判員制度」に関する投票を行なっています。ご協力ください。

「恥」という文化

 私にとってもっとも関心が持てない発想というか価値観は「恥」という観念です。恥というのは恥をかくほうが悪いのではなく、恥だといってあるレベルに到達していないことを嘲ったり呆れたりしてみせる方が悪いと考えております。

 第一の理由はこうです。私はいま「嘲ったり呆れたりしてみせる」と表現しましたが、まさしくそういう態度というのは「みせる」ために行なうのであります。いわば、その本質というか真の動機は、「私はあなた(あの人)とは違いますよ」ということを知らせる一種の売り込みも兼ねた演出なのです。本当に相手の欠点を直したいと考えるならば、相手が理解・納得できるような言い方をするのが建設的なやり方というもの。何もこれ見よがしに、当人への評価の低さを強調する必要はないのではないでしょうか。

 第二の理由として、仮に恥という価値観を尊重する考えをお持ちの方がいても、なにを恥とするかは個人の自由であって、自分の生き方に対する規律以上のものではありません。ことさら恥だといって集団の倫理にすりかえていくのは論理性を欠いた押し付けであって、たとえ家族であっても世間体にとらわれた姿勢の方がおかしいと言いたいわけです。まして社会や国家レベルで恥という言い方はそれが一般化して独り歩きを始めると「非国民」と言って国民同士が相互監視していた時代に逆戻りということになりかねません。相互監視と相互理解とは似て非なるものであります。

 いずれにしても、テレビでコメンテイターというワケの分からない役割の人たちがいちいち世の中の風潮を呆れてみせたり、あるいは共通の倫理観として決め付けるのは、全く建設的でなく意味のない批評・批判であって、もっと具体的で建設的な提案をするか、もしくはテレビ出演を断るか、いずれかにしてもらいたいと思います。

韓国の思い出 その2

 見ると若い男性が流暢な日本語で話しかけているのでした。やはり日本に留学したことがあるそうで、慶州の旅人宿の場所を言うと同じ場所でバスを降りてくださいました。しかも、途中まで送ってくれて。その間、何を話していたかというと、韓国語のレクチャーを受けていました。なんせ17年くらい前の話で記憶は定かでないですが、間違いなくその宿につきました。安宿だけあって、あんまり綺麗ではありませんでしたが、とにかく目的地に着いた安心感から気にもしてませんでした。

 それから「この近所に焼肉のおいしい店はありませんか?」という日本で何度も諳んじていた韓国語の例文をそのまま使って宿屋の奥さんに尋ねました。すると、例の日本語のできない亭主に案内するように言いつけて亭主も気軽に応じてくれたのはよかったけれど、着いた店では経営者は客と一緒に博打の最中。それでも焼肉を注文して食べましたが、呆気にとられていた私たちは味もわからないままその焼肉を平らげました。

 宿に戻って夜を迎えると、部屋のすぐ隣が飲み屋街だったか何かでネオンが窓いっぱいに映し出されてまぶしい上にカラオケか何かの音がうるさく、さらに輪をかけて蚤か虱がいて、朝目覚めると妻は一晩中眠れなかった様子。そこで、その安宿を引き払って、慶州駅前の旅行相談所でカタコトの英語で泊るところを探している旨伝えると、相談所の女性が流暢な英語で教えてくれたのはよかったのですが、あまりに流暢すぎてうまくヒヤリングできません。こうなったらコイツの出番とばかりにポケット版の韓国語会話集をめくって「どこか泊るところを知りませんか?」のページを開きこの文章を指差して「I cannot speak English very much」と白状すると、親切にオンドル付きの部屋を教えてくれました。

 そこは前の旅人宿に較べると倍くらいの値段でしたけどそれでも日本のビジネスホテルに較べると断然安いうえに、何といっても清潔で広い! 感動モノでしたね。それから、仏国寺(ブルグクサ)や古墳群をたずねました。3日目は、海雲台(ヘウンデ)で少しリッチに過ごして帰りました。

 というわけで、最後の方はかなり駆け足でしたが、17年位前のわが韓国旅行記でした。


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