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中学生時代から寮生活をしていて、長らくテレビとは縁が切れていた私ですが、いや、もっとはっきり言うと、テレビに象徴される消費文明そのものを内心否定してきた私ですが、このところ妻と二人で過ごす時間が増えてきたこともあって、見るともなしに見ていたテレビ番組にいつの間にかハマっている次第。
ご多分に漏れず「半沢直樹」ブームにもしっかり乗って、同じ頃あっていた「斉藤さん」、そして玉置浩二演じる元伝説のロッカーはじめユニークな家族設定が印象に残った「東京バンドワゴン」などのドラマものから、お笑い番組まで、すごいハマりよう。私が変わってきたのか、テレビ番組が変わってきたのか、たぶんどちらとも変わってきたのでしょう。
まあ、高視聴率を獲得した「半沢直樹」はともかくとして、「斉藤さん」や「東京バンドワゴン」は、嫌いな人にはとても鼻につく、クセのある番組のような気はしましたが、とても回転よくハイテンポで物語が展開していく番組でした。ただ、かつて「ツインピークス」というアメリカのテレビドラマが、やはりハイテンポで展開していったはいいが、つじつま合わせに無理が来て、最終回で視聴者の期待を裏切る凄いスベりようだったのを思い出させる「斉藤さん」ではありました。まあ、しかし、そういう批評も含めて、楽しませていただきました。
ドラマも変わってきたけれど、もっと変わってきたのがお笑いの世界です。最近の漫才はユニバーサルデザイン化してきていると思います。関係者の努力の賜物という気がします。素晴らしいことですよ。これについては、別の機会にふれましょう。
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日本のメディア
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1.客観報道を大きく逸脱し、小泉構造改革の賛美に走ったこと。
2.構造改革の過程で謎の死を遂げた人物についての事実。また裁判員制度では60名の党派を超えた衆参両院議員が結集し「違憲立法であった」ことを認めた事実。さらに小沢前民主党代表の政治資金規正法に則った処理が何ら法令に違反していなかった事実。これらに関して、積極的に報道しようとせず国民の知る権利に何ら応えてこなかったこと。
3.和歌山カレー事件をはじめとする報道には、捜査の疑問点が多々存在するにもかかわらず、必要以上に介入をし、むしろ世論を誘導してきたこと。
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「リアルタイムメディアが動かす社会」(東京書籍)の中でIWJ(岩上安身責任編集)の岩上安身氏は、旧来の大メディアの限界について次のように述べていた。ほとんどのジャーナリストが専業で従事しているために収入の出所を抑えられたら報道内容の方を犠牲にするのは無理もない、人間としてごく自然な流れである。問題は彼らの人間性や弱さにあるのではなく、ジャーナリズムを専業とする者でマスメディアが占められているシステムそれ自体にあるという。これは少々驚きであったし、目からウロコが落ちる思いであった。そして、IWJの報道に見る同氏の姿勢を単なる体制批判と早合点してしまっていた自分に気がついた。もちろん同氏を突き動かしているものが不自由に対する怒りであっても、同氏に対する尊敬が覆ったりするものではないけれども、岩上氏がかくも冷静にマスメディアを理解しようとしている、その懐の深さに感動した次第である。
「生活がかかっている」という大メディアの個人個人に罪を問うのは酷といえば酷であろう。彼らも労働者なのだ。岩上氏は兼業のジャーナリストが増えていくことで、マスメディアが国家権力やスポンサーによる締めつけから生活がある程度担保でき、結果として報道がより自由で多彩なものになることを期待している。
やはり人間を一面だけで判断するのは過ちのもとである。とくに私を含めて現代に生きるものは了見が狭い。結論を急ぐあまり、まずは欠点探しに奔走しがちだ。陸山会事件も原因は自分から遠くにあるのではなく、私自身の中にあると言える。ついこの間まで、小沢一郎氏や鈴木宗男氏を根拠もなく悪と決めつけていた自分がここにいる。疑うことそれ自体が悪いとは思わない。要は、最終的に信じたいから疑うのか、それとも疑うこと自体で自己完結しているのかということだと思う。
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元外務省官僚で元防衛大学教授の孫崎享(まごさき・うける)氏の「戦後史の正体」を読んでみた。まず、何らかの断定を下すときには必ず理由や証拠となる資料を、あまり文章が回りくどくなりすぎない範囲で、引き合いに出すので、とてもわかりやすく読みやすい。第2に高校生にもわかるようにという、動機が素晴らしい。第3に、書いてあることはショッキングな事実が多いが、そのこと以上にあらゆることに予断を排した視点が素晴らしい。第4に、「自主」と「対米追随」さらに「米国の対日政策が世界戦略の変化によって変わる」という切り口がわかりやすいと思った。
大手新聞社がいかにも皮相かつ薄弱な理由で言い放つ社説や政治・経済関連記事の行間に刷り込まれた予断が、これまで歴史のポイントごとに影響力を行使してきた事実を踏まえたいし、またあまりにもショッキングな事実がわかった際には(たとえば昭和天皇が戦後の日米関係の核心に深く関与していたという事実など)、新聞や学会は騒ぎ立てるどころか逆に何事もなかったかのように黙殺するという体質があることも踏まえたい。
すごく大雑把なことを言えばテレビや新聞で人気がある政治家こそ実際はつまらない人物で、逆にケチョンケチョンに攻撃されていたり馬鹿にされているような人物こそ見所がありそうだ。そう断定して構わないほど、マスメディアというのは客観性を失っており、世論誘導を目的とする「政治団体」であると思う。 |
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7月16日の西日本新聞朝刊は、共同通信社が14,15日両日にかけて行った全国世論調査の記事を載せています。同新聞は、「小沢新党に『期待せず』と回答した人が81%」あったことを伝え、「小沢新党 早くも暗雲」「広がらない期待感鮮明に」などの見出しで紙面を飾っています。調査の方法は、「全国の有権者を対象に14,15両日、コンピューターで無作為に発生させた番号に電話をかけるRDD(ランダム・デジット・ダイヤリング)法で実施。ただし、東京電力福島第1原発事故で警戒区域などに指定された福島県の一部地域を調査対象から除外。有権者がいる世帯にかかったのは1445件、うち1012人から回答を得た」とあります。
私はこの世論調査の実施とその報道のされ方に疑問があります。
まず、実施に関してですが、この両日は全国で反原発の大規模なデモが行われたり、九州では大雨による災害が発生しており、他方、調査に何ら緊急性は認められないことなどを考えると、あえてこの両日に行う必要があったのかが、まず疑問です。「調査の方法」の欄にも当日不在であった世帯がどの程度あったのかが明らかにされていません。
次に世論調査の方法ですが、電話による調査の割には回答の選択肢が多く、なかには10以上の選択肢から回答させるものもあり、調査方法として適切かどうかという点が疑問です。正確な答えが得にくいと思います。
報道のされ方では、新党「国民の生活が第一」を「小沢新党」として見出しで二度にわたって扱っている理由がまず不明です。また、「国民の生活が第一」が結党後1週間もたたずして支持政党で第4位、次期衆院選で投票する政党でも第4位の位置を占めていることの評価として、見出しの表記にある「小沢新党 早くも暗雲」「広がらない期待感鮮明に」は不適切ではないのか、むしろニュースソースとしては、自民党が1か月も経たないうちに支持率を4.3ポイントも落としてしまった(前回22.1%→今回17.8%)ことの方が深刻だとはいえませんか。そのことは記事の中でも少しだけ触れてありますけど、見出しでは、新党「国民の生活が第一」への不信感をことさら煽るような書き方がされています。記事においては、なおのこと悪意に満ちた表現が多数出てきます。
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相変わらず新聞は小沢グループのことを悪しざまに書いている。小沢の求心力が落ちたとか、政権とってから何もしてこなかったとか。「求心力」って、いったいなんでしょうね。そんな力が存在するのかどうか、マスメディアが勝手にでっち上げた概念ではないのか。ま、そんなことはどうでもよいが、市民の声として「(小沢が)政権とってから何もしてこなかった」という意見を載せる神経には、マスメディアのコンプライアンスの欠如というか、とにかくサイテーだと思わずにいられない。
何もしなかったのではなくて、検察とマスメディアとが何もできないように画策してきたというべきである。小沢が口だけの人間だったなら、検察もメディアも高みの見物を決め込んでいればよかったはずだ。プライドも最低限の道徳もかなぐり捨てて、とにかく小沢を司法の場にくぎ付けにし、そして民主党内の反小沢勢力の2流政治家たちに表舞台を用意し、小沢の党員停止処分へと焚き付けた張本人は新聞とテレビではないか。そのこと自体、小沢のおこす革命的変革が現実的であった証拠なのだ。
そして、マスメディアが無罪判決ののちも小沢への風当たりを緩めない事実こそが、小沢が政治資金規正法に違反していようがいまいが、そんなことは最初から問題ではなかった、とにかくダーティーなイメージを振りまくことだけが目的だったことを証明するものである。
今後、メディアがどういう報道をするかは、誰にでもわかる。小沢グループの台頭を許すまいと、過小評価を続け民主党内の動きをけん制するだろう。そして、検察や最高裁のでたらめぶりについては依然として報道責任を果たそうとしないであろう。見よ!マスメディアの主張してきた「知る権利」がいかに欺瞞に満ちたものであったかを。国民の「知る権利」を妨害してきたのも、ほかならぬマスメディアなのだ。新聞・テレビは事実を伝えるよりも、風説の流布に血眼になっているとは言えないか。そんなニュースならただでも要らないと誰でも思うであろう。
腐れ切った全国紙に代わって地方新聞が独自のカラーを持って台頭してくるのを期待する。
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