よっしー本店

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日本のメディア

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悪名高き「記者クラブ」に代表されるメディアと政権・官僚組織・大資本等との抜き差しならぬ癒着構造。とくに小泉構造改革断行の中で、メディアは3つの大罪を犯したと考える。
1.客観報道を大きく逸脱し、小泉構造改革の賛美に走ったこと。
2.構造改革の過程で謎の死を遂げた人物についての事実。また裁判員制度では60名の党派を超えた衆参両院議員が結集し「違憲立法であった」ことを認めた事実。さらに小沢前民主党代表の政治資金規正法に則った処理が何ら法令に違反していなかった事実。これらに関して、積極的に報道しようとせず国民の知る権利に何ら応えてこなかったこと。
3.和歌山カレー事件をはじめとする報道には、捜査の疑問点が多々存在するにもかかわらず、必要以上に介入をし、むしろ世論を誘導してきたこと。

よっしー道場では、これらの批判だけでなく、メディアの側に身をおきつつも矛盾を感じている方々との連帯を探っていきたい。
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 63回目の「終戦記念日」を迎えて、各地でセレモニーが行なわれています。そして、それを伝えるメディアは、それぞれニュース・キャスターを通じてコメントを述べています。ニュースZEROでは男性のキャスターがこういう趣旨のことを言っていました。
1.(戦没者遺族の)Aさんの言葉の重みをかみしめている。
2.63年間、日本では平和が続いているが、世界では戦火の絶えることがない。
3.かくも長きにわたって平和を享受する一方で、戦争体験が風化していくのではないかと心配だ。
‥‥なるほど。全く、毒にも薬にもならないとはこういうことを言うのでありましょう。63回も戦没者遺族の言葉を重く受け止めているわりには、平和に向けて何の提案もないとは‥‥。戦争体験者が年を経るごとに減っていくことは当り前じゃないですか。そんなことにあらためて驚いたりしているわけですか。それに私よりも若い人が戦争体験の風化を心配してどうするの? 戦争も体験していない人が言う台詞かなぁ。そんな心配は戦争を体験した世代でないと沸き起こってこないと思いますよ。我々戦後世代にはそれなりの役割があるんとちがうかなあ。憲法を学びなおすとか。なにが「戦没者遺族の言葉の重みをかみしめています」だよ。何が、戦争体験の風化が心配だよ。誠意のない言葉はいくら羅列してもなにも伝わってきませんよ。
 こんな緊迫感のない、眠たいキャスターは引っ込めてくださいよ。私はこのニュース・キャスターの言葉の重みをかみしめようとしていたのですが、コトバが軽すぎて危うく顎の関節を外すところでした。
 まして、そういう言い方をすると、平和が63年間も続いたことが悪かったように聞こえてしまうんですよね。やれやれ、どっと疲れを感じてしまうワタクシでした。

※参考‥‥「平和ボケ」についての私の考え方
http://blogs.yahoo.co.jp/yossie_70/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sv=%CA%BF%CF%C2%A5%DC%A5%B1&sk=0

 北京オリンピックも盛り上がりをみせていますが、なにも「がんばれニッポン」でなければならない理由はありませんね。もっとスポーツを選手と一緒になって楽しんだり、スポーツで何かを学んだり、いい試合に拍手を送ったりというのが重要視されていいんじゃないですかね。テレビでは、これで金メダルは○○個になりました、の一点張りでウンザリ。マス・メディアにはもっと多様な価値観を開拓していってほしいものです。スポーツにはもともと個性のほとばしりみたいな面があって、それを楽しみの一つとして見るものにとっては、金メダル偏重の報道はまったく紋切り型そのもので、その尋常でない努力を称えるという、予定された感動をなぞるだけの選択肢しか用意されていない‥‥もう日本は国全体がどうかしているんじゃないですかね。画一化された価値観と、それをコントロールしているつもりのマス・メディア。

 努力は大切ですヨ。でも、私が言いたいのは、そんな当り前のことしか言えないんだろうかということ。まるで我慢することのみが美徳であるかのような了見の狭さ。「努力=我慢比べ」としか捉えていないような気がします。「努力することが苦痛でなくなる→努力そのものを楽しむ→そのスポーツを愛すればこそ楽しめる」という発想はないんですかねぇ。選手たちはすでにそういうところにいっていると思いますよ。実際、そういうコメントをする選手も沢山いるのに、メディアが「努力」のテンコ盛りというシナリオにどうしてももって行きたがるんですね。

 この画一化された価値観こそが、いろいろな意味で人権侵害の遠因になっていると思います。付和雷同の国民性なのか、それともメディアが付和雷同にしているのか、いずれにしても冤罪を許す背景の一つであるようなきがします。

私はかつていわゆるパワハラに苦しんだ時期がありました。今から、15年近く前のことで、当時はまだ「パワー・ハラスメント」の言葉も一般的ではありませんでした。パワ・ハラは構造的なものですが、構造的なものであるという社会的合意の上に解決をしていくためにはパワ・ハラという言葉が市民権を得ているかどうかが鍵となります。なぜなら、その言葉が存在していれば「これは自分だけの問題ではないのだ」という認識に立つこともできますし、人に相談するにも理解を得やすくなります。ところが、自分の苦しみを指し示すコトバが存在しなければ自分にだけ起きている特異な現象と考えてしまい自分に非があると思い込みますから、人に相談すること自体自分でブレーキをかけてしまい解決が遅れがちとなります。それが長引くと、病気になったり、自殺や社会性を欠いた事件へと繋がっていく可能性があります。こういう情報をすばやくキャッチし、その情報を指し示す言葉を掘り起こして返していくことは、メディアにとって重要な役割であります。

東京秋葉原の事件がこれに該当するかわかりませんが、私たちはそのずっと前に大阪池田小学校の事件があったことを知っていますし、佐賀のバス・ジャック事件のことも知っています。そのたびにメディアは遺族感情を代弁する側に回り、「とんでもないやつがいたものだ。遺族感情を考えると、極刑が相当だ」という論陣を張ります。果たして、それで事態は改善されているのでしょうか。メディアの役割は、国民間の対立感情をあおったり、裁判所の決定に影響を与えようとすることなのでしょうか。同じことが繰り返され、それに対して同じような批評を繰り返してはいませんか。

また、過去10年近く、自殺者の数は年間31,000人を下りません。これを1日に換算すると、毎日85人前後の方が自殺していることになります。テレビニュースでは自殺報道だけしているわけには参りませんが、それにしても現実にはテレビで毎日報道されている自殺の事例は一日多くとも5件がいいところですから、ニュースは当然チョイスされているわけであります。それはやむをえないこととしても、各局各ニュース番組が同じ報道を横並びに行なっていることは報道の自由が事実上侵害されているか、報道の自由を自ら放棄しているか、そのいずれかと考えられます。ニュース番組といえどもスポンサーあっての話ですから、限界があるのは承知しておりますが、結果的に世論誘導になっているならばテレビに未来はないと思います。現に私の場合、パソコンを繰る私の傍らで家族がテレビを見ておりますが、テレビ報道のえげつなさに気分が悪くなり、もはや体質的に受け入れなくなってしまった私は特別としても、最近は子どもたちもテレビ特有の演出過多に呆れ気味となってきております。

言葉を掘り起こすということはその一例にすぎませんが、もっと解決に向けたメディアなりの地道な取組を期待したいところです。

「平和ボケ」という言葉があります。

 元来、言葉というものは、誰がその言葉を使いはじめたか分からない以上、「本来の意味」が解明される確率は限りなく零(ゼロ)に近いといえます。ですから、やたら眉唾物の「本来の意味」という権威主義にひれ伏すことは‥‥‥少なくとも私はもうやめてしまいました。言葉というものは変化し続ける、その変化を面白いと考えるか、ケシカランと考えるか、それだけのことなんですよね。そういうと日本語が乱れるという意見が出てくるのかなぁ。それってどういう心配でしょうか? 心配のための心配というか、実害はないと思います。だって、その「乱れた日本語」を使って自己表現している人たちもいるわけでしょう(多分、私もその一人だと思いますけど)。すぐれた文化というのは、他の文化を抑圧しないもんですよ。異質であっても共存できる文化は人間を伸びやかにしますが、他を抑圧する文化は人間を硬直化させます。結局、日本語の乱れがどうのこうのというのは自分のテリトリーが侵されることへの不安であって、それ自体けっこうわがままな主張だと思いますけど。「サクラの花を見て美しいと思う」ような教育だなんて、硬直した発想の人たちが自分と同じ硬直した世代を跡継ぎとして増やそうとしてるだけでしょう。それといっしょですよ。そんな教育に税金を使おうという神経は、尋常でないですよ。

 で、「平和ボケ」にもどりますが、普通テレビ・メディアでは、「日本が長いあいだ平和で安全な中にいるため、国民にしまりがなく国際社会で通用しなくなっている」というような意味で使っている場合が多いようです。このような解釈で行くと、国民が国際社会で通用するためには平和すぎるのも考え物だということになって、さらには国民が目覚めるためには多少の戦争もあったほうがよいのではないかという極論へと展開していかざるを得ません。

 私にとって「平和ボケ」の解釈はこうです。「日本人が長いあいだ自由を享受できたのは日本国憲法が威力をもっていたためで、どうして威力を持ちえたかといえば、国民の中に日本国憲法は民主主義の要との意識が色濃くあったからである。そして、裁判闘争などを通じて国の姿勢を問い続けた人たちがいたからだともいえる。恐ろしいのは、そういう努力に支えられて今まではある程度の自由(責任が伴うことはいうまでもない)が護られてきたけれども、そのことを知らない人たちが増えている可能性がある。その理由は、テレビ・メディアが長いあいだ憲法を語ろうとせず『知らせる責任』を放棄してきたからだ。」

 前者でいくと「平和ボケ」の原因となっているのは日本国憲法。「平和ボケ」のもたらす弊害は、国際社会で通用しないのだそうです。そして、このことをさかんに訴えている機関はテレビを中心にしたマス・メディア。この「平和ボケ」は少しくらいの戦争が起きないと治らない、という具合にきこえる。

 後者でいくと、「平和ボケ」の原因となっているのはマス・メディア。その弊害は私たちが監視される社会、国家のために生かされる社会の到来だ。こっちの「平和ボケ」は一人ひとりの自覚がありさえすれば治ります。

その1 最近の報道から

昨日か一昨日、このような報道がありました(たしかNHKのニュースだったような気がしますが)。
・高齢者女性の死体が見つかった。
・警察は容疑者として娘を逮捕した。
・容疑者は黙秘している。
・警察は動機を追及している。
これって何かおかしい気がするんですよね。容疑者が犯行を認めていないのに、動機を追及するっておかしくありません? そういう警察捜査のあり方にメディアがおかしいともなんとも感じないのがさらにおかしい。


その2 インターネットとテレビ報道

日本で起こっている刑事事件が毎日、丁度テレビ・ニュースの報道枠にきっちり収まるよう起こるはずはないから、当然取捨選択して報道していると思いますが、その過程が見えません。たとえば、インターネットに関連した犯罪が多いような印象を国民は持っていますが、インターネットが介在した刑事事件をことさら優先的に報道しているんじゃないかなあ。テレビ・メディアがインターネットを社会悪のように決め付けている今の姿勢から判断すると疑わしいんだよねえ。もちろん、新種の犯罪として積極的にとりあげていくということ自体はバランスさえとれていればよいと思いますが、インターネットのプラスの部分はほとんど報道されませんからね。


その3 「知る権利」について

テレビ放送というのは国民の「知る権利」にこたえるというよりも、「知らせる責任」という言い方をしたほうが課題がはっきりしてきてよいと思います。
なぜなら、第一にテレビ局は知る権利の主体ではない、知らせる側だから立場を明確にしてもらわないといけません。ここが曖昧になっているから、私のような偏屈者には欺瞞に映るんです。
第二に、知らせる責任にしたほうが知らせ方まで検討課題に乗りやすいということです。
知る権利に応えるというのもその中のひとつとして押さえていく必要があります。つまり、報道の優先順位を現憲法をもとに論議し(ここが重要)、各局で方針を画面上で表明していったらよいと思います。ただし、NHKは放送法に基づく公共放送として知らせる義務があり、そういう視点で中央、地方の各番組審議会ならびに経営委員会は機能する必要があります。NHKには定期的に世論調査を行いその結果を公表することが義務付けられていますが、その結果を重視しつつも憲法との整合性をまず第一に考える必要があると思います。つまり、憲法に掲げられた権利義務を行使するために必要な番組や報道を必要な方法(放送時間帯など)で提供する「義務」がまずあり、その履行手段として経営委員会、番組審議会、世論調査などが位置づけられなければおかしいといえます。
具体的には、国会中継が録画中継で見られるようにする、国内法に整備が求められる条約関連の報道を積極的に行なうことなどは、希望者が多かろうが少なかろうが、まさしく「知る権利」として「保障」されなければ憲法に定める国民の義務が履行できないという捉え方をするなら、異常事態が延々と続いているとさえ思います。


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