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63回目の「終戦記念日」を迎えて、各地でセレモニーが行なわれています。そして、それを伝えるメディアは、それぞれニュース・キャスターを通じてコメントを述べています。ニュースZEROでは男性のキャスターがこういう趣旨のことを言っていました。 |
日本のメディア
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1.客観報道を大きく逸脱し、小泉構造改革の賛美に走ったこと。
2.構造改革の過程で謎の死を遂げた人物についての事実。また裁判員制度では60名の党派を超えた衆参両院議員が結集し「違憲立法であった」ことを認めた事実。さらに小沢前民主党代表の政治資金規正法に則った処理が何ら法令に違反していなかった事実。これらに関して、積極的に報道しようとせず国民の知る権利に何ら応えてこなかったこと。
3.和歌山カレー事件をはじめとする報道には、捜査の疑問点が多々存在するにもかかわらず、必要以上に介入をし、むしろ世論を誘導してきたこと。
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北京オリンピックも盛り上がりをみせていますが、なにも「がんばれニッポン」でなければならない理由はありませんね。もっとスポーツを選手と一緒になって楽しんだり、スポーツで何かを学んだり、いい試合に拍手を送ったりというのが重要視されていいんじゃないですかね。テレビでは、これで金メダルは○○個になりました、の一点張りでウンザリ。マス・メディアにはもっと多様な価値観を開拓していってほしいものです。スポーツにはもともと個性のほとばしりみたいな面があって、それを楽しみの一つとして見るものにとっては、金メダル偏重の報道はまったく紋切り型そのもので、その尋常でない努力を称えるという、予定された感動をなぞるだけの選択肢しか用意されていない‥‥もう日本は国全体がどうかしているんじゃないですかね。画一化された価値観と、それをコントロールしているつもりのマス・メディア。 |
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私はかつていわゆるパワハラに苦しんだ時期がありました。今から、15年近く前のことで、当時はまだ「パワー・ハラスメント」の言葉も一般的ではありませんでした。パワ・ハラは構造的なものですが、構造的なものであるという社会的合意の上に解決をしていくためにはパワ・ハラという言葉が市民権を得ているかどうかが鍵となります。なぜなら、その言葉が存在していれば「これは自分だけの問題ではないのだ」という認識に立つこともできますし、人に相談するにも理解を得やすくなります。ところが、自分の苦しみを指し示すコトバが存在しなければ自分にだけ起きている特異な現象と考えてしまい自分に非があると思い込みますから、人に相談すること自体自分でブレーキをかけてしまい解決が遅れがちとなります。それが長引くと、病気になったり、自殺や社会性を欠いた事件へと繋がっていく可能性があります。こういう情報をすばやくキャッチし、その情報を指し示す言葉を掘り起こして返していくことは、メディアにとって重要な役割であります。 |
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「平和ボケ」という言葉があります。 |
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その1 最近の報道から |



