|
日本における「報道の自由」は、私には欺瞞に思えます。 |
日本のメディア
[ リスト | 詳細 ]
1.客観報道を大きく逸脱し、小泉構造改革の賛美に走ったこと。
2.構造改革の過程で謎の死を遂げた人物についての事実。また裁判員制度では60名の党派を超えた衆参両院議員が結集し「違憲立法であった」ことを認めた事実。さらに小沢前民主党代表の政治資金規正法に則った処理が何ら法令に違反していなかった事実。これらに関して、積極的に報道しようとせず国民の知る権利に何ら応えてこなかったこと。
3.和歌山カレー事件をはじめとする報道には、捜査の疑問点が多々存在するにもかかわらず、必要以上に介入をし、むしろ世論を誘導してきたこと。
|
テレビ局がこれまで報道してきたなかで、くだらないもののワースト3を私なりに考えてみた。報道番組として適当であったかどうかだ。くだらなさに順位をつけても仕様がないので、思いついたままに書き綴ることにする。 |
|
世間一般の常識という尺度を――それが排他性を前提としている矛盾を無視しながら――テレビメディアが繰り返し肯定してきたために憲法とは相容れない「社会通念」が出来上がってしまったこと、そしてそれに関して法務省があまりに無力であったことを総括することは、改憲論議が進められているさなかにあって極めて重要なことであると考えております。 |
|
男らしさ、女らしさ、大人らしさ、子どもらしさ、日本人らしさ、アメリカ人らしさ、○○さんらしさ‥‥ちょっと待った! 自分自身こうありたいという意味で、いわば「自分らしさ」という自分に対する倫理観ならともかくとして、ほかの人格に対して「らしさ」を求めたりするのは、いくら目上の人間からであっても、いやいや親からであっても、それを当然と考えるのは、いかがなものでしょうかね。これから先、他者に対して要求する「〜らしさ」について考えていきます。 |
|
たった今、ニュースであった話です。母親が3人の児童の育児を10日間放棄し、置き去りにされた2歳の児童が死亡したといいます。こんなとき、いつもメディアは容疑者に呆れてみせ、そして行政の対応の遅れを漠然と批判するだけで、大抵の場合具体的な提案はしない。卑怯だなぁと思いますよ。本当にこういう事件の再発防止を願っているとは思えません。批判の仕方が月並みで新鮮さにかけるのです。 |


