|
私は憲法解釈上「権利」の対極にある概念は「義務」ではなく国家の「権限」ではないだろうかと考えていますが、それでは「自由」という概念をどのように捉えているかについて――あくまでも「定義」ということではなく「例示」としてですが――勝手に吠えさせていただきます。 |
裁判員制度
[ リスト | 詳細 ]
|
裁判員法の成立、施行はいろんな意味で憲法違反であるということを私は主張してきましたし、これからも主張し続けていくつもりですが、それが私たちの日常生活にどういう変化を及ぼすかということについて、考えていきたいと思います。 |
|
冒頭、ちょっと回りくどいハナシから‥‥。世界人権宣言を実効ならしめるために国際人権規約という国連総会で採択された条約があり、社会権規約(A規約)、自由権規約(B規約)、B規約に関する第一選択議定書および第二選択議定書で構成されております。選択議定書というのは権利の侵害があった場合、個人が国連に直接通報できる制度です。日本は一部留保つきでA・B規約は批准しているものの、選択議定書については両方とも批准しておりません。死刑制度廃止を求める第二選択議定書はともかく、一般的な自由権に関する第一選択議定書の早期批准はすでに衆参両議院の付帯決議もあり、特に裁判員法の施行で国民の最終的な権利保障を裁判所が担ってくれるとは到底考えられませんので国連への通報制度は確保していきたいところですが、そんなことが言いたくてこの話を始めたのではありません。これを批准しない理由について法務省の考え方は、「司法の独立」が保てなくなるという呆れた理由であります。 |
|
しばしば「権利」の反対語が「義務」であるという言い方が当然のようにされます。たしかに、私法契約上の債権債務関係においてはそのとおりであって、その場合、原則として民事に対して国家は不介入であり、民事間の争いが生じたときにはじめて第三者的立場としての国家が司法という形で登場するというのが建前でありました。ところが、同じ権利であっても「人権」はかなり様相が異なってきます。個人対個人という側面以上に国家(自治体を含む)対個人という側面が重要になってくるからです。 |
|
(最高裁判所ホームページ「裁判員制度Q&A」より) |



