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裁判員制度

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 裁判員の自由権や自己決定権に関して考えます。なお、憲法の複数の条文に関連する記事も、ここに収めます。
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 裁判員制度等、今回の「司法制度改革」の欺瞞として、私が特筆しておきたいことをあらためてまとめておきたいと思います。
 
1.裁判員制度の対象が刑事裁判、それも死刑の対象となりうる重犯罪などに絞られた理由。
 最高裁判所は裁判員制度Q&Aのなかで、国民の関心を引いているからといいますが、まったく理由になりません。むしろ専門家でない裁判員が、マスコミなどの世論誘導から完全に独立して冷静な判断ができるようにするためには、マスコミ報道の影響を受けにくい事件に限定されねばおかしい。
 また、裁判員制度が民事裁判や行政裁判にも対象にすべきであるとの意見が少なくないようですが、絶対にそのようなことはありえません。確かに、司法制度改革審議会でそのような意見も出ていたことは事実でありますが、それは議事録を意識したポーズにすぎなかったと私は断言できます。
 なぜ、降って湧いたように「司法改革」が進められたかというと、これはもう、はっきりしていて、アメリカから日本の民事裁判が保守的であり、もっと海外の資本が入りやすくしてほしいとの強い要求があった(「司法制度改革審議会に対する米国政府の意見表明」 )からであります。そして、この要求に沿うためには、民事裁判に関わる弁護士の数を飛躍的に増やす必要が生じてきたわけです。それだけではなく、刑事裁判に要する労力を民事裁判に向けさせるために、刑事裁判、特に重大犯罪のように、ひとつの裁判で何年も国選弁護士として人材が縛り付けられる状況を打破する妙案として、この制度が設けられたというのが実情です。「市民の司法参加」だの「国民の関心を引いた事件だから」などという耳障りのよい理屈は、全部後で添えられた理屈であって、最高裁や日弁連執行部は大嘘をついているといえます。
 
2.裁判に迅速さを求める理由。
 裁判の主役は、原告と被告であります。刑事裁判の場合は、原告は検察であります(公訴権限の独占)。つまり、傍聴者とかマスメディアは裁判の監視役として必要でありますが、主役ではありません。
今回の司法制度改革では「分かりやすさと迅速さ」とが強調されております。しかし、それは憲法で定められた、被告の防御権としての裁判の「迅速」さでもなければ、被疑者に対して拘禁の手続きなどをわかりやすく、というものでもありません。この「迅速・分かりやすさ」は第三者に過ぎない傍聴席やメディアに対する配慮でしかありません。もちろん、被疑者・被告にとっての防御権が侵害されない限りおいて、認められる「改善」であろうと思います。
 ところが、憲法では第三十二条で【裁判を受ける権利】として「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない 」と明記されており、ここで指す裁判所における裁判とは同じ憲法に明記されている裁判を意味するものと考えられますから、憲法の想定外である公判前整理手続や裁判員制度などを強制させられる以上、被告の防御権が侵害されていることは疑いようがありません。
 ようするに、裁判被告人の権利を侵してまで傍聴席に配慮しようとするのは本末転倒でありますが、なぜ憲法違反の愚を犯してまでそのようなすり替えが行われたかというと、前述したアメリカからの要求があったためで、アメリカが日本国の主権を左右している、すなわち日本はアメリカの植民地でしかないようです。
 沖縄で米軍等による事件・事故が年間1000件もある背景には、米軍にこのような植民地意識が働いているからではないでしょうか。 

 天皇陛下は、昨年の12月23日の誕生日に宮内庁を通じてコメントを発表されました。その全文が共同通信によって明らかにされています(http://www.47news.jp/CN/200912/CN2009122201000634.html )。「天下の大悪法・裁判員制度徹底糾弾」というブログで指摘されていたことです(http://blogs.yahoo.co.jp/koyakikaku01/51570595.html#51570595 )が、これこそ天皇の政治利用にあたると私も思います。
 問題の箇所は以下の部分です。

   ―――――――

 今年の夏から、裁判員制度が実施されるようになりました。かつて昭和初期にわが国でも短期間陪審制度が行われたことは、戦後間もないころ、当時の穂積東宮大夫、後の最高裁判所判事から聞いたことがあります。しかし、この制度は日本にはなじまなかったということでした。このたびの制度は、以前の陪審制度とは異なり、裁判官と一般の人が共に裁判に参加するという制度であり、今後の様子を期待を込めて見守りたいと思います。

   ――――――――

 日本国憲法の第七条に天皇の国事行為が記されておりますが、昨年、天皇の政治利用だとしてマス・メディアが騒いでいた中国要人接待の「問題」は七条9号に「外国の大使及び公使を接受すること」に該当しており、まったく問題ではありません。マスメディアの認識の低さをあらわしているといいましょうか、小沢民主党党首が憤慨していたのももっともな話で、はては宮内庁の一ヵ月ルールがどうのこうのと取るに足らぬところに論点が移っていきました。結局、宮内庁とメディアの勇み足にすぎなかったわけで、こうも勇み足が重なってくると、ますますテレビ離れ、新聞離れが加速すると思います。

 しかしながら、今回の天皇の「お言葉」はメディアが沈黙しているのとは裏腹に、国事行為のいずれにも該当せず、しかも衆議院法務委員会でも問題とされ、60名の党派を超えた国会議員が憲法違反を訴えた裁判員制度に関して「期待を込めて」いるという内容で、宮内庁職員が起案したのか天皇ご自身の表現であるのかにかかわらず、これに助言を加えることなく承認し発表したことは宮内庁の暴走であり、天皇の政治利用は明らかであります。
 宮内庁長官の罷免を求めたい気分です。

 まずは12月24日付の毎日新聞報道(http://mainichi.jp/select/jiken/news/20091224k0000m040082000c.html )からの引用です。

   ――――――――

「最高裁によると、47被告の裁判で地裁から呼び出し状が送られた候補者は計3024人。実際に選任手続きに出席したのは計1778人。呼び出し状同封の質問票への回答で辞退が認められた人は呼び出しが取り消されるほか呼び出し状が届かない人もおり、これらを除いた選任手続きへの出席義務がある候補者のうち欠席者は8.5%にとどまった。」

   ――――――――

 「呼び出し状」送付が3024人で、出席者が1778人。これを単純に出席率として表わすと、58.8%になります。これでいくと、欠席者は42.2%となります。ところが、「欠席者が8.5%にとどまった」と最高裁が発表するからには、辞退が認められた人の辞退理由の内訳別のパーセンテージと「呼び出し状」が届かずに返送されてきた人のパーセンテージを明らかにしていただきたいものです。

 制度への賛成・反対は別にしても、そもそも国家の一大プロジェクトとして国民に強制参加と経費に関する税負担という二重の負担を強いて出発している以上、最高裁はこの制度に関する情報を可能な限り詳細に国民に提供する必要があります。また、それをしないなら、「司法への市民参加」という大義名分が根本的に疑われます。
 加えて、最高裁は、裁判員制度の導入に関して広報費のずさんな管理が国会で問題になったことがあり(下記に参考記事)、最高裁に関する信頼回復という意味でも、情報開示には積極的姿勢が求められると思います。

 この制度が破綻に向かっていることは、上記の毎日新聞の次の記事から読み取れます。

   ――――――――

「裁判員法は、正当な理由がないのに選任手続きに出向かない候補者は、10万円以下の過料に処すと定める。過料は行政処分の一種で、審理する事件を担当した裁判官3人が決定で支払いを命じる。不服があれば3日以内に即時抗告できる。
 しかし裁判所関係者によると、現時点では過料を科さない考え方が支配的だという。過料は担当裁判官の裁量で決まるが、「正当な理由」に基準がない上、理由があるかどうかを調査して判断するのは極めて困難だからだ。実際に出席率が高く、運用に支障がないことも背景にあるとみられる。」

   ――――――――

 これについては、元東京高裁部統括判事の大久保太郎氏が著書の中で予想されていたとおりであり、私もこのブログのなかで同様の見解を述べてまいりました(
http://blogs.yahoo.co.jp/yossie_70/31703460.html )そして、繰り返しますが、私の考えは、当初から裁判員制度が破綻することは最高裁や法務省にとっては既に織り込み済みであって、要は公判前整理手続を残すためのカモフラージュであるのではないかと考えています(http://blogs.yahoo.co.jp/yossie_70/folder/1201509.html )。


※参考(wikipediaより)
 裁判員制度の広報業務をめぐって、2005-2006年度の2年間に、企画競争方式の随意契約を結んだ14件(契約金額計約21億5900万円)で、最高裁は事業開始後に契約書を作成するなどの不適切な会計処理を行っている。
 特に、電通に発注した2005年度の「裁判員制度全国フォーラム」(約3億4100万円)では、実際には2005年末から2006年初めに契約したにもかかわらず、契約書の日付を2005年9月30日などと虚偽の記載をし、印刷会社に発注したパンフレット作成(約174万円)でも、契約日を実際より約4か月前に偽るなど、16件(計約21億6500万円)の契約で不適切な経理処理をしたことが問題視されている。

 被告の権利に関しては、すでに裁判員法に基づいた刑事裁判が義務的に行なわれており、また今年(平成21年)8月17日にはこの法律が憲法違反という理由で裁判員裁判の回避の申立てが行なわれており(http://blogs.yahoo.co.jp/yossie_70/30568904.html )、今後の判断が注目されますが、さて裁判員の権利としてはどうなのでしょうか。おそらく、罰則の適用を見送ることは間違いないと考えられます。なぜならば、罰則の適用により損害を被った人が出てくれば、裁判を起こすだけの口実(訴えの利益)が同時に生ずることになり、最高裁は違憲・合憲の判断を避けることができなくなるからです。

 では、罰則の適用がなかったら訴えの利益は全然ないのかというと、そうではないと思います。ひとつは慰謝料という概念が裁判において通用していることです。たとえば、義務として出頭した裁判員が法廷の内外で精神的苦痛を感じたとき、そのことをもって裁判を起こすことが可能であると思われます。あるいは、裁判所から支給される日当では不足していた場合や、裁判が長引くなどして生業に明らかな減収があったなどの具体的な不利益があれば訴訟を起こすことが可能と思います。こういう裁判で、憲法違反との訴えが数多く、粘り強く起こされれば、たとえ合憲判断が相継ごうと、あるいは憲法判断を最高裁が避けようと、社会は変わることができます。

 国民の「知る権利」は「表現の自由」から導き出される権利です。なぜなら、表現は発信者の権利だけを保障しても国民が表現されたものを知ることができなければ、事実上、表現行為は完結しておらず、したがって「表現の自由」が阻害されたことになるからです。裁判を起こすことには、表現としての側面があると思いますが、これを裁判所が不当に隠蔽したとすれば、「司法への市民参加」が単なるお題目に過ぎず、裁判員制度には当初から目的がはっきりしていなかったか、あるいは別の目的があったのか、そのいずれかであることが逆に明らかになるわけです。

 今後、日本の民主主義が裁判員制度を正しく評価若しくは批判していいくためには、外国のメディアによってどういう取り上げられ方をしているか、そのニュースの共有が不可欠と思います。


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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091210-00000193-jij-soci

 岐阜地裁での裁判員裁判での裁判員を努めた男性が「徴兵制度のようで、個人の自由を奪って拘束されるのは気持ちのいいものではない。一刻も早く制度がなくなればいいと思う。」と判決後の記者会見で語ったという時事通信の記事です。日付は12月10日、きしくも世界人権宣言が採択された日であります。

 ところで、裁判員法第36条には「理由を示さない不選任の請求」の規定が書かれています。森前法務大臣は在職中の昨年の12月15日に、公明党の浜四津代表代行(当時)が裁判員制度の憲法との兼ね合いに対しての疑問をのべた(http://blogs.yahoo.co.jp/yossie_70/folder/1197338.html?m=lc&sv=%C9%CD%BB%CD%C4%C5&sk=0 )ことに対して、「裁判への参加を義務としてのみとらえず、司法に直接参加できる権利として積極的に受け止めてほしい」と語ったわけですが、権利としての体裁が整っていないことは、36条の各項だけでも十分すぎます。
 こんな法律があっていいものでしょうか。同条1項では「四人を限度として」云々とありますが、場合によっては不選任の理由が示される者と示されない者がいるということになってきます。これで権利というのならば、憲法14条の法の下での平等原則に違反することになってきます。この法律はホントにいい加減です。どなたか英語が堪能な方がいらしたら、この法律の条文を英訳して、インターネットで国際的に紹介するか、国連の人権委員会宛に試しに送ってみられたらどうでしょうか。世界中の法律の専門家がびっくりするのではないでしょうか。

   ――――――――
(以下、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(裁判員法)より

第三十六条  検察官及び被告人は、裁判員候補者について、それぞれ、四人(第二条第三項の決定があった場合は、三人)を限度として理由を示さずに不選任の決定の請求(以下「理由を示さない不選任の請求」という。)をすることができる。
2  前項の規定にかかわらず、補充裁判員を置くときは、検察官及び被告人が理由を示さない不選任の請求をすることができる員数は、それぞれ、同項の員数にその選任すべき補充裁判員の員数が一人又は二人のときは一人、三人又は四人のときは二人、五人又は六人のときは三人を加えた員数とする。
3  理由を示さない不選任の請求があったときは、裁判所は、当該理由を示さない不選任の請求に係る裁判員候補者について不選任の決定をする。
4  刑事訴訟法第二十一条第二項の規定は、理由を示さない不選任の請求について準用する。

   ――――――――

 日本の国家機構の矛盾に関して、裁判員制度ほど多くを語るものはありません。
 私たちの権利は、国会・内閣・裁判所がそれぞれ立法・行政・司法の三者を分担することにより、権力の1極集中を避け、さらに立法府においては野党が批判勢力として機能することにより、またジャーナリズムが監視することによって、国家が暴走することは「ほとんど」ないと考えられてきました。2重3重に安全弁が機能して、国家の暴走という危険を回避しうると考えられていたのです。しかし、1つ例外がありました。それは、いくら幾重にも権力の分散化が進んでも、これらの機関が申し合わせて国民を欺こうとすればできないことではないということでした。

 自民党を中心とした勢力があまりにも長く政権についていたために、その地盤は出来上がっていました。あとは誰が仕掛けるかという問題だけだったのです。小泉純一郎氏は、破天荒なキャラクターを演じ続け、国民はもとより野党の国会議員のハートをも射止めることに成功しました。小泉催眠術に国会全体が嵌まっている間に、彼はスピーディーに独裁路線を築いていきました。当時、そのことに気がついていたのは、民主党などの野党ではなく、自民党内部の「抵抗勢力」であり、のちに自民党を離党していった人たちでした。もう一歩のところで本格的な小泉独裁院政(もっともブッシュ政権にコントロールされていたものでしたが)に突入するところでしたが、米国のリーマンブラザーズ・ショックを皮切りに派遣労働者解雇の問題や郵政財産の米国資本への「大安売り」などが明るみになるにつれ馬脚を表わす結果となってきました。しかしながら、独裁を許しかねない地盤は今も生きていて、その最たるものが裁判員制度であると私は思っております。


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