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裁判員制度

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 裁判員の自由権や自己決定権に関して考えます。なお、憲法の複数の条文に関連する記事も、ここに収めます。
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 今回、最高裁判所裁判官の国民審査制度が機能しなかったのは残念でありましたが、裁判員制度を否定するアクションとして最適の手段だったとも思えません。なぜならば、国民審査制度というのが裁判官を任命した自公内閣(竹崎長官を任命したのは天皇ですが、麻生内閣の助言と承認の上で国事行為として行われており、麻生内閣が責任を負うもの:憲法第三条)の任命責任を審査しようとしているのか、任命された裁判官の資質のみを問題にしているのか、正直言って分からないのです。
 最高裁判所裁判官国民審査法第1条によれば「最高裁判所の裁判官の任命に関する国民の審査については、この法律の定めるところによる」となっていて、どちらとも読めるのですが、2条以下の条文に内閣への言及がないところを見ると、純粋に裁判官の資質を問題として対応しているシステムでありましょう。

 ところが、今回、裁判員制度の設計に「貢献」した竹崎博允氏が最高裁判所の長に任命されたのは、制度の違憲性が問われたときに憲法81条に謳われている法令などの合憲性審査権をかねることを考えれば、いかにも軽率な行為であり、私は竹崎氏本人の資質や人間性がどうのこうのというよりも、指名した麻生政権の無責任さが指摘されねばならなかったと思います。今後、小選挙区制の中で成立した政権下では、このようなデタラメきわまる暴走行為が許されてしまうことを重々認識し、何らかの立法行為が必要であります。

 ことのついでに、国民審査制度について私見を言えば、実施時期や罷免を可とする得票が過半数と解釈される根拠などは憲法第79条各項で示されている以上、これに手をつけずに改革する道が優先されると思います。投票用紙への書き方を変えたり、白票が信任票となるという認識なく投票している選挙人が多いと思われるため、選挙会場を変えたり、そこまでしなくても立て付けを工夫するなど運用面でも是正できる部分も多いと思われます。ほかに、行政から最高裁へ無資格でいけるという悪弊を是正するため、裁判所法、特に第41条を改正する必要があると思います。さらに理想を言えば、少年事件や国籍要件が問題となる上告審に対応するため、選挙権の拡充と並行する形で、審査に参加できる年齢の引き下げや定住外国人にも審査権を認めていく必要を感じます。

 まずは国民審査の限界について。
 今回の国民審査の結果には全く愕然としました。まったく、機能していないことをいやというほど思い知らされたからです。当初、私は国民審査を衆議院選挙と切り離して実施したり、国民審査の回数を5年ごとに行うなど法改正すれば、かなり改善されると思っていました。
 ところが衆議院選挙と同時に行うというのも最初の国民審査から10年後に再審査行うというのも、憲法に謳われていました(第79条2項)でした。もちろん、改憲という手段はありますが、改憲という危険すぎる手続を踏むよりも、法律レベルで改正できるところは改正していただきたく思います。

 さて、第81条で【法令などの合憲性審査権】「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則または処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」と謳われています。しかし、竹崎長官が設計したものを竹崎長官自身が、また裁判員制度の定着に向けて多少なりとも協力を惜しまなかった裁判官達が、違憲判断するはずがない、というよりは違憲判断した場合、「定着に向けて協力してきた」という経過そのものが「違憲」に向けて働きかけていたことになり、裁判所法第49条の懲戒条項に該当しかねないということになります。ということは、国民は竹崎長官の罷免を要求するという筋合いのものではないということです。竹崎長官を任命したのは天皇でありますが、天皇には政治的行為は出来ないことになっていますから指名した内閣の行為に憲法否定につながる瑕疵があったと考えられるため、任命が無効であったわけで、遡及して任命を取り消すことが出来るのではないでしょうか。

 みずから憲法第81条を否定するような内閣の指名自体が馬鹿げているといえます。確かに禁止する法律はないかもしれませんが、ここで私が思い出すのは、明文化されていない「国籍条項」を支持した国側の論法を逆に申し上げたい。こういうデタラメな人事が許されないことに明文上の規定は必要ないのです。なぜなら、それが「当然の法理」だからです。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090901-00000057-jij-soci 時事通信9月1日より転載。

  ――――――――――

 強盗致傷罪で東京地裁に起訴された被告の弁護人が1日までに、「裁判員裁判は違憲」として、裁判員制度を適用せず、裁判官3人だけで審理を行うよう同地裁に申し立てた。申し立ては8月18日付。裁判員制度対象事件の被告側が、制度を違憲として適用除外の申し立てをしたのは初めてとみられる。
 申し立てたのは、タクシー強盗で運転手にけがを負わせたとして8月5日に起訴された無職林登志雄被告(43)の弁護人。
 申立書で弁護人は、公判前に非公開で争点を絞り込む公判前整理手続きは、裁判の公開原則に反し、連日開廷への参加を強要されることなどで、被告の防御権が侵害されるとした。また、国民への裁判参加の義務付けは、裁判に参加したくない人の幸福追求権や、思想・良心の自由など基本的人権を侵害すると主張。公平な裁判所の保障や、裁判官の任命方法を定めた憲法の規定にも違反すると訴えた。

  ――――――――――

 このニュースが今日まで伏せられていたのが国民審査への影響を避けるためだったということはミエミエであり、裁判官がこういうことでいいのか、なぜ、これらの嘘つき集団から国民は裁かれねばならないのだ。
 実質上、誰からも裁かれることのないこれらの超権力集団。憲法の番人どころか憲法を蹴散らしていく無法の集団である。

 ついに裁判員法廃止法案提出を公約する政党は現れませんでした。
 私はこの現実を怒りを持って受け止めています。各党のマニュフェストを見ると、社民党の裁判員法改正が最も前向きで、共産党は「憲法の全条項」を護るとの間接的表現に終始し、国民新党ほかに裁判員法に関する記述は見つけられませんでした。民主党にいたっては、「裁判員制度の円滑な実施に向けた環境整備」(http://www.dpj.or.jp/policy/manifesto/seisaku2009/07.html#裁判員制度の円滑な実施に向けた環境整備 )として運用で解決を図るというスタンス。
 民主党内に裁判員制度に反対との見解を表明した議員は少なからずいたのですが、これが現状です。

 国民の怒りは最高裁判所裁判官の国民審査で答を出す以外に方法はありません!

 (参考:社民党関連マニフェスト)
7.「市民の司法」を実現する立場で司法制度改革に取り組みます
○裁判員制度を見直します。裁判員のための条件整備、被告人の防御権の担保、裁判員の守秘義務のあり方と罰則の問題等について検証し、裁判員法等の改正を行います。

○長期にわたる拘留や強要によるウソの「自白」が冤罪の温床となっていることを踏まえ、取り調べの全過程の可視化(ビデオ録画等による)をはかります。事後的な検証を可能とするため、捜査時の試料等の保管を義務づけます。

○いわゆる代用監獄制度の廃止など、被疑者・受刑者の人権確立に取り組みます。拷問禁止条約が遵守されるよう政府を監視します。

○犯罪被害者の救済制度を強化します。

○国民の裁判を受ける権利を実質的に保障するために裁判官の増員をはかります。また、法律扶助事業に対する国の予算を増額します。

 裁判員という労働は、実態としては苦役に近いものを感じさせますが、憲法18条ではっきりと禁止されていますし、政府見解も「苦役ではない」と述べております。さらに日当が出ますので仮に苦役でないとしたらいったい何かということになってきます。政府はボランティアであると言いたくて仕様がないのでしょうが、ボランティアというのは自由参加が前提となりますから、いくら「出頭」する義務を「参加」という表現で粉飾しようとも、ボランティアでないことは明らかです。

 ということは、短期間を想定したものであろうとなかろうと、職業であるということにならざるをえません。ここを押さえないと、「裁判員」という労働のジャンルがはっきりいたしませんで、いつまでたってもぼやけた論議に終始することになります。

 さて、憲法の条文で「自由」が保障されている場合というのは、「何かを行う自由」が保障されると同時に「何かを行わない自由」も保障されるというのが通説であります。ですから、憲法第22条の職業選択の自由は、裁判員になる自由と裁判員にならない自由とを両方満たさなくてはなりません。従って、裁判員として刑事裁判に「参加」する意思があるかどうかの確認が大前提であって、さらにその意志が確認された後も国が募集するからには一定水準の給与を保証した上で資格試験を実施したり、合格者には一定の研修期間を設けるなど、労働を権利として捉えたアプローチが当然必要となってきます。

 逆に言えば、資格試験も行わずに一定の人たちを欠格事由で排除していくのも参加する権利を保障していないことになり、しかも裁判官の国家公務員としての欠格条項よりも厳しい条件となっており、その合理性が甚だ疑問であります。

 なお、憲法第22条第1項にも謳われている「公共の福祉に反しない限り」というのは、「他の基本的人権を侵さない限り」という程度の意味に限定されるというのが通説であり、社会正義とか最大多数の最大幸福とかいうような広い概念ではないと存じております。

 まず「裁判員」というのは労働を伴うものであること、そしてそれはボランティアとしての装いをして法曹界とマスメディアによって紹介されてきましたし当初は国民もそういう受け取り方をしていましたが、国が強制力を以て行うということが明らかになるにつれ、ボランティアなどという詭弁が通用しなくなっているということ、そして論理的にはこの労働は苦役か職業かということになり、いずれにしても憲法違反であるというのが、私の経過分析と結論であります。


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