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司法・冤罪等

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 元参議院議員で日本一新の会代表の平野貞夫氏が国会の弾劾裁判所裁判官訴追委員会に1月12日(木)に、東京地方裁判所の登石裁判官の、「訴追請求状」を提出したところ、江川紹子氏が否定的なコメントをツイートしたことから、それに対する平野氏の反論がなされ、周囲の思惑も絡んでちょっとした騒ぎになっています。江川氏は現状のままで訴追委員会が有効に機能しないことを踏まえて平野氏に苦言を呈していると思われ、それに対して平野氏は憲法解釈上登石判事を罷免することは可能だとの持論を展開しているという構図です。

 それはともあれ国会の弾劾裁判所に関しては訴追委員会事務局のサイトがかなり丁寧な情報を提供してくれています。そのなかで、弾劾裁判所の限界について述べられている部分があります。以下の引用部分。


 なお、判決の内容など、裁判官の判断自体についての当否を他の国家機関が調査・判断することは、司法権独立の原則に抵触する恐れがあるので、原則として許されません。したがって、誤判は、通常、罷免の事由になりません。

 なるほど道理ではあるし、江川氏と平野氏の見解の相違もこれを是と見るか非と見るかによると思われます。私はこれを基本にすえることに何ら異議はありません。問題は現実に起きている誤判をどうするかですが、有効な手段として何があるかというときに、①このような弾劾裁判の手続を拡充しようという方向と、②政治的に利用されかねない裁判官の弾劾には慎重であるべきであり、誤判を防ぐ方法としてはほかの基本的人権を護るための手続(たとえば取調べの可視化など)に限定しておこなおうという方向とがあると思います。
 
 いま、検察審査会の改正が立法化の段階では想定していなかった運用がなされ、非常事態を迎えているという現実を目の当たりにして、運用のありかたを変えたために弾劾裁判所が過度に影響力を持ちすぎたときにどういう危険が待っているかも十分想定されていなくてはなりません。司法憎しのあまり司法を根底からひっくり返せという論調は無責任とのそしりを免れません。司法がいまや最高裁まで含めて疑惑の対象となっているのは事実ですが、それは制度そのものの全否定を意味するものではありません。まだるっこく思えるかもしれませんが、ひとつひとつ議論して変えていくのが民主主義の鉄則です。
 
 とはいえ、私も訴追委員会のあり方には疑問があります。上に掲げた原則論は大雑把過ぎないかという疑問です。今回の登石裁判に見られるように、証拠の軽視が白昼堂々とおこなわれるようになりかねません。裁判所も組織であり裁判官も人間であるからには、組織的な誤判や確信犯的な誤判も想定していなければなりません。すべてを司法の良識に任せることの危険をこの間私たちは学んだわけです。証拠に基づかずに予断と偏見のみで司法がおこなわれた場合などの誤判や冤罪を防ぐ意味で、裁判官弾劾法の罷免事項に誤判は含まないことをこの際、あらためて条文として謳いあげたうえで、例外規定をも明文化することによって、あくまでも法令にのっとった形での運用がなされることを望みます。
 
 蛇足ですが、江川紹子氏の苦言は平野氏の行動が「今この時期にあえて起こすべきアクションであったか」という意味であるならば、このデリケートな時期に裁判所に対する無用の刺激は禁物との指摘は正しいと思います。まして、江川氏のことを「味方のふりをした敵」であるがごとく中傷する文藝評論家の指摘は、もともと小沢氏の味方などと本人が言っているならともかく、郷原氏や八木啓代氏と同様、政治的には最初から中立のスタンスであるうえに、本来ジャーナリズムとはそういう性格のものであるはずで、そのような認識が欠けた某文藝評論家もマスメディアをやれマスゴミと批判するわりにはたいして立ち位置は変わらないと思います。味方か敵かの区別を重んじるセクト主義はもう古いし、排他的なだけで生産的な議論になりません。そもそも、自分たちとスタンスが同じでなければならないという考え方に疑問があります。多様性を認めないそういう発想は、いったいメディアスクラムとどこが違うのでしょうか。

陸山会事件の終焉

 小沢一郎民主党元代表(69)が政治資金規正法違反に問われた陸山会事件に絡み、検審に出す証拠を隠すことで検審審査を誤誘導したとして被疑者不詳で偽計業務妨害容疑、および石川議員取調べで、検審提出のため事実と異なる報告書を作成し、検察審査会に資料として提出したとして田代検事を虚偽有印公文書作成罪および同行使罪容疑で、「健全な法治国家のために声を上げる市民の会」(八木啓代代表)から提出されていた告発状を、東京地検刑事部が受理していたことがわかりました。この告発については、すでに大手新聞社も報道しており、また今回の刑事部が受理していたという報道も読売、産経が掲載、朝日も夕刊に載せたそうですが、毎日は掲載していないようです。東京地検特捜部に関する容疑を東京地検特捜部が捜査するという矛盾を回避できたという報道は重要だと思いますけどねえ。
 
 ただし、読売にしても産経にしても偽計業務妨害容疑に関しては、今回、スルーしており、検察の組織的な関与については、報道を控えようという意識が見え隠れしています。そもそも、偽計業務妨害罪とは刑法233条に「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」とあり、判例・通説によれば「本罪は危険犯であり、現実に人の信用を低下させていなくても成立するとしている(大判大正2年1月27日刑録19輯85頁)」らしい(Wikipediaより)。
 
 しかし、日本のこのような現状は、日本国民に普通に知れるよりもずっと早く、ネットや海外のマス・メディアを通じて諸外国に広まっているのが現状で、「報道しない自由」に胡坐をかいていたテレビ局や大手新聞社が北朝鮮以上の報道をしていたかどうか、疑わしい限りです。そして、このようなメディア・スクラムに対して、国会も内閣も裁判所も全く無力であったのみならず、これを自らの保身のために利用しようと考える人たちがあまりに多すぎて、そのスケープ・ゴート(生け贄)にされていたのが、ほかならぬ小沢一郎氏であったと思います。そして、小沢氏個人の魅力云々とは別の次元で、犠牲者が誰であれ、かような人権侵害を国民全員が許していたら、やがて犠牲となるのは国民自身であることを看破した人々の勇気ある行動に支えられて、どうやら陸山会事件という国家とマス・メディアによる一大陰謀事件は暗礁に乗り上げ、国民の目にさらされることでしょうし、このような事件があったということを私たちはいつまでも語り継いでいかねばなりません。
 ラテンアメリカを中心に活動しているジャズシンガーの八木啓代氏のブログ「八木啓代のひとりごと」の1月12日の記事に、「健全な法治国家のために声を上げる市民の会」(八木啓代代表)が、30人の連名で、最高検に刑事告発状を提出したことが示されています。
 告発状に提示された犯罪容疑はふたつあります。 
 第一は、検察審査会に出す証拠を隠すことで検審審査を誤誘導した容疑での被疑者不詳による偽計業務妨害罪。前田元検事の法廷証言により東京地検特捜部は疑惑の渦中に置かれていますが、にもかかわらず最高検が独自に調査を行っているふうでもないのは怠慢にもほどがある、というスタンスなのでしょう。
 第二は、石川議員取調べで、検審提出のため事実と異なる報告書を作成した容疑での田代検事に対する虚偽有印公文書作成罪および同行使罪である。これも、もし田代検事が偽証していないとするならば、彼の3ヶ月も前の記憶、しかも自分が聴取したのでない取り調べ内容と一日前に自分が行った取り調べ内容とを混同するような検事を、医療機関で精密検査もさせずに新潟地検で職務に就かせている最高検は、どういう神経なんだということになります。つまり、いつ同じような混同を起こすかもしれないと分かっていながら、勤務に就かせているのは上級官庁としての仕事をしていないではないかというスタンスです。
 この件に関しては、検察が組織的に検察審査会をコントロールしていた疑いが濃厚ですが、いきなりそういう疑いをかけずに、まずは最高検の上級庁としての怠慢振りを責めるという作戦は、退路を断つという意味でボディブロウに似ていますね。
 八木氏の追及はそればかりではありません。刑事告発をした後に、司法記者クラブで記者会見を行っているのですが、メディアに対しても用意周到な作戦を練っています。詳細な資料を配布し、記者個人の勘違いを防ぎ事実を丸ごとデスクへ持ち帰らせています。そして、各新聞社の報道状況をブログに速報で載せ公開しています。記事によると毎日新聞が第一報を流しましたが、その後記事は大きく修正され「石川議員は出版物の中で勾留中にほぼ同様のやりとりを田代検事とした記載をしている」という捏造記事に変わりました。これがどういうことを意味するか、見え見えです。
 八木氏は再度司法記者クラブで緊急記者会見を開いたというから、前代未聞の出来事に対しては、これまた前代未聞の対応をしていくということでしょうか。八木氏の術中にはまると、もがけばもがくほど、ぼろが出るという省エネ作戦。しかも打つ手打つ手がカウンターとなっているって、まるでロベルト・デュランみたいで、すごい。江川紹子さんといい、森ゆう子さんといい、八木啓代さんといい、女性といって舐めたらおおごとしまっせ。
 

「小沢裁判」急展開

 「小沢裁判」急展開。検察審査会への引き金となった田代検事の報告書の肝心の部分が実は同検事の「創作」によるものであったこと、加えて東京地検特捜部では「主任検事から『この件は特捜部と小沢の全面戦争だ。小沢をあげられなければ特捜の負けだ』といわれ」ていたことや「検察が不起訴と判断した資料として検審に提出されるもので、証拠になっていないものがある」ことが判明した。さらに20日の第11回公判に証人出廷した、筑波大教授で、商事法と制度会計のエキスパートとして関係者からカリスマ的支持を受けている弥永真生氏の証言により、「資産取得と支出の記載時期は同一年分であるべき。問題となった収支報告書に記載を移したのは、当然の帰結」であり、「会計学上は陸山会の土地購入に関する会計処理は許容範囲」と述べたことにより、一気に急展開した形となっている。同氏はさらに「支出だけを記録してもそれに見合う資産計上がなければ、国民の誤解を招く。数年分をまとめて見て、初めてひとつの取引が判明するような作りでなく、資産取得と支出の記載時期が同一年分であることが望ましい」と指摘。検察官役の指定弁護士が「もっぱら報告書の記載を1年遅らせるために所有権移転の登記を翌年にずらした場合も、(こうした手法が)認められるのか」と問い詰めたが、弥永教授は「動機は関係ない」と断言した。これまでの経緯を見ているといまだに予断を許さないといえそうだが、もう見ておれない、30億もの税金をかける内容であったのかという声も聞かれる。いわばミスマッチの様相を呈してきた。
 
 もともと検察審査会の制度が、検察の決定に対する不信任を国民の権利として保障する趣旨であったことを思えば、検察審査会で起訴相当議決や起訴議決が出されて検察の処分が覆されることは検察にとって極めて不名誉なことのはずで、通常ならば検察側と指定弁護士側とは通常の刑事裁判における弁護側と検察側との関係がそうであるように相対立する立場から真相究明を図ることでバランスをとろうというシステムだが、こと本件に関してはそのようなイメージは薄く、検察側と指定弁護士側、さらには裁判所まで巻き込んで、小沢一郎氏を失脚させようという同じ目的に向かって邁進しているかのようである。たとえば、田代検事が報告書を「創作」した動悸に関して、検察の不処分が検察審査会の議決で覆される方向で捜査を行うこと自体、担当検察官個人の行動としては想像しがたいとの指摘がある。また、石川知裕議員ら小沢一郎氏の元秘書3名を証拠によらない「推認」判決で有罪と談じた登石判決、さらには、森裕子現文部科学省副大臣が参議院議員当時追求していたように検察審査会自体の平均年齢について疑念が払拭されていないなど、制度を利用した何らかの広範囲な策謀、もしくは不公正な協力関係があったことを印象づける様相を呈してきている。
 
 ここにきて、マス・メディアの報道姿勢も変化を見せ始めてきた。読売新聞が1面トップ記事で裁判の模様を伝えたのをはじめ、産経新聞も詳報を伝え、25日にはNHKの番組に小沢一郎氏が出演する運びとなっているようだ。しかし、石川議員の録音という隠しだまがなければ田代検事の供述を引き出すことは無理であったと思われるし、今回の裁判にかぎらず村木事件も前田元検事のフロッピーがなければどういう展開になっていたか分からない。司法当局と検察に対する不信感は言うに及ばず、メディアの報道姿勢に対する不信感も根強い。これは数多くの努力が無駄になることでもあり、非常に不幸なことである。メディアは、これまでの報道姿勢についてしっかりと総括し、その内容を国民に知らせてもらいたい。
 12月1日にジャーナリストの江川紹子氏がツイートした内容をまとめた記事が阿修羅という掲示板に載っていた。本当にこの国の司法は狂っている。裁判所が全くと言ってよいほどに役に立っていない。原因は江川氏も指摘するとおり、裁判官の発想の貧困さであり、人権感覚の低さというか鈍さであろう。国連は裁判官や警察官などの強い権限を持った公務員に対して研修を徹底するように、日本に再三申し入れをしているが、果たして行われているのだろうか。
 
 特に被告人は、被疑者として検察官に検面調書をとられるときに検察官の独善的で強引な解釈に驚き、失望のあまり顔色を失う。検察官に対する失望の次は、一時的にであれ、弁護士に対する失望感でいっぱいになる。そして、最後の極め付けが裁判官に対する失望だ。こうも次から次と話の通じない官吏や専門家のセンセーたちが出てきては、大抵の人は絶望感でいっぱいになろう。物事を論理的に考えることに不慣れな少年などは、思わずふてくされた態度を取りたくなることもあろう。ところが、それをやると、「反省のかけらもない」とか「更正することは困難」などと畳み掛けられて、厳しい量刑が課される結果となる。
 
 刑事裁判のこのような閉塞状況に穴を開ける必要から司法制度改革が行われていたのなら、もう少し違った展開になっていたような気がする。私たちは、このように身勝手な連中に裁かれたり、聞き取りを受けたりするのか。裁判所は本来であれば私たちの人権を守ってくれるところであったが、いまや私たちの人権を無視し、攻撃さえしてきかねない。

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