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パワーハラスメント

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 かつて職場でのいじめ――いわゆるパワーハラスメント――を受けたときに、これはひょっとすると冤罪事件につながる捜査機関の取調べのありようと同根の部分があるのではないかと感じたことがある。程度の差こそあれ、人権を侵害するやり口には、国家的な犯罪を真似たやり口がいくつか存在するような気がしてならない。
 
 パワーハラスメントを例にとって考えてみることにしよう。パワハラのやり口として、よく知られているものに次のようなものがある。
 
①大きな声で、これ見よがしに長時間の「説教」を行う。被害者に弁明の機会を保障しない。「これだけ言ってもまだ分からないのか」「何度同じことを言わせるのだ」という言い方で、被害者の無理解・無能力をなじる傾向がある。
②言葉による表現と表情やしぐさによる表現との間に少なからぬ乖離がある。これは意識的に行われ、被害者を混乱させる。
③被害者を名前で呼ばない。何らかのあだ名で呼ぶ場合や、「おい」とか「おまえ」「アルバイト」などという言い方をする場合がある。
④被害者だけ、別の業務を指示する。たとえば、別室で資料整理をさせたり、草むしりをさせたりする。
⑤被害者をして、取引先や下請け会社に無理な仕事をやらせたり、違法行為を強要させたりする。
 
 ほかにもまだあると思われるが、少なくとも上記に掲げた例は、パワハラの常套手段であり、他の人権侵害とも共通点がある。もっとも大きな共通点は、被害者にとって相手が職場の上司であれ、取調べを行う警察官や検察官であれ、あるいは親または教師と児童との関係であれ、配偶者間のDVであれ、すべて「教育」の装いをして行われるが、結局それらしく演出されているだけで、被害者から自信や誇りを奪うことを第一の目的としている点であり、本質的には「教育」どころではなく、むしろ「搾取」というべきであろう。
 
 ①では、被害者が自分の理解力不足をみずから責める傾向があるなかで、それに輪をかける形でよくこのような言い方がされる。教育的配慮よりも恫喝することが本当の目的である。部下に時間をかけるのであればもう少し丁寧に行うとか別の方法が考えられ、長時間の恫喝から生産的な結果が生まれないことは明らかである。こういう状態が一般化しているとすると、組織の中ではこのような被害者が職場のスケープゴートとして常に存在させられている可能性がある。
②も①同様、よく行われる手法である。これに対抗していくためには自分と相手との位置関係やどういう表情だったかをある程度記録しておいたほうが、後日専門家に相談するなり、自分で事実関係を省みるなどするときに、相手の傾向がはっきりし思いもよらぬ真実を見出すことになる。
③名前は人格の一部として、長年にわたってアイデンティティーを形成してきた。このようにされると人間は誇りを失い、相手への信頼もなくし、自分が一人前に見られていないと感じてしまう。
④も自尊心をずたずたにしてしまうが、⑤は特に悪質な人権侵害として認識すべきである。しかし、これは実際、パワハラの常套手段と言っても差し支えないくらい例が多い。志布志事件にも通じ、決定的な弱みをつかんでおこうとする態度である。
 
 さらに、これらの本質、いうなれば教育を偽装した搾取は、これまで日本の歴史の中で民衆が分断されてきたことと軌を一にしており、日本が植民地に対して行った行為の本質でもあって、そういう欺瞞が見抜けないことは、国内においてさまざまな人権侵害をも許し続けることになりはしないかと危惧するものである。
 近年になって、パワーハラスメント防止の指針や定義を設ける自治体が増えてきているようです。平成18年(2006)3月に岩手県教育委員会が「岩手県教職員コンプライアンス・マニュアル」をまとめて以来(たぶん?)、県単位では大分、佐賀、熊本、富山、兵庫、和歌山、静岡とつづき、今年4月には大阪府教育委員会が、、「職場におけるパワー・ハラスメントの防止及び対応に関する指針 パワー・ハラスメントのない快適な職場環境づくりに向けて」を策定しております。
 
 このような動きに私が大きな関心を持つ理由として、日本人の人権感覚が飛躍的に向上する可能性がある、と考えるからです。それは、内容的に私たちの生活に深く結びついているために自分の身に置き換えて考えることができるばかりではなく、パワハラ防止という概念には権威あるものの暴走を許さないという、憲法によく似た特性があると考えられるからです。
 
 すなわち、これまでは人権問題も権威あるものの指導事項に属し、差別的な採用規準の有無や対外的な文書表現のあり方などに絞られ、企業の社会的責任の一範疇という枠のなかで考えられてきただけで、労務管理とは一線を画する場合が多かったといえます。したがって、職場内に渦巻く人権問題は取り残されたままで、なかなか根本的な解決を見ませんでした。しかし、2000年前後から判例にも変化が見られるようになり、パワーハラスメントは企業にとっても自治体にとっても重大な関心事になってきたというわけです。
 
 権威とは、本来、現憲法の元では社会契約的な仮のものであるはずですが、多分に慣習とか思い込みによって、本来の役割がゆがめられる場合も少なくありません。たとえば、大人は子どもよりも物理的にも社会的にも力が強い場合が多く、子どもに対して権威あるものとなりがちです。その結果、搾取や虐待といった人権侵害が行われる危険があります。だんだんとこのような事実が明らかにされるなかで、親といえども子どもの生命や自由を不当に侵害すべきではないという声が沸き起こり、子どもの権利という概念が登場してきました。男女間におけるセクハラやDVも同様だと思います。職場における上下関係といえども人間としての尊厳を認め合うということが前提にあって、はじめて成り立つということを再確認する必要があります。今やパワハラが問題視されるようなところまでやっとたどり着いたというべきでしょう。
 
 パワーハラスメントについては、前述の岩手県教育委員会が実に興味深い定義づけをしています。

 パワーハラスメントとは、組織の暗黙知や慣例、職場での上下関係などを利用して行う強制や嫌がらせを言います。一般的には、職権など立場として上に立つ者のパワーを背景に、適正な業務の範囲を逸脱して行われる人権侵害行為です。
暗黙知〜「知識」のうち、勘や直観、個人的洞察、経験に基づくノウハウのことで、言語・数式・図表で表現できない主観的・身体的な知のこと。
(以上、「岩手県教職員コンプライアンス・マニュアル」より引用」)

 常葉短期大学の巻口勇一郎准教授は、類型として以下のような事例をあげておられます。
 
1.多数(他の社員)の面前で怒る・説教する(場所的・状況的な暴力)
2.ミスを何度も執拗に非難する(均衡を逸した対応)
3.声高に罵倒する、感情的に非難する、怒鳴る(乱暴な押し付け)
4.バカ、ゴミ、クズ、役立たず、給料泥棒、死ねなどと人格否定をする
5.「おい」、「お前」、「あんた」、「アルバイト」などと本人の名前で呼ばない
6.机を叩いたり、書類を投げつける(傲慢な態度)
7.社風にあわない、協調性がない、嫌だったら辞めろなどと雇用不安を与える
8.挨拶をしない、無視する、その人の前でひそひそ話をする、仲間はずれにする
9.冗談を装ってからかい侮辱する
10 家族の悪口を言う(プライバシーへの介入、個人情報)
11 根拠のないゴシップを広める、うわさを仕事上の評価に反映する
12 業務に必要な情報、知識や許可、サポートを与えない、うその情報を与える
13 無理な仕事を(早すぎる納期、2人分の仕事)やその人の能力から考えて極端に単純な・あるいは屈辱的な仕事を与え、できないと評価を下げたり非難する
14 正当な理由なく仕事を与えない、ただ座らせておく、別室に隔離する
15 必要がないにもかかわらず何度もやり直しを命ずる
16 書類改ざん、補助金不正受給、談合、脱税、食品偽装などの犯罪行為を命令する
 (社会衛生基金「健康で持続可能な社会へ向けて」より抜粋)

    パワハラは、通常の毎日と違った角度から、前触れもなく突然個人に襲い掛かってきます。そして、個人にダメージを与えることだけが目的のこともあります。そのようなときには、決して相手が自力で解決できないような方法を敢えて選択して、攻撃してきます。たとえば、大声で長時間、怒鳴る割には意味が分からない、良識的でないことを敢えて命ずる、などです。なぜ、突然態度を豹変させるのかというと、相手が困惑するようにするためです。
 
    それはともかくとして、上に挙げた類型のように、最初から相手の攻撃の手の内を知っておくのと知らずにいるのとでは、全く違うと思います。なぜなら、最初のうちは相手はそれがハラスメントであることを悟られないように、教育の一環として行っているふりをするからです。でも、だまされてはいけません。教育の一環どころか、嫌がらせはだんだんとエスカレートしていきます。そして、なぜ嫌がらせの対象に自分が選ばれたかというと、人を信じやすいからなのです。そういう性格を改造して見せるなどと、平気でいう上司は要注意です。そして、忙しくしている職場(必ずしも多忙な職場とイコールではない)ほどこういうことが起こります。本当に必要なことはコンプライアンスの確立と遵守であって、労使双方にそれに向けた合意が何よりも優先されなければならないと思います。いずれにせよ、私たちの人権が守られるためには、この類型のような具体的なものの存在が大きくものを言います。
 
    このような関係は、児童虐待やセクハラ、DV(ドメスティック・バイオレンス)、いじめ、差別といった人権侵害と相似関係にあるといえます。加害者は常に教育やしつけを偽装します。そして、冤罪や死刑制度などのように国家と国民の間にもあるし、いろんなレベルであるのではないか、たとえば民主党の閣僚が官僚にいいように踊らされているのも一見逆のように思えるかもしれませんが、パワハラの一形態の結果である可能性がなきにしもあらず、と思います。そして、法務省や厚生労働省といった各省庁自体(あるいはマスコミ各社も含めて)がパワーハラスメントの巣窟化しているのではないかと疑いを持ってしまいます。特に、法務省は死刑の刑場公開が消極的にしか行われなかったことなどを考えるにつけ、人権擁護の仕事と警察権力の仕事とが力関係の上で逆転しているのではないかというのが私の今の結論です。
 

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