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「自由」という言葉には、消極的自由と積極的自由との2種類があるといいます。
消極的自由とは、束縛やや拘束からの自由です。気ままな状態をいいます。
積極的自由とは、根源的、普遍的な自由を求め続けて、たとえそれがために今を犠牲にすることもいといません。
たとえば、冤罪で逮捕され、有罪判決を受けた人が刑期を追え、無事社会に復帰した時点で、消極的自由は得られますが、社会から罪を犯した人間として見られるなど、本来の自由ではないと思い、さまざまな困難や孤立無援の苦しみを味わいながらも、普遍的な自由を求めて再審請求の道を歩もうとするとき。
また、たとえば、自分が家族と一緒に生活してきたふるさとが被差別部落と知り、ふるさとから逃げるように別の場所にアパートを借りて住み始めた(消極的自由)が、差別があるのは差別される自分がいるからではなく、差別する人間がいるからであることに気づき、カミングアウトして堂々と生きる決心をするとき。
また、たとえば、車椅子のため遠くへ買い物に行くときには家族か友人の車に乗せてもらっていた(消極的自由)が、障がい者でも普通に暮らせる社会こそが、誰でも参加し、意見表明できる社会であることに気づかされ、それ以降、安全であること確認して、電車や地下鉄に駅員さんの力を借りながらも堂々と乗り込むようライフスタイルを変えると決めたとき。
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人権一般
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「自由」という言葉には、「〜からの自由」という消極的自由と「〜への自由」という積極的自由とがあるとされています。前者は束縛や強制から単純に解放された状態に限定されているのに対して、後者にになると、自己決定権を尊重するなかで、個人の意思として実効たらしめたり、あるいは社会的に保障していくという視点が生まれてきます。
たとえば、ひとつの社会的偏見が存在するなかでひっそりと生活している人がいるとします。その人には、社会から受ける差別感から逃れようとする選択も可能ですが、それでは差別はなくならないと考えました。自己の精神的自由を得るために失うものが大きいかもしれないけれども、カミングアウト(これまで公にしていなかった自らの出生や病状、性的指向等を表明すること)を選択するという行動などがそれです。
または、ながらく差別をうけてきた集団にとっては、有効な生産手段を持っていなかったり、情報が集団に周知されることなく素通りされていたり、差別の中で合理化されてきた精神風土が生き続けていたりする場合が少なくありません。競争力が十分でないなかで形式的な自由が与えられても実質的に何ら結果を伴わないというところから、より丁寧な働きかけが重視された結果、アファーマティブアクションが取り入れられたりします。
一方、消極的自由の観点からの積極的自由への批判は、積極的自由が自己の意志に従うことができることによって規定されることから、その「自己」をあらゆる人について「本来の」意志とみなすことには限界があります。それゆえ、真に自己の意志に基づいてなされた行為までも規制することが可能となり、国家による保護者的立場での介入を許すことになりかねません。また、特定の立場の人々の自己実現を容易にするために、他者の自由な行動を犠牲にすることを容認する結果となるという指摘もあります。
私は、自分の中にある弱さを自認しつつも、なお積極的な意味合いで「自由」という言葉を用いたいと思っています。しかし、消極的自由が「自由」の意味を代弁している場合は数多く、また凡てについて積極的意味付けができるとも限りません。
たとえば裁判員制度をどう見るか、ということで考えるならば、制度そのものは裁判員となる国民の消極的自由(苦役からの自由・良心の自由等)を侵す危険があり、運用によってこれらの事態を避けることでは法律としての違憲性が否定されるはずもなく、憲法違反であることは間違いないと思います。しかしながら、被告のおかれている制度的不備が防御権の保障というところに遠く及ばない現実に対し、それらに対して市民サイドから切り込む余地をももった――それは司法制度の矛盾を学習できるという意味合いを含めてでありますが――稀有な制度でもあることに気がつきました。そういう意味ではここでも積極的自由と消極的自由との衝突が起こっていると考えられます。こういう例は、少数者の自由や権利を考えるうえでは、必ずと言ってよいほど起こっています。
しかし、積極的立場を支持するとはいっても、自由に関する立場には積極的なスタンス、消極的なスタンスのほかに「自由」そのものを侵害しようとするスタンスや無関心層があることも確かです。
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八木啓代さんのブログ「八木啓代のひとりごと」の2011年8月16日の記事に「同調圧力」という言葉が出てきます。以下は、同ブログからの引用です。
しかし、私の注意を引いたのは、単に8月のこの時期になされた、興味深い戦時中の話ということではなかった。
トークの後も、頭から去らなかったものは、そこで象徴的に語られた「同調圧力」という言葉である。
同調圧力とは「いやと思っても言えない」「おかしいと思っても口に出せない」こと。そして「肩身が狭い」というキーワード。ここに、さらにメディアの「煽り」がそれに輪をかけて「ノーと言えない状況」を作り上げていく様が語られたのである。
陰では号泣しながら、表では「名誉の戦死がめでたい」と言って(言わされて)しまう、その空気。そのこと自体は悲劇性を帯びるドラマだが、そこから玉砕や集団自決までは一直線となる。
もうひとつは、そういう状況下で、人間の感覚が麻痺してしまうこと。自分には忸怩たる被害者意識はあるが、それだけに一方で他者(敵方)想像力がなくなり、外地において、悪気なく(結果的に)残虐な行為をおこなってしまったという事実。
つまり、後になって冷静に考えたら、ひどいことだと思うようなことを、そのときは大きな問題意識もなくやってしまったという事実である。
この話を聴いて、私は「戦争はぜんぜん終わっていない」と感じたのだった。日本社会のなかで、おそろしいほど、まったく同じ問題は生きているではないか。
昨年から、私は検察問題に取り組んできたが、ここで全く同じ言葉が聞かされるのである。一人ひとりは決して悪人ではない。かつて佐賀農協事件で冤罪を作る立場になったことを告白した市川寛元検事にしても、非常にまじめで誠実な人である。
しかし、おそろしいまでの同調圧力のなかで、ノーと言うことができず、被疑者や参考人に対しての人権侵害的な取り調べがまかり通り、冤罪さえも生み出されてしまうという構図がそこにあった。
(中略)
そしてそれは、もちろん、検察問題だけではない。福島原発事故でも、まったく同じ連鎖が起こっているのではないかと。
つまり、そういう意味では、戦争は全く終わっていないわけだ。(引用終わり)
実に鋭い視点であると思います。
この指摘には全く同意します。そして、私の考えを付け加えたいと思います。
いじめの構図も同様に、大多数の野次馬層や傍観者層が「同調圧力」に踊らされているのではないかと思います。また、パワーハラスメントの現場でも、いじめ構造と一緒で、大部分の傍観者層は「傍観者である自己」を正当化するために、パワハラ被害者の資質の問題であるという考え方に傾斜していきますから、全体としては「同調圧力」を形成していくと考えられます。
このように、「同調圧力」は単なる組織内部の意見の食い違いを糊塗する目的で形成されることもあるかもしれませんが、時間の経過と共に何らかの人権侵害を伴う場合(虐待や差別)しか私には想定できません。「同調圧力」に対しては、別の「同調圧力」を形成して闘う方法もあるかもしれません(検察官個人に対する攻撃など)が、「同調圧力」そのものを否定し突破するところに、本来の「自由」があるとかんがえます。
「そうか、矛盾の構造が見えてきた。『同調圧力』こそがわれわれの敵だったのだ。」
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同和教育(反差別の教育)から人権教育への再構築が公に提唱されたのが、平成8年の地域改善対策協議会意見具申であったから、もう15年が経過する。この間、「人権教育の国連10年」の取り組みなどを契機として、教育のあり方が問い直されてきた。もっとも大きく変わったのは、多文化共生の教育からさらに多様性の教育へと発展していったことだろう。
同和教育ではややもすると「同じ人間である」というところから論理が展開していったために、各個人が抱える個別の問題点がクローズアップされないまま、人権問題とはすなわち差別問題であるかのような文脈で語られることが多かった。もっとも同和教育の最前線では、「差別の実態に学ぶ」というスローガンのもとで個別の生活実態を丁寧に洗い出す作業が基本にすえられていたし、個別の問題に切り込もうという関係者の努力は並大抵ではなかった。
しかし、「同じ人間である」ことが、実は「人間とはそれぞれ違った個性や特徴をもった存在である」ことが前提にあり、であればこそ「守られるべき共通のルールがなければならない」という2段構えの論理から成り立っていたのである。また、「平等」の中身にしても直ちに「生活較差なき平等」が前提にされるのではなく、世界人権宣言の第1条に「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」と謳われているがごとく、あくまで「機会均等」がベースであって、なおかつ職業選択の自由や居住・移転の自由、教育を受ける権利などを阻害する程度の較差は「尊厳と権利について平等」の趣旨に反するがゆえに許されず、したがって機会均等や自由権を脅かす較差是正のためにポジティヴ・アクションが導入されるというのが私の考え方である。
かくして、個人個人の多様性を見ていったときに、おどろくべき虐待とハラスメント、暴力の実態が見えてきたし、古典的人権侵害と一笑に付されてきた感のある国家による人権侵害が数多くの冤罪事件とそれを支える国家の組織の矛盾が明らかになってきたこともあって、これまでの反差別の教育では見向きもしなかった国民の関心を引くにいたっているのは、予期せぬところであった。
現在、部落大衆や在日コリアン、障がい者に対する新たな差別事象がネットを中心に現れている。人権教育では生ぬるいと感じている方も多いかもしれない。しかしながら他方で、「人権」という言葉がすべての人々にとって生活観を伴った言語となる可能性が出てきたことも偽らざる感触である。この、千載一遇のチャンスを活かして、世界中の人々が「人権の時代」の夜明けを迎えることができるよう、微力ながら頑張りたい。
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1995年から2004年までというと、もう結構古い話になるのかな。もちろん、国連が求めた取り組みは何らかの形で継続されているのだろうけど。ところで、その10年がきっかけとなって、世界中が人権教育を見直すこととなったわけですけれども、日本の場合はイマイチのりが悪くて、国内行動計画にしろ国連が求めた中身のうち、ごく一部だけが実施されたに過ぎません。
たとえば、特に力を入れて研修を実施するように求めた行政や司法関係者、権力が集中している人たちに対する人権教育が熱心に行われたという話を聞きません。どのような人たちが対象になっていたかというと、一般の公務員はもちろんながら、裁判官、警察官、教師、マスコミ関係者というから、びっくりというか、なるほどというか、日ごろから国民を取り締まったり、教える側にいる人たちにもっともっと人権教育をという発想は日本人からは出てこないような気がします。
もっとも「教育」という考え方が日本と国際社会とではずいぶん違っているようで、日本では誰か偉い人がいてその人たちにご指導賜るという一方的なものになりがちであるのに対して、国際社会では「教育」が権利として位置づけられているようです。ま、それはともかく、日本が人権感覚において国際社会から大きく遅れていることは、冤罪事件の解決にどれだけ熱心かということひとつをとってもあきらかであります。
国の方は、少なくとも人権という問題に対して消極的でありますから、私たち国民の側で国連の提案を受けて、それぞれが創意工夫を持って臨んでみるのもええことです。たとえば、世界人権宣言の分かりやすい訳文(詩人の谷川俊太郎氏のものや大阪教育大学の森実氏のものなどがあります)を家の中や職場、学校、公民館などに貼ってみたらどうですかいな。そんなことから、勇気がわいてくる人もいるのかもしれません。
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