奄美の吉

奄美らしさを 発信できればと思っています。

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サトウキビの刈り取りが終わった畑に、白鷺か群れていました。

サネン花も咲いていました。散髪屋で夜光貝高背貝の磨き途中のをパチリ 

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鷺が沢山きてますね。こちらでも畑を耕したあとに鷺がたくさん集まりますね。鳥も虫が沢山いるところを知っているんですね。 真珠のような光沢がなんともいえないですね。

2007/4/26(木) 午前 7:44 [ bonta2261 ]

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bontaさん 毎朝早速のコメント有難うございます。自然に生きる鳥類 動物 植物などの本能でしょうか すごいですね。

2007/4/26(木) 午前 8:03 [ yos*ii*120*000 ]

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夜光貝の磨かれた姿は何度も目にした事はありますが、高背貝の磨かれた姿は初めて見ました!!どちらも、とても綺麗な形ですね♪一番下のお写真の花は何という名前でしょうか?とても綺麗☆

2007/4/26(木) 午後 0:42 twi*875*1

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双子座さん私は花のことは分からなくて目に付く花を片っ端から移しているだけ手する

2007/4/26(木) 午後 1:36 [ yos*ii*120*000 ]

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「アンゲロニア」なのでしょうか「セントポーリア」だったりして、どちらも違う気がします

2007/4/29(日) 午前 7:44 あっちゃん

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アンゲロニア セントポーリア どちらも確定するには至りませんでした。

2007/5/2(水) 午後 4:54 [ yos*ii*120*000 ]

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ヤコウガイ(夜光貝)やゴホウラガイなどの南海産大型巻貝は、沖縄や奄美などの琉球弧で獲れ、弥生時代頃から九州等との交易品として流通していた。
その後南海産大型巻貝による交易は中国などへも広がっていき、活発化していく。

ゴホウラガイやイモガイは北部九州弥生人に珍重され、貝輪(腕輪)として使われた。
ヤコウガイは、螺鈿細工に使われ、唐の時代(7世紀〜9世紀)には中国から多くの需要があった。その後は本州からも需要があった。

土盛マツノト遺跡、用見崎遺跡、小湊フワガネク遺跡(いずれも奄美市)などといった6-8世紀の遺跡からヤコウガイが大量に出土している。
こうした大量出土の遺跡のほとんどは奄美大島北部に集中しているが、その貝殻の量は先史時代の遺跡と比べ圧倒的に多いため単なる食料残滓の廃棄とは考えにくく、加えて貝殻集積の周辺部分より貝匙の破片も出土していることから、貝殻は原料確保としての集積の可能性が考えられる。
あるいは、平安時代以降、ヤコウガイは、螺鈿や酒盃などとして、日本本土で多く消費されているが、その供給地としての役割をこれらの遺跡付近の地域が果たしていたこと

2017/9/17(日) 午前 10:15 [ 奄美は人も自然も食物も良かった ]


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