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岩崎鉄道広報部ブログ
関東に移住した変な奴がいろいろとボヤく奇妙な脱法ブログ

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日野ブルーリボン。

自分が最も好きなバスの種類である。
どれだけ好きなのかはこの記事を見たほうが早いかも(
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かつてこの顔と言えば広電バスの主力という雰囲気だった。
広島市内のどこに行っても必ずこの顔が来てた。
しかしいつ頃からか、当たり前の存在だった彼らは珍しい存在へと変わってしまった。

そんな3月下旬のある日・・・
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3801を撮っていたら偶然、奥の方に2台もやってきたのだ。
最初はただの回送かと思ったが、何かが違う。
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そう、これは山口県内へ向かう廃車回送だったのだ。
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1台目は分からないが、2台目は広島北営業課の広島22く35-57「24568」だった。
この個体を見るのは何気に初めてだったが、虚しさしか残らなかった。

追っかけてみようと試みたものの。追っかけれる交通機関は存在せず、撃沈。
初めて「広電ブルーリボンが去って行く」風景を目撃してしまったのだ。

その後市内をうろついてると。。。
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広島22く33-77「64537」
江波のLED改造車こと3377
この時は一向に引退する気配がなく、このように元気にしていたので大丈夫だと言い聞かせ一安心していた。

しかし、これが私が見た公道を走るブルリの最後の姿となってしまったのだ。



4月に入り、Twitterで「P代が消滅した」というツイートが。。。
まさかと思い江波車庫へ直行。

そこにあった光景は信じられないものであった。
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ナンバープレートは剥がされ、方向幕も抜き取られた哀れな姿のブルリが鎮座していたのだ。
その姿はまるで生気を失ったようにも見えた。

早速許可を得て構内へ潜入。
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広島22く35-59「64570」
まず最初に現れたのは己斐峠用の生き残りである彼。
自分にとってのバス好きになった原点とも言えるグループだ。
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2014年1月頃の広島北営業課時代の姿。
(当時は24570)
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思えば彼が己斐峠で走っていた頃は私は3・4歳くらいの頃だったかな。
しばらくして中型メインのボンバスに置き換わってしまった。
だけどこの巨体が己斐峠の狭い道と戦っていたあの勇ましい姿は今でも鮮明に覚えている。
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黒く塗りつぶされた広電のマーク
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「広電バス」の文字もすっかり黒く・・・
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できるなら今すぐ購入して永久保存したい。。。
だけどそんな財力などというのは無いという現実。。。
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切り取られたナンバープレート
もう二度とお客さんを乗せて走ることはない。
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12月頃にかつての持ち場であった己斐峠を貸切で通り、古巣の五月が丘に帰ってきたことがありました。
十数年前の当時を知る立場なので、見てみたかったです。。。

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広島22く33-77「64537」
15年前からLEDを搭載する、ちょっとした名物車でもありました。
おそらく現役最後のP代だったと思われます。
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1年前の様子。
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この日は塗料系の作業をしていたため、ビニールに保護されていました。
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後ろもご覧のとおり。
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特徴的だった側面表示機もご覧のとおり、何もありません。
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車内は時が止まったままです。
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運賃箱は既に取り外され、変速レバーなどが丸見えです。
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特徴的なロゴ
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この丸い目を見ると安心する気がする・・・(

あとP代ではありませんが、巻き添え食らった子がいたんで。
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広島22く37-21「54590」
こちらはU代の車両であり、先ほどのP代とは全くの別物です。
この車両は仁保所属であり、江波へ疎開されてきました。
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2月頃に向洋新町で見かけていました。
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車体の状態は良く、おそらく巻き添えを食らって廃車になったのでしょう・・・
残念だ。

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広島22く33-82「34543」
こちらも先ほどの3721と同じ仁保所属でした。
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2月頃に広島駅→向洋新町→県庁で乗車したこともあり、思い出深い車両でした。
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車内は3377とは違い、部品が放置されていました。
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左から3382(P)、4079(U)、1965(U)
一番右の超違和感はともかく、ブルリ3種類の顔が並んでました。
U代も夏まで持ちこたえてくれるかな・・・

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広島22く33-81「64541」
この車両はごく一般的な江波の1台でした。
三菱重工の特定輸送にも使用されていました。
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2015年1月頃のようす
これくらいしか運用中の写真見つからん事案()
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江波のブルリもそれなりに思い出があり、保育園に毎日通園する時絶対見る存在でした。
他にも一度だけブルリに乗って牛田早稲田に行ったのもいい思い出です。
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時間がとまったままの座席
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なんともこの日は真横にはP代を置き換えた最新鋭の新型ブルーリボンハイブリッドがおり、まさに世代交代を感じさせるシーンが展開されていました。

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車庫内をひととおり見たんで、撤収〜
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・・・ところがどうした訳だろうか。先に全然進めない。
いや、本能が動こうとしないのだ。

なぜだろうか、幼い頃からずっと飽きるほど見てきたのに。
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気づけば3381の目の前に突ったっていた。
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その後はいろんなアングルから撮ってみた。
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ブルリを見ているうちに、いろいろな思い出が蘇ってきた。
広島に住んでいたあの頃は物心付いた時から必ず近くにブルリがいた。
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遠くから見ていたら気づかないこともたくさんあった。
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ブルリの身体は既にガタガタだった。
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この車両は平成2年の登場から約25年、今日まで広島の街をずっと走り続けていた。
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そういえば今は春。
春といえば卒業の季節でもある。
あの桜はブルリにとっての花束でもあるのだろうか。
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その優しい独特な表情はどこか遠くを見つめているようにも見えた。
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でも、別れというものは必ずくる。
残念だが、ここでお別れだ。と言わんばかりに帰る時間に。
もう二度と会えないP代のブルリ、大好きなブルリとの永遠の別れ。
いろいろな思いを胸にしまい、江波車庫を立ち去った。
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車庫を出るないなや、忘れんでくれと言わんばかりにU代のブルリが飛び出してきた。
P代とは二度と会えないが、もしかしたらそっくりな彼らにはまだ会えるかもしれない。。。

せめて夏まで生き残ってくれますように。
そんな思いを残しながら広島を去った。

無事帰還しましたぜ✩

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やっと函館から帰ってきましたw
18日も家を空けていたので、何とも言えない気分()

今回の旅は実に19日間あり、日本中を回ってきますた。
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各地で収穫したネタは大小様々。。。
まあ、少しづつ紹介していくつもりです〜
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他にも秋葉原で非公式オフ会を開催したり。
(※告知しておらず、グループ内のみのオフ会は非公式扱いとさせています。)
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京都では某プラ物製作者OBさんらと撮影会を広げたり。
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ほかにもその場に居合わせていた人達をフォローし合ったり、ちょいと裏で揉め事があったりと、波乱万丈な旅でございましたw

とりあえずやりたいことは休ませて(
でわでわ〜

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