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今まで図鑑表記にしてた当コーナーですが、メンドくさいんでやめます()
先日、福岡市のさつき幼稚園に行ってきました。
22-77
元R21編成の東京側先頭車です。
1990年6月に民間払い下げ初の新幹線電車として、さつき幼稚園にやって来ました。
(補足:公式ページには22-75と書かれていますが、正しくは22-77です。22-75は青海鉄道公園に保存されてる個体です。)
このグループは初期車の内、大阪万博輸送用の10次車に該当します。
最末期は小倉ー博多専用として活躍していたらしいです。
0系初期車の特徴とも言える大窓も健在です。
妻板は思った以上にシンプルでびっくり。
連結器もなければホロもない。挙句の果てにはパンタもありません。
車番部分
昭和44年日立製作所製です。
消えかかってるR21の文字もうっすらと見えます。
こういうのを見ると「ああ、幼稚園なんだな」と感じさせてくれますw
うっすらと見える6号車
運転席
スカート
このスジって・・・
この車両は搬入時に2つに分けて搬入しており、よく見ると溶接跡が・・・()
当時は車内に入れませんでしたが、許可が下りれば入ってみたいと思いますね〜
でわでわ〜
おまけ
ちらっと福岡タワーが見えました。
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保存車列伝
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詳細
コメント(3)
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公式エンド
日本国有鉄道D51 300号機
このカマは1934年に製造され、落成当初は東北・上越地方を根城にし、最末期は厚狭機関区で過ごしておりました。
1972年の廃車時に殿町児童公園に設置され現在に至りますが、以前は手入れされることなく放置され、悲惨な状態となっておりました。
公式エンド 放置時代
デンダー寄り
このように状態はもはや「保存」とは言い難いものとなっており、以前紹介した北九州市の9600形19633号機や八女市のD60形D60 27号機(※未訪問)、淡路島のD51 828(※未訪問)、犬上郡のD51形D51 1149(※未訪問)等と並べてワースト3に入ってもおかしくないと言われていた。
だが、2014年9月に地元の住民と全国から集まったボランティアの皆様の手によって現在の姿に復元されました。
サイド
before
after
以前は赤みがかっていたボイラーも今では黒く光ってます。
キャブ付近
before
after
キャブ内はまだ整備中の様でした。(訪問時)
車体
before
after
雑草が生え放題だった線路周りも除草され、見栄えが良くなっております。
(画像はシリンダーカバーですが、キャブ等にも穴が目立つ部分があります。)
これらも修復してくれるとうれしいのですが・・・
修復後 撮影日 15.1.18 撮影場所 殿町児童公園
修復前 撮影日 14.6.22 撮影場所 殿町児童公園
車両データ
昭和9(1934)年10月31日 新潟局新製投入→昭和9(1934)年11月2日 秋田機関区新製配置→昭和18年(1943年)5月10日 坂町機関区転属→昭和19年(1944年)9月24日 長岡機関区転属→昭和21年(1946年)2月8日 岡山機関区転属→昭和21年(1946年)2月13日 柳井機関区転属→昭和33年(1958年)10月10日 正明市(長門)機関区転属→昭和34年(1959年)3月24日 厚狭機関区転属→昭和47(1972)年12月1日 廃車→年月日不明 殿町児童公園に保存→平成26年(2014年)9月頃 補修工事施工 最終配置 厚狭機関区 |
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公式エンド
JR西日本0系1000番台「22-1047」
この車両は1979年から製造された0系28次車の最終増備車であり、従来運行されていた22形3〜5次車置き換え用として落成した。
この区分から2+2編成対応化の為、床下機器の位置を変更している。
この車両はこだま用のK77編成に組み込まれ、昭和60年にSK10編成、平成元年にR26編成、平成12年にQ3編成と、落成から引退まで、こだま用として生涯を過ごしていた。
平成12年には新下関乗務員訓練センター完成と同時に改造され、訓練車となり、平成21年に100系P2編成に置き換えられた後、消息不明となっていたが、平成24年に開催された「新幹線ふれあいデー」で突如出現。
この公開に向け整備が行われたため、現役時代さながらの姿になっている。
平成26年にはNHKドラマ「妻たちの新幹線」撮影に向け、1000形B編成スタイルに化粧され、新幹線ふれあいデーにて展示された。
JR西日本所属の証である「青いJRマーク」
実際、「Q3編成」として営業走行したのは1年に過ぎなかった・・・
撮影日 12.10.21 撮影場所 博多総合車両所
以下ギャラリー
新下関乗務員訓練センター時代
撮影日 08.11.16 撮影場所 新下関乗務員訓練センター
車両データ
昭和55年(1980年)1月10日大阪交番検査車両所新製配置(?)→昭和60年(1985年)K77編成(16連)からSK10編成(12連)へ組み換え→平成元年(1989年)SK10編成(12連)からR26編成(6連)へ組み換え、博多総合車両所転属→平成12年(2000年)R26編成(6連)からQ3編成(4連)へ組み換え→平成12年(2000年)12月1日新下関乗務員訓練センターへ移動、廃車→平成21年(2009年)1月4・5日博多総合車両所へ向け回送→平成24年(2012年)10月21日新幹線ふれあいデーにて公開→平成26年(2014年)10月19日ドラマ撮影の為、1000形B編成風に化粧され展示 最終配置 新下関乗務員訓練センター |
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第6回は・・・
公式エンド
西日本鉄道600形(軌道線)「611」号車です。
非公式エンド
この車両は北九州線開通(九州電気軌道時代)当初より運行されていた1・35形電車を置き換える目的で登場しました。
外見はシールドビーム化・冷房化を行っており、最末期のスタイルで保存されています。
福岡市のかしいかえんにも同じ600形621号車が保存されているが、こちらは原型ライト・旧塗装なので、最末期のシールドビーム・新塗装で残るのはこの611号車のみである。
外見の状態はあまり良くはないものの、定期的に補修されている模様。
近畿車輛製はFS-51を採用。
車内の状態は良好といえる。
当時の広告類が今も残る。
撮影日 13.11.30 撮影場所 苅田小学校
車両データ
昭和26年(1951年)砂津車庫新製配置→昭和45年(1970年)頃ワンマン化→昭和56年(1981年)頃車体更新→昭和58年(1983年)頃シールドビーム化→昭和61年(1986年)頃冷房化→平成4年(1992年)10月26日西黒崎車庫転属→平成12年(2000年)11月27日廃車→平成13年(2001年)?苅田小学校へ譲渡 最終配置 西黒崎車庫 |
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今回で記事が100件目になりましたw
100件目記念の第4回目は・・・
機関車本体
JR九州8620形蒸気機関車「58689」号機です。
デンダー車
このカマは1922年に製造され、最末期は大分運転所で過ごしました。
門鉄デフを装備し、九州らしい8620形である。
2012年頃まで豊後大野市の老人ホームに保存されていましたが、
改装の際に、JR九州がSL人吉牽引機58654の予備部品確保のために購入しました。
その後、多目的検修場内に保管され、小倉工場まつりの時に一部が見れましたが、2013年の開催以降、行方不明となっています。
ボイラー周り
ちなみに門デフは撤去済み(58654に転用か?)
ナンバーも健在している。
※この機関車は、現在行方不明です。情報頼ム!
撮影日 13.10.20 撮影場所 小倉総合車両センター
車両データ
大正11(1922)年11月早岐機関区新製配置→昭和7年(1932年)9月頃鹿児島機関区転属→昭和14年(1939年)11月頃宮崎機関区転属→昭和17年(1942年)11月頃豊後森機関区転属→昭和34年(1959年)6月19日門デフ装備→昭和43年(1968年)10月頃大分運転所転属→昭和47年(1972年)7月10日廃車→昭和47(1972)年8月17日三重町へ無償譲渡→昭和49(1974)年1月頃保存→平成24(2012)年6月頃JR九州が購入、小倉総合車両センターへ移転→平成26(2014)年10月時点行方不明 最終配置 大分運転所 |



