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広電3501号は近年まで荒手車庫の奥に放置されていましたが、2015年11月29日未明に江波車庫へと疎開されました。
そんな彼の現状を紹介します。
最初に行ったのは2015年12月28日。
この時点で疎開からちょうど1ヵ月が経過しています。
早速許可を得て構内へ。
奥の方にいました。
荒手留置時代は時々パン上げして機器維持していましたが、見た感じパン上げはしていないようです。
運転台周り。
相変わらずのギリギリすぎる停止位置()
特徴的なハトマークは真っ白に退色してしまい、何がなんだか・・・(汗)
2012年に修復されたものの、3年も放置してるとこんなになるのか・・・
3501C
3501A
方向幕に至っては全く変わってないようですね()
止まったままの方向幕。
江波車庫に疎開されるという事は・・・
一体どうなるのでしょうか・・・
以下2月12日撮影。
再び出撃してきました()
この時は3501号のキーを見ることができました〜
そして本体の方は変化なし。
広電側では「休車」と公言しているので、今後が気になります・・・
でわでわ〜
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鉄道車両記録新書
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コメント(3)
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旅先の〇〇シリーズ第5弾は長ナノ所属211系の気になった部分です。
以前、長野に行った際に211系に乗りました。
いつものように前面展望していると、気になる部分が・・・
それがこの方向幕指示器
全70コマあり、気になる内容は・・・
1.回送
2.試運転
3.臨時
4.団体
5.快速
6.普通
7.
8.長野
9.篠ノ井
10.聖高原
11.明科
12.松本
13.塩尻
14.辰野
15.岡谷
16.上諏訪
17.茅野
18.富士見
19.小淵沢
20.韮崎
21.甲府
22.
23.穂高
24.有明
25.信濃大町
26.白馬
27.南小谷
28.岡谷 辰野経由
29.松本 辰野経由
30.木曽福島
31.上松
32.中津川
33.駒ヶ根
34.飯田
35.
36.快速 長野
37.快速 松本
38.快速 塩尻
39.快速 穂高
40.快速 信濃大町
41.快速 白馬
42.快速 南小谷
43.快速 直江津
44.
45.
46.河口湖
47.塩山
48.大月
49.四方津
50.相模湖
51.高尾
52.立川
53.八王子
54.豊田
55.新宿
56.ホリデー快速鎌倉号 鎌倉
57.ホリデー快速鎌倉号 大宮
58.ホリデー快速鎌倉号 南越谷
59.
60.
61.豊野
62.黒姫
63.妙高高原
64.新井
65.直江津
66.しなの鉄道線 戸倉
67.しなの鉄道線 上田
68.しなの鉄道線 小諸
69.しなの鉄道線 軽井沢
70.
・・・見たらわかるとおり、かなりヤバイ内容です(大糞核爆)
※画像は元長ナノ現しな鉄115系
見た感じ、長ナノ115系+八トタ115系の内容を足したような感じです。
それにしても直江津や中津川や南小谷、しなの鉄道線や富士急行線どころか新宿・鎌倉・大宮・南越谷の文字が入ってるとは・・・
・・・長ナノ211系、なんて恐ろしい子!
でわでわ〜
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先日、パンク修理の為に芦屋町内を回ってると、以外な物を発見しました。
それがこちらのレール。 一見すればただのレールです。 しかし気になったのはレールのサイズ。 主は残念なかまらそこまでレールに詳しくないのですが、明らかに国鉄用50kgレールより小さい。 そしてひとつの鉄道の存在が頭を過った。 これはあの「芦屋鉄道」のレールではないだろうか?と 芦屋鉄道は1915年に遠賀川〜西芦屋間が開通した軌間762mmの軽便鉄道であり、1932年に廃線になっている。 レールの所有者いわく既に生まれた77年程前。つまり親の世代からあるとの事で、廃車になったのは今から83年前。 見事に一致する。 (同じく762mm軌道があった大君炭坑は1962年閉鎖・工事軌道があった芦屋基地完成は1942年なので一致しない) 以前は部品修理の土台として使われていたそうで、今は隅っこに保管されていた。 もしこれが芦屋鉄道のレールだとすれば、貴重な芦屋町の財産になるかもしれない・・・? でわでわ〜 ※レールは許可を得て撮影しています。 |
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C104編成は2005年の尼崎脱線事故に伴う保安装置変更の際に岡山→下関へ貸し出され、最終的には下関に転属しました。
そこでこの記事では2010〜2015のC104の画像を張っていきます。
2010年3月28日
最初に発見し撮影したのが幡生工場構内。(顔串刺しは気にしないで)
この日は検査(?)で入場しており、解体予定の103系ヒロB編成と並んでました。
7月4日
この日は初めての乗車であり、全区間ぶっ通し(下関→新山口)で乗車しました。
ちなみにこの頃はまだレッドテールでした。
11月27日
下関にて今亡きJR九州の415系Fm5編成とのツーショットが実現しました。
よく見ると案内表示も幕式なので懐かしいですw
C104に乗車し、新下関まで乗車しました。
一方この日は逆に新下関→下関で乗車しました。
2011年夕暮れの下関駅にて発見〜
同じく元福知山出身の115系1500番台T14編成と並びました。
ちなみにC104の夜景はこれしかなかったり()
この日は広島に帰省する際に下関→新山口で乗車
下関発車前に廃車回送される103系クハ103-65以下4連と並び、幡生付近では並走を繰り広げました。
厚狭駅では長時間停車を利用してパチリ。
無事に新山口へ到着しました。
8月25日
何故かテールライトを撮ってました()
幡生駅にて一枚。
2012年7月24日
ここに来てテールライトに変化が。
最初はやっぱり違和感の塊でしたw
11月3日
この日は幡生工場を覗いており、跨線橋で遭遇しました。
2013年厚狭駅にて下り列車をパチリ(
2014年新山口駅で逃げられたというね(
10月18日
この日は幡生工場開放があり、全般検査中の同編成を見ることができました。
このまま末期色になるかと思われましたが・・・
2015年1月2日
幡生から出てきた姿はまさかの福知山色!
この日は車庫にて休んでいました。
出場からしばらく経過しているため、若干汚れています。
6月28日
下関駅にて発見
この頃からくたびれてる感が感じてきました・・・
8月8日
この日も下関→新山口で乗車
これが最後の乗車になろうとは思いもしませんでした。
10月に入り、ついに運用離脱してしまいした・・・
10月27日
日にちによってはよく見えることもありました。
11月4日
主にとってはこれが最後の出会いでした。
この当時はどことなく寂しそうな表情をしていました・・・
そして11月26日、約10年程住み慣れた下関の地を去り、大阪へ帰って行きました。
そんな新しい大阪駅に止まる彼の写真を見たときの10年間で様変わりした近代的なターミナル駅にひょっこり戻ってきた10年前の姿の電車の風景。
まさにC104自身が「浦島太郎」みたいな様子でした。
今後は先頭車が廃車。中間車が和歌山地区に転属みたいな情報が流れています。
そんな彼の今後の新たな活躍に期待したいです。
でわでわー
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