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今回はそんな103系の写真を上げます。
広D-01瀬戸内色時代
末期色化直後
安芸路ライナーで爆走する瀬戸内色
広島駅にいた末期色
広島運転所最後の103系であり、ダイヤ改正直後の3月14日まで運行されました。
特徴は全車両が純粋な0番台車で統一されており、日本最後のクモハ103-0形も組み込まれていました。
広D-02安芸路ライナーとして向洋を通過する末期色
この車両の特徴は先頭車のクモハ103-2500形であろう。
この車両は片町線向けに先頭化改造を施した車両であり、207系に置き換えられた後に広島地区へとやってきたのである。
広D-03瀬戸内色時代
末期色
広島駅を去る瀬戸内色
広島駅で小休憩をとる末期色
この編成は先ほどのD-02と仕様はほぼ同じで、違う点は強いて挙げればWAU102形分散冷房装置の製造所違いであろう
105系との並び編ゆうパック×瀬戸内
末期色×瀬戸内
末期色×末期色
広島駅ではこのように105系や元103系である105系4扉車と顔を合わせていました。
過去には4連も居ましたので、ついでに公開します。
画質が汚くて申し訳ございませんm(_)m
広B-07B編成は広島地区生え抜きの編成に与えられた番号であり、中には戸袋窓が現存していた編成もいました。
広E-04E編成は他線区から転属してきた103系の編成番号として扱われていました。
画像の車両はJR東日本から購入し、組み替えたものです。
その際、一時的に方向幕が「試運転」を掲示していました。
広E-07E編成としては最後まで生き残った編成で、元は岡山電車区に在籍していました。
広ヒロ転属後しばらくは最後のマスカット色を維持していましたが、後に瀬戸内色になりました。
あとがき〜
いつしか「広島駅に行けばいつで会える。」そんな存在の電車でした。
毎回毎回広島へ帰るたびにいつも広島駅で見かけていたあの電車。
でも今はもう居ない・・・
「いつも会える存在」が消えてしまい、大切ななにかをひとつ失った。
そんな気分です。
かつて103系がいた場所には、最新型の227系電車が後を継いでおり、幼い頃から見てきた広島駅が少しずつ変わっています。
今後はこの227系電車にエールをおくることにしよう。
その姿に103系の影を映しながら・・・
おまけ〜
2011年頃、大量の103系が下関にやってきた時期があったのでその画像も公開します。
彼らは廃車解体のためにここへやってきたのです。
下関でセキC104編成と出会う。
幡生に到着した彼らは解体の時を静かに待つ・・・
青く澄み渡る空と青い車体が哀愁を漂わせます・・・
スカイブルー以外にも、関西ウグイス103系や・・・
バーミリオン103系のサハもやって来ました。
3色の並び
この様に大量の103系が送り込まれ、一時期は103系だらけになっておりました。
さらに、留置の関係で面白い組み合わせもありました。
先頭車同士が連結されたり・・・
スカイブルークハ&モハユニット+バーミリオンオレンジサハ
スカイブルークハ+ウグイスモハユニット+スカイブルークハ
このような混色編成が見られました。
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※衝撃画像出てきます。
3月16日未明、小倉総合車両センターにてキハ58 569号車が解体されました。
同車は大分車両センター(分オイ)に所属しており、かつては臨時列車「TORO‐Q」として走行し、2009年からは「リバイバル急行」として九州島内を駆け巡りました。
リバイバル急行終了後は大分車両センターに留置されていましたが、2013年6月5日に廃車回送され、ここへやってきました。
長年お疲れ様でした!
廃車との疑惑が立っており、今後が気になる車両でもあります。
方向幕は1箇所を除き全て抜き取られ、紙幕が掲示されていました。
KKに到着すると、早速DE10 1637に推進され留置線に入って行きました。
おまけ〜当時の入場車両達
大分これくしょん(?)
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