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『中東の笛』などとマスコミで騒がれている。 |
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祭りの後といった感じのわが町です。 昨日のローカルTV局のサッカー番組では高校サッカーを取り上げていましたが、 もう遠い昔の話みたいな印象です。 (そんなに仕事が忙しいわけではないですけど・・・) 正月はいろいろイベントがあったが、気が付いてみると運動をあまりしていなかった。 ジーンズがきつくなってきているのは判っていた。 しかし、普通ジーンズのチャックの上のボタン(何て言うのあれ?)が壊れたりしないだろう? 壊れたと言うか、折れちゃったんだよね(笑) まあ、中国で700円(日本円)で買ったものを3年ほど穿いているんだから元は取れているんだろうけど・・・。 『これはイカン!』 と、日曜9時から自転車に乗って出掛けた。 「何処行くん?」とお袋が聞いた。 「ちょっと自転車でぷらぷらして、買い物。」と答える。 走るルートは決めていなかった。 とりあえず大井川に出てマラソンコースに出ようと思った。 大井川の河川敷には『リバティ』という市民のためのマラソンコースが整備されている。 ここは自転車も走れるのだ。 アスファルトに赤い色をつけている。(上写真の道) 上流へ向かってぐんぐん走る。 向かい風だからスピードは出ない。追い風の時にはそんなに力を入れなくてもすごいスピードが出る。 そう考えると、『車だって向かい風の時には抵抗が大きくて燃費も悪いんだろうなー』と思えてくる。 最近は信号で止まっている時にはエンジンを止めるようにしている。 しかし、朝の寒い中暖房を止めて我慢するのは辛いし、夜暗い中でエンジンを止めたらテールランプが点いてなくて後続車に追突されるのもイヤだなー。なんて言い訳をしながら時々しかやっていない。 ハイブリッド車ならその辺りは解消できるのだろう、しかしそんな金はないし・・・。 そうだった、自転車で走り出したんだ。 久しぶりに静岡空港の工事の進捗具合を観に行こうと思った。 どのくらい距離があるのか考えてはいなかった。おそらく10km以上走らないといけないし、途中坂道もあることは知っていた。 40分くらい走ると『静岡空港展望台』(こんなものがある)の入り口に着いた。 おっちゃんが手を振っている。 「二輪車は入れないだよ!」 「そうかー。歩いて行けばいい?」 「ダメだー!工事の車が入ってるで!」 「わかったよ!また来るね。」 そのまま帰るのは面白くないので、もう一山登って去年7月の台風で流されてしまった橋を見に行くことにした。 じつは、かの「ギネスブック」に世界最長の木造の橋として記録されている。 以前このブログでも紹介した『蓬莱橋』である。 復旧工事は今年3月までとなっていたが、工事が進んでいる様子は感じられなかった。 <予算を考えながらやるんだろう> この橋に来るのはじつは急な坂を下りてこなければいけない。 帰りは自転車を押しながらヒーヒー言いながら登ってきたのだ(笑) 帰って昼飯を食べようと思っていたが、帰り道に地元で大好きなラーメン屋が新しい店を出していたのに気が付いた。 キムチをのせたとんこつ醤油ラーメン。 約2時間の自転車とラーメン1杯。 さて、どちらのカロリーが高いのだろうか?
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28日に仕事納め。 29日から休みだった。今回の休みは9連休〜! 今回も雪見酒を求めて雪国へ。 連れはいつもの『肥った男』 間違いがないように言っておくが、俺は決して『オネエ』系ではない。(笑) 今回の宿は三国峠の群馬県側。『猿が京温泉』 戦国の世、関東を平定しようとした上杉謙信がここに宿を取り、たいそう気に入ったらしい。 謙信が申年生まれだったため、 「ここを猿ヶ京とするがよい。」 と言って、その名前になったそうな・・・。 でも、ちょっと強引な命名だと思う。 30日から31日にかけて北日本では大荒れの天気と各TV局の天気予報士も言っていた。 太平洋側の静岡はいい天気だったが、待ち合わせの埼玉県羽生へ行く途中、久喜の駅で雲行きが怪しくなってきた。 ヤツから電話が入る。 「おーい、今スゲー雹が降って来た。ちょっと止まって様子を見るから少し遅れるぞ。」 そんな空の色だった。 その後落ち合ってそのまま目的地へ。 晴れ間がさしてきたが風が強く、高速道路ではハンドルを取られそうになった。 途中立ち寄ったSAではさる有名政治家を目撃。 「口は曲がっても政治はまっすぐです!」 聞こえないように二人で言いあった。残念ながらカメラを持っていなかった。 宿の食事はそれはそれは美味く。 『豚シャブ』がメインだったが酒がすすんでしまった。 ここで、猿ヶ京の関所の話をしましょう。 『関所ホテル』の横に小ぢんまりと構えている。 入場料は500円(コーヒー付き)おじさんとおばちゃんの夫婦二人で守っていた。 聞けば、先祖代々ここを守っていると言う。昔は4軒の家で関所役人を持ちまわっていたらしいが 今ではこの方たちだけだと言う。 謙信のころにはこの道(国道17号)もそんなに大きな道ではなかった。 江戸時代になって参勤交代をするようになって越後の大名が道を整備していい道になったと言う。 いつの世でも政治で道ができるものなのだ。 置いてある資料は豊富で、あっと驚くようなものも人によってはあるかも知れない。 そんな関所資料館です。 因みに、資料館は靴を脱いで上がるのだが、すこぶる寒い。 その後、コタツに入ってのコーヒーと老夫婦の話が暖かいのです。 気さくな老夫婦の話を聞きたい人は一度お立ち寄りを。
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さて、久しぶりにログインしてみました。 このところ、『円高・サブプライムローン』の影響で公私共に経済は火の車(笑) 投資信託だってどん底・・・。 気を取り直して、更新しましょう! 鬼怒川温泉に行ったのはすでに一ヶ月前(笑) 2泊3日でゴルフをしようと高校の同級生と行ったのでした。 ゴルフは楽しかったけれども、自分のスコアにちょっと納得できないので ここでは一切触れません。 ゴルフの次の日は年休を取っていたので、月曜日にゆっくり帰ることにしたんだ。 ホテルを出た時には、 「いろは坂から奥日光まで行けば、紅葉が綺麗だろう。そのまま沼田まで抜けて帰ろうでは?」 と言っていたのだが、いろは坂まで行く前に大渋滞・・・。 「ダメだな、こりゃ。引き返そう。」 ヒロキが諦めた。 ヤツはガイドブックをパラパラめくりながら思案している。 俺は日光宇都宮道路を宇都宮方面に車を進めている。 「よし!栃木だ!」 「ここは栃木県だぞ。」知っていてボケる。 「そんなボケには付き合いきれんな。栃木市は蔵の町だ。行ってみよう。」 「了解!」 そして、駅前の駐車場に車を停めて徒歩で散策する。 盗難防止のためETCカードを抜いた。 運河なのか川なのかよくわからないが、蔵の町並みが新鮮に写る。 「倉敷の蔵なんかは張りぼてが多いが、ここはすべて本物だ!」ヒロキも感動していた。 そして、『塚田歴史博物館』へたどり着く。 ロボットのお婆さんが最初に案内をしてくれる。 (横にいるおじいさんと猫もロボットで動くのだ) この塚田家は江戸時代から材木問屋として栄華を極めたと言う。 その当時の蔵や別荘(家主の隠居部屋)などを公開している。 なるほど、材木問屋だけあって床柱など俺でも知っている高級な材木を使用していた。 食事をして車に戻り、 「さあ、静岡へ帰るぞ!」 インター目指して走る。 ほどなく栃木インターへ。 ETCゲートをくぐろうとするとゲートが開かない! 車に乗り込む時にカードを入れ忘れたのだ!! 後ろからはトラックが来ている。 「お客様、運転席を降りてちょっと後ろのチケットを取ってくださーい!」 スピーカーから面倒くさそうな声が聞こえる。 俺はもうウロタエテしまった。 急いでチケットを取り、発車させた。 そこで、また間違いをおこす(笑) 「おーい!”福島方面”だぞ、そこはー!」ヒロキが叫ぶ。 「おーー!もう間に合わん!」 ウロタエタ俺は東京方面ではなく、福島方面つまり静岡とは逆の方へ乗ってしまったのだ。 「仕方ないな、次のインターまで行って引き返そう。」ヒロキは優しい。 「すまんな。」 そして、貴重な30分を費やしてUターンし、無事に戻って来たのでした。 しかし、”圏央道”が八王子まで延びていたので、思ったより早く戻ってこれたのでした。 今回の教訓。 『ETCカードは忘れるべからず!』 いつもなんか抜けてんだよな、俺って・・・
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『北関東の悪魔』こと高校時代の親友(悪友?)と合流し、ホテルにチェックイン。 14時だったけどチェックインできた。 男が四人で泊まるのだから、結構適当だ。 時間が早いので、車で出掛ける。 最初は『竜王峡』 (ここで撮った写真は”おいちゃんの部屋”にもUP済み。) 200万年ほど前に火山が噴火してできたところを鬼怒川が削ってできたものだと言う。 入り口からいきなりくだりの階段を降りていくのだ。 どのくらいだろう?50mから70mは降りたか? 途中滝があったりした。 下に降りると・・・何があるわけではない(笑) 一緒に降りていたツアーのおじさんたちは早々にまた登っていった。 川の水が緑色なのはなぜなのか? 誰か教えて! その後、『湯西川温泉』へ登っていく。 「道の駅湯西川」で情報を得る。 写真はないが、『水陸両用バス』での観光もあるらしい。 「この『水陸両用バス』ってなんだー?」 「なにかなー?昔、TVでやってた『走れ!K100』って知ってる?あの機関車は水陸両用車だったな。」 「しらねーよ!」 「つまんねーな、大野しげひさが運転して日本縦断したんだぞ。今は『セニアカー』のCM出てるけど・・・」 「だから知らないって!」 そして『湯西川温泉』の『平家の里』へと行くのでした・・・。
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