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最中もなかなか

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桑名といえば「その手は桑名の焼き蛤」の言い回しでも有名な、はまぐりの産地。
今では本物のはまぐりはあまり獲れなくなってきていて、桑名産のはまぐりは高級品だそうです。
そっちはなかなか手が出ませんが、はまぐりの形をした 「もなか」 なら・・・、と思いながら桑名をドライブしていました。すると 「はまぐり最中」 の文字が。迷わずお土産に決定。

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お店の紋が小豆色と緑色で印刷された包み紙。
小豆色は粒あん、緑色がこしあんです。
この鳥は千鳥でしょうか?雀でしょうか?かなりくちばしがデフォルメされているのが気になります。

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ご存知でしょうが、これが本物のはまぐり。
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こっちがもなかのはまぐり。
形をかなり忠実に再現しています。蝶番の部分にある黒い突起物もきちんとあります。
それだけに、もなか本体にも大きくあしらわれているお店の紋がちょっと残念でもあります。

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中のあんこ(写真はこしあん)はちょっと柔らかめです。日持ちをさせるためか、皮のパリッと感を残したいためか、もなかのあんこは硬めに仕上げられていることが多いように思いますが、こちらはとろ〜っとしたあんこでした。
奈良の吉野は昔から柿の産地です。
柿の実だけでなく、柿の葉を使った「柿の葉寿司」も有名です。
そんな吉野の柿を贅沢に使った最中があります。

その名もズバリ「柿もなか」。

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パッケージの柿色が印象的ですね。

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形も柿そのものです。
ちょうど家に本物の柿があったので、並べて撮ってみました。
柿のヘタも、四本の筋もきちんと表現してあります。
本物に比べて平べったいのは仕方ありません。

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中はというと、これが「柿あん」なんです。
ふつう「柿あん」というと白あんに柿を混ぜ込んだもの(だそう)ですが、こちらは奈良吉野産の富有柿のみです。それに水飴や寒天を加え、柚子の皮で香り豊かに仕上げてあります。
見た目や食感は干し柿の柔らかい果肉みたいです。口に入れると柿のあっさりとした甘さと、柚子の香りが広がります。

和菓子は干し柿の甘さを越えてはいけない そうですが、この最中は和菓子の最甘の部類に入るんでしょうかね?
市町村合併により地図上から姿を消した町や村は、全国のいたるところにあります。

かつて三重県に 「美杉村」 という村がありました。
伊勢国司・北畠氏の築いた里や、伊勢本街道として栄えていた宿場町の風情が残る町並みのある山村です。
なによりその名の通り杉の美林に囲まれた村でした。
昭和30年(1955)3月15日、一志郡の7村(竹原村・八知村・太郎生村・伊勢地村・八幡村・多気村・下之川村)が合併して誕生したこの村は、平成18年(2006)1月1日、旧・津市等10市町村で合併し津市となって、50年あまりのその歴史に幕を閉じました。

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あまごめし を買った道の駅で購入した 「美杉もなか」 です。
美杉の里を取り囲む杉の美林をデザインした包装紙。
道の駅からはこういう山々が見渡せました。

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個装はこうなっています。緑の色濃い杉の木が描かれています。
でも包んだ形がなんか変。正方形ではなく、台形ですね。

そのわけは・・・。

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最中がこういう形をしているからでした。
三本の緑の杉をモチーフにした旧・美杉村の村章をかたどった最中だったんです。
いままで見た最中のなかでもかなりユニークな形をしていると思います。
大きさの目安においた百円玉が、なんだか月に見えますね。

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中にはつぶあんと餅が入っていました。
最中には大きく分けて「あんだけ入っている派」 と 「あんプラス何かを入れる派」 があるみたいで、その何かの代表が 「餅」 のようです。あとは 「栗」 とか。
さすがにこの形だと、先端まであんを詰めるのが大変なんでしょうか。杉の木のとがった先端はあんがはいっておらず、空洞でした。でも先端まであんを詰めてしまうと、あんの湿り気で村章のとんがりがヘニャッっとなってしまうから、あえて詰めていないのかも?
瀧原宮 を参拝した後、国道42号線を松阪方面へドライビング。
途中、大台町にある道の駅・奥伊勢おおだいに立ち寄りました。
そこで見つけた最中を紹介します。

・・・の前に、まず歴史のお話を。

中世、南伊勢では北畠氏が大名として威勢を振るっていました。そもそも、伊勢北畠氏は南北朝時代の公卿・北畠親房(ちかふさ)の子孫で、親房の三男顕能(あきよし)が伊勢国司となって一志郡多気に城を築き、多気(多芸)御所と呼ばれたことに始まります。南朝の勢力が衰えてからも伊勢国に勢力を保ち、戦国時代には大和にまで勢力を及ぼす戦国大名となりましたが、第8代当主具教(とものり)のときに織田信長の伊勢侵攻に抵抗して滅び去りました。
・・・以上、ウィキぺディアより。

大台町はこの伊勢北畠氏最後の当主・具教の終焉の地で、彼が再興の機を窺いつつ隠居したとされる「三瀬館跡」や、非業の死を遂げた具教の霊を慰めるため地元の人々が具教没後20年を経て祀った「北畠神社」といった史跡があります。

そしてこの北畠氏の家紋である「花菱」をあしらった最中が、北畠菱もなか です。

・・・やっと最中につながった。

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包み紙はこんな感じです。
歌詞が書かれていますが、何でしょうか?大台町の音頭でしょうか?

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個装です。包み紙の歌詞には「三瀬の城あと」や「夕月」といった言葉が見えますが、それをふまえてのデザインのようです。そしてこの個装紙を開けると・・・。

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いかにも「最中」という四角い形の最中です。中央には「花菱」の紋があしらわれています。
大きさは6センチ角くらい、厚みは2〜3センチはありました。

で、割ってみると・・・。

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ごっ、ご無礼仕りました。きれいに割れませんでした。
北畠様のご紋がこんなにボロボロに。世が世なら切腹です。

中は粒あん。甘すぎず、日持ちさせるためなのかしっかりした固さのあるあんでした。
形も中身もオーソドックスな最中でした。
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GWの前、4月25日に訪れたのは、兵庫県加古川市の名刹・鶴林寺。聖徳太子が建立したとされる歴史あるお寺で「播磨の法隆寺」とも呼ばれています。どっしりとした本堂と、その脇に建つ檜皮葺の優雅な太子堂。国宝建造物が二棟もあるお寺です。
そして境内の数ある建造物の中で目をひくのが、三重塔。修復工事が終わって間もないのか、柱の丹赤色がまだきれいに残っています。
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この三重塔を模ったもなかが、長谷川銘菓堂の「鶴林もなか」。
地元の文化財を模っているので、作りもきちんとしています。さすがに塔上の九輪は省略されていますが、瓦屋根や柱の組物の感じがちゃんと表現されています。
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中には粒あんともちが入っています。このもち、塔を貫くように入っていて、まるで塔の心柱のようです。
たい焼きなら「しっぽまであんこが詰まっている」といいますが、このもなかだと「塔の先まであんこが詰まっている」というのでしょうか。そのうえもちも入っているので、1個でけっこう満足できるボリュームのあるもなかでした。

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