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マイキャット泳ぐ芸術家
ネットで消えゆくブログ記事たち、保存はわざとレトロにファイル作りで自分の手元に残しておきます。

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 久しぶりに読書の記録です。
本は好きなので気がかりな人が出した新刊などはまだ文庫になっていなくて高いですが、今回も現代のクラシックギター界を牽引している福田進一氏のエッセイ集が出たと彼のツイッターから知って、アマゾンからさっそく注文して送ってもらいました。
「6弦上のアリア」はG線上のアリアという題名をもじったのかな・・・なんて思ってしまいましたが、ギターは6弦なのでその世界で繰り広げられる旋律のことをタイトルにしたのかもしれません。
バイオリンではG線って一番低い弦の音だけで演奏できるようにしたのがG線上のアリアだそうです。
じゃあ6弦上のアリアはそのまんま6弦ギターの奏でるギターそのものって思いますが、この本は村治佳織さんの師匠でもあった福田進一氏のギター修業のことが関西人のニュアンスで書きためたエッセイとして興味深く読ませていただきました。
 パリ国際ギターコンクール1位をとるまでの師匠との出会いや、気さくな性格からいろんな交友関係など知ることができて、それに何より彼のギターのコレクションを表紙にいっぱい裏表見れました。

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まだ前回買った、作家平野啓一郎と福田進一演奏の「マチネの終わりに」の本を読んだ記憶が新しいため、なんだかその姉妹編のような親しさで読むことができました。
今回のオマケのDVDも福田進一コレクションのギターの中の「ルネ・フランソワ・ラコート」という表紙の左から2番目の縦型に写っているやや小ぶりの縁に螺鈿の飾りがついた、まるでフェルメール作「ギターを弾く女」のギターに似ているギターで弾いた「F・ソル:メヌエットOP11NO3」の曲がよかったです。
画像2枚目の本の裏表紙の写真です。

 内容は福田進一氏の半生からパリ修行、数々のコンクールに挑戦したことなど、すらすらと読むことができました。
その中で、コンクールで訪れたスペインのバルセロナにあるカタルーニャ音楽堂でのお話がおもしろかったです。

 世界遺産であるカタルーニャ音楽堂でのあるコンクール本選、若き福田氏はこのアールヌーボー建築の音楽堂で演奏できるのがうれしいと最初は感じたのですが、このホールでのギターの響きは評判ほどでなく、ホールの過剰な装飾に残響が吸収されてしまい満足できなかったくだりが興味を惹きました。
というのは私も数年前このカタルーニャ音楽堂に行ったから、このホールはよく知っています。
そしてこんな素敵な空間で演奏できたらまるでこのまま天国に行ってしまえるような心地がしたものです。
それが演奏者にとっては観客目線と違って、その装飾の数々が音を吸い取ってしまうなんてちょっと期待を裏切られたような気持ちになりました。
音響は日本のホールが一番だそうです。

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こんなステージで演奏なんて夢のようですが・・・





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3階席から見ると
天井も回りもアールヌーボー装飾でいっぱいです。

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憧れの世界遺産のカタルーニャ音楽堂は視覚では世界一ですが、
音響は現代の建築工学の進歩には叶わないようですが、いつまでも残して置いてほしい音楽堂です。

 さて今日はちょっと昨日から体調を壊していて元気ないですが、
昼からちょっとだけ卓球やってこようと思います。
私の卓球仲間の男性の一人も、今週から体調壊して休んでいます。
やっぱり夏の疲れが今頃出てくるような・・・

皆さんもお身体大事になさってください。
 村上春樹の「騎士団長殺し」と並行してほしかった本、「マチネの終わりに」平野啓一郎の小説、文庫本まで待とうと思っていたのですが、やっぱり待てませんでした。
彼は「日蝕」という本で芥川賞をとっていて、その時私も買って読んでみたんですが、不思議なレトロな文体で、なんだか三島由紀夫の文学に出合ったような難解な気分になってしまい、途中で読むのをやめてしまった記憶がありますが、今回ははっきりと恋愛小説とあり、しかもその登場人物がクラシックギター奏者と、ジャーナリストの40代になった女性、そしてもう一つおまけに、その小説を流れるギターの調べを実際のクラシックギタリストの福田進一氏が奏でるCDまで出ている本とあっては、文庫本までちましく待っているわけにはいきません(でも実際は私ちょっとちましくここまで待っていました(笑)
 平野啓一郎氏とクラシックギタリストの福田進一氏はツイッターなどで親しくお付き合いされているようで、私も福田氏のツイッターの読者で、この本を知り、読んでみたいと思いました。

 
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「結婚した相手は人生最愛の人ですか」
 本の帯にかけられたこの言葉いかがでしょうか・・・
             ↓


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今更の言葉とヒヤリときましたが、皆さんはいかがでしょうか〜

その問いには即答もしくは濁らせたいから、私たちは、、こういった本で遊んでいるのかなあなんて思うんでしょうね。
いやいや最愛の人よ!って胸をはって言い切れる人ももちろんいるのでしょう。
その前に自分が相手にとって最愛の人になり得てる今の生き方ですか?って自問したほうがフェアかもしれません(^_^;)




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小説「マチネの終わりに」は私のアトリエのこの椅子がお似合いのような気がして一緒にカメラにおさめました。

 今日はフィットネスはお休みなので歯医者にPMTCをやってもらいに行ってきます。
世界卓球のビデオも観なきゃなんないし(楽しみ)、自宅ギターレッスンも、ガーデニングもいろいろと・・・

皆さんもいい一日を(^_^)/


PS・ドラム式洗濯機の感想のコーナー
 昨日、初めて乾燥までのコースをやってみました〜
おまかせ運転「ふんわりキープ」で、約2時間、ブザーがなって取り出すと、コインランドリーを使ったことない私は感動、あったかいふんわりした出来上がりに満足でした。
まるでパンができあがった感じでした。
もうこれで梅雨時期の洗濯の憂鬱が解消しました。

 ところが乾燥ごとにしなきゃなんないフィルター掃除、ちょっと面倒な感じで構えていたんですが、フィルターを外してみたらびっくり、一面が雪のように衣類の埃屑が分厚くくっ付いていました。
それを取り払って掃除完了!まあやってみたら簡単でした。
こんなについているんだったら毎回やるってのは納得でした。
 なんとあの『1Q84』から7年ぶりの村上春樹の長編小説・・・今読書中です。以前の私だったら夜も徹して分厚い本の2冊くらいちょろい読書でしたが、いろいろと日常生活も忙しく過ごしていますから、買い求めてしばし置いてからぼつぼつと本の栞の紐の分量がだんだん後半に移動して行くのをまだ楽しみつつ読んでいます。
それが第2部の後半になって行くと今度はもうじき読書ワールドが終わってしまうという寂しさを味わうことになるのがやってくると思うと、複雑な心境です。

 まず最初にこの本を手に入れて驚いたことは買ったその日からもう初版ではなく2編になっていたのです。
以前は北杜夫や、開高健、大江健三郎、村上龍など好みの作家の初版本を集めることに意義を感じていたのですが、最近は切手と同じでもうそういう価値には自分の生きているうちに恩恵など得ることはまず限りなくゼロという観測でどちらでもいいことですが、やっぱり発売日に初版本ではないってことは許せない現象ですね。
出版社の商業主義的陰謀のような・・・

 
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さて今回の題名、『騎士団長殺し』ってなんだかへんな本のタイトルでしたが、何も読んでいない最初の私の個人的印象は、オランダのアムステルダム国立美術館にあったレンブラントの大作《夜警》が即座に頭に浮かんできました。
あの隊長の姿です。しかし実際にはなんの関係もありませんので、私個人の知的戯れと思って読んでください。

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 この公園の向こうの建物がアムステルダム国立美術館です。
ミッフィーの記事で書きましたが2006年訪れました。

イメージ 3別に狙ってその年を選んだわけでなくたまたまオランダに行きたいと思って訪れたのですが、たまたまこの年レンブラントの生誕400年の年で、美術館には彼の大きなイラストの看板が正面にあって、『400年?このわたしが?』と言った意味の吹き出しが付けられていて御堅い公共施設の宣伝文句としてはなかなかユーモアがあって笑顔にさせてくれました。

このアムステルダム国立美術館の正面看板のイラスト画のレンブラント、誰かに似ているなあと思ったら、ボブディランって思い出しました。


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アムステルダム市内ではレンブラント公園にその夜警の絵の彫刻などもありました。

もちろんレンブラントのアトリエもありました。


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しかしこのレンブラントが村上春樹の新作とは関係なくて、ただ私の頭の中でのこの小説に入る前の前奏曲みたいなもので、それは読書家のいろんな人たちが新しい読みたい小説を手に取った時それぞれ感じることのような気がします。
内容のことまで言ってしまうと、ネタバレって感じでできませんが、今回の主人公‘僕’は肖像画を描いているあまり人生に前向きに生きていない人ですが、私にとっては絵を描くという共通点を得て、興味が湧いています。

そしてこの題名の由来は、これくらいは内容に触れることに寛容になってくれたらいいのですが、モーツァルトのオペラからのもので、これもやはり今私自身が関わっているクラシックギターの音楽と共鳴する部分があって、今度の村上春樹の新作はうれしいものでした。

 ところで今日の私のブログタイトルのハルキスト、筋金入りのってキーワードは、他所のブログでお付き合いがある某氏が記事に私のことを評して書いたことで、自分ではハルキストという名前には当てはまらない〜例えば発売日に並んでまで買わない、集まりには参加しない、ごく一般市民的な村上春樹や他の文学ファンだと思っています。

あ、そうそう1Q84で登場した青豆さんほどのキャラクターはまだ現れていません。
好きだったなあハードボイルドな青豆さん(笑)
それに比べてただいま偏頭痛で悩まされている弱っちい私です。
夕方から追々皆さんの記事を訪問させていただきます。
 今朝、YAHOOのホームページを開くと、ピアニスト中村紘子さんがお亡くなりになったのが目に入りました。
最近、永六輔さんや大橋巨泉さんなど相次いでお亡くなりになっていて、今度は彼女まで・・・ちょっと今年の夏は精神的に重いなあって実感です。

 そう言うほど中村紘子さんのコンサートとか行っていなかったのですが、私の中では対照的なフジコ・ヘミングさんと同様大きな気になる存在でした。
どこか神経質そうで優等生タイプの中村紘子さん、そしてその風貌、ファッションなど全く違うボヘミアンなフジコ・ヘミングさん、どちらかというと、自由な美術愛好家の私にとってはフジコ・ヘミングさんのピアノリサイタルの方に足が向いてしまいました。

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私はその昔文学少女だった時代もあり、アトリエの書棚の奥の方に確か中村紘子さんがお書きになった本があったと思い出し、三段式の脚立に乗って探してきました。
≪ピアニストという蛮族がいる≫という題名で平成3年に執筆された本です。
もう内容も忘れてしまい今日は追悼の意味で、再読しようと思いました。

 
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本の巻末には見開き3ページほどの実物大のショパンの手、比べてみてはいかが?とありさっそく自分の左手をのせました。
ほぼ同じ大きさ、しかし小指が私の方が短いです。
これで、ショパンが小さなピアノを愛用していたのが納得です。


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左の本は、中村紘子さんの夫、庄司薫のものです。
彼はまだ村上春樹がデビューする前に、「赤頭巾ちゃん気をつけて」で第61回芥川賞を受賞しました。
でも後に、この作家も私の青春時代に愛読しましたがサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の盗作かとか疑惑が起こったこともありました。

 私は庄司薫は、あとの2作『白鳥の歌なんか聞こえない』と『バクの飼い主めざして』の2冊を買って、やはり書棚の奥にほうにあったから引っ張り出してきました。
どうやらフィットネスお休みの土日は読書三昧になりそうな予感です。

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それと今朝のYAHOOのトップ記事ではこんな画面が偶然にも中村紘子さんの訃報の文字と一緒に載っていました。

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ピアニスト中村紘子さん死去と書かれた文字の上横の画像《赤ちゃんお披露目》とある画像は

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これが画像を大きくしたのですが、白浜サファリ遊園のマレーバクの赤ちゃんが誕生したニュースも・・・
なんと偶然、夫の庄司薫さんの小説の題名にもなったバクの赤ちゃんが産まれたんですね。
亡くなる人もいれば、産まれてくる命もある・・・こういう輪廻はなんか偶然とはいえ、深いものを感じてしまった朝でした。
バクは夢を食べる動物、夢をどんどん作ってあげないと、彼は大きくなれないだろうな、最近の自分は夢どこにいったんだろう。
中村紘子さんはお亡くなりになる前に、新しい奏法が見つかったと喜ばれていたそうです。
何歳になってもピアニストはピアニストであり続けた、バクは夢を作ってくれた女性を一人失い困っているかもしれません。
夢、いつまでも持っていたいですね。
 今年のスタートはどうやら本≪インフェルノ≫からでした。
それから来週の火曜日のギターレッスンに備えてアトリエで絵を描くより練習に励んでいました。
昨日あたりからアトリエの配置をイーゼルを主にして、やりかけの『ギターを弾く女』をオツユ描きしたままでほかってあるキャンバスを立て掛けてスタンバイしました。
アトリエ入りする前に、洗濯機をかけて出来上がりまでにこのところサボりかけのブログ記事を書いています。
 
 i推理小説でもあるからまだお読みになっていない人にはネタバレはいけないから、そこを気を付けていきます。
本には上下一枚ずつ絵葉書がついていました。
今となってはどっちにどっちがと忘れてしまいましたが、この2枚です。
 
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上のはこの小説の中核になっている≪地獄篇≫を書いたダンテの肖像画です。
下のはボッティチェルリの描いた≪春≫です。
私はこの絵をウフィッツィ美術館で鑑賞して感動しました。
それで大事な娘の結婚式のウェディングボードを頼まれた時には迷わずこれに決めました。
 
 
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これがその作品です。
登場人物が多くてちょっと手がかかりましたがお客様の評判もよくて、まるで美術館にいるようだって言いながら私が描いた張本人とは知らずにお喋りしているのが耳に入って来た時うれしかったのを覚えています。
当日はこの絵に生花と葉っぱでアートフラワー額縁をこさえてくれてセンスよくドレスアップさせてくれたのがまだ頭に残っています。
 
 
 ちょっと余談になってしまいましたね。
そんなわけで私はボッティチェルリの描く優しく優美な絵画が好きでした。
 
 
 そのボッティチェルリが晩年宗教家サヴォナローラに傾倒して彼の教えの虚飾廃絶スローガンのもと、今まで描いた優美な絵画をあのシニョリーア広場で燃やしてしまったりしてしまいました。
 
 
 
 
たぶんその頃描いたとされる≪地獄の見取り図≫が暗号となってそこからある日記憶を失った宗教象徴学者ラングドンが目覚めたところから小説は動き出します。
これらのことは本にある帯に書かれています。
 
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この絵がボッティチェルリが描いた地獄の見取り図だと本に載っていました。
初めて見る絵ですが写真だけでは何が描いてあるのか解りづらい絵です。
何層もの部分に分かれてそれぞれの地獄が描いてあるようですが・・・
この絵を見て、私の頭の中に浮かんだのがルーヴルで鑑賞した一枚、ルーカス・ヴァン・ヴァルケンボルフのバベルの塔を思い出しました。撮って来た画像が残っていたので掲載させていただきました。                                                      
                                                      
これの真逆!と発見しました。
 
 
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それで私はボッティチェルリはこのバベルの塔を意識して敢えてさかさまを地獄としたのかなと勘違いしました。
ところがルーヴルのもブリューゲルのバベルの塔の絵もボッティチェルリより100年後に描かれていてボッテイチェルリの方が1世紀も先にもう描いているのです。
改めて彼の独創的な凄さを感じました。
 
 
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ラングドンが部分的に記憶を失って最初に観たのがベッキオ宮殿、そこから小説が始まって行きます。
それだけなのに今朝は私の頭は大遊びしてしまいました。
これから現実に戻って洗濯機も止まったようだし、朝の家事をしたいと思います。
今日木曜日のフィットネスは大好きなスタイリッシュパンプ30分と、ピラティスヨガです。
 
 ところで皆さん、地獄って信じますか?
怖い絵がいっぱいありますが、私はあんまりあってほしくないなあと思います。
ダンテのいろんな階層の地獄を書いていますが、やっぱり中世の時代は残酷でドラマティックです。あの時代に生きたくはないですが、一番興味深い時代でもあります。
またそのうちこの本の頭のお遊び続きも書かせていただきます。
ダンテの恋の叶わなかった女性、ベアトリーチェがいたように、ボッティチェルリにも美しく知性豊かな若くして死んだシモネッタという女性がいました。
ダンテとボッティチェルリの共通点はそういったよるべない儚い現実の恋にあったと思います。
それでも偉大な芸術家はそれを永遠のものにしようと作品に昇華できたんだなあなんて、考えてしまった朝でした。
 
 
 
 
 
 

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