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マイキャット泳ぐ芸術家
ネットで消えゆくブログ記事たち、保存はわざとレトロにファイル作りで自分の手元に残しておきます。

書庫自然葬(海に還る〜薔薇は育って)

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 咲きました、あの薔薇が、
2010年10月16日、義兄の自然葬に姉と二人で参加しました。
NPO法人が主催した海への散骨の際、姉と二人で花屋さんで薔薇の花数十本を買いました。
そして当日の朝、二人で薔薇の花を枝から切り落としました。
規則で海に投げ入れるお花は花の部分だけで枝や葉っぱはNGだったのです。
お別れの時、富士山もうっすら貌を現わしてくれたあの清水港の海原に投げ入れた数十本の薔薇の花、義兄の和紙に包まれた細かくなったお骨と一緒に大海原に流されていきました。
 
そのいきさつは以前書いた過去ブログ、もし興味のおありの方は飛んで見てください。
私のブログのお友だちは覚えてくださる方が多いでしょう。
 
爽やかに〜別れの海の儀式〜1
 
爽やかに〜帆の旅立ち〜2
 
 
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そしてこの春この挿し木してみた薔薇が3本根付いてしかも蕾が出た時、驚いてダリと赤かオレンジかどっちだろうね(・・?と二人で喜びながら書いた記事です。
 
あれから一ヶ月半経って花開きました。
真っ赤な薔薇でした。
もう一本蕾が出ていますが・・・・どうやら赤っぽい雰囲気が〜
 
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でも、綺麗でしょう〜?
自分で見惚れています
ちょっとまだボリュームに欠ける薔薇ですがこれから成長して行くでしょう。
 
もう一本の薔薇は今うどんこ病にかかってしまい、治療中で、蕾は落ちてしまいました。
しかしその薔薇がもしかしたらオレンジかもしれません。
 
この薔薇の名前は、今度買った花屋さんで聞いて来ようと思います。
それにしても姉、義兄、私と3人分の薔薇が神様からプレゼントされたような気がしました。
 
 
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ところで私のプチトリアノンの薔薇はもう1M以上3階のベランダの手摺りの高さを超えてしまいました。
 
 
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花もいっぱい次から次へと咲いています。
 
 
 
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ダリ、よかったね、無事あの薔薇も咲いたね。
 
ダリは昨日玄関で寝転んでしまい、通せんぼされたので抱きかかえようと左手で持ち上げたところ、私はギックリ腰をやってしまい元気がないから、どうやら反省してるようです=^_^=
 
 
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昨日そんな訳で無理して仕事に行ったから、今朝はちょっと昨日より腰痛いです。
 
やれやれ、コアヒーリングのレッスンはお休みしなきゃなんないです・・・
まあ、猫には罪はありませんが、1週間は痛み続きそうな予感です。
皆さんも持ち上げる姿勢にはご注意した方がいいですよ

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 今日はめっきり春らしく、フィットネスに行く道すがらも清々しい風が吹いていて寒いとは感じませんでした。
 
 コアヒーリングという細長いマットを使った軽い柔軟運動を30分やってきて、家に戻りベランダの植物たちに水をやっていたらうれしい発見をしました。
 
 去年の10月に義兄の自然葬(清水港から船で出て、散骨)した時に姉と花屋さんで買った数十本の薔薇の花の内の数本の枝を持ち帰って挿し木をしておいたのが3本しっかり根が付いてしかも若葉が元気よく育っていました。
 
 
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買った時はこんなだった薔薇たちも・・・・
 
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NPO法人の散骨の規則では海をできるだけ汚さないように、花の部分だけにして当日は持って行かなければなりませんでした。
なんだか姉も私も切ってしまうとき、薔薇がかわいそうになりました。でも規則は規則です。
こんなふうになりました。
 
 
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専用のチャーターした船に乗って、この海、遠くに霞んだ富士山を眺めながら、一緒に乗り合わした5家族の方々と順番に散骨して別れをしました。
 
 つい最近、私は義母の納骨をまったく日本古来のお葬式の儀式に則って経験してきました。
そういう僧侶の宗教に従った経費がかさむこてこてのお葬式・・・・そういうことを義母は望んでいたのであってそれはそれでまた故人の偲び方というのであって、
 
 脳幹溢血という突然死をした故義兄のような何も残らず、後もなくさっぱりとした葬り方、海に還って行くやり方の清々しさも私には憧れの気持ちがありました。
またそれを可能にできたのは姉夫婦には子供がいなかったし、義兄も長男ではなく、お墓を作る意味がないと姉自身も思っていたことも要因でした。
 
 
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海での散骨が無事終って、汽笛を3回鳴らしてお別れをして、港に戻って下船したら、
清水港では、おりしも日本丸によるセーリングの儀式をやっていました。
美しい海の貴婦人でした。
 
 
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舳先に黄金の女神が祈っています。
とてもいい気分にさらにしてくれました。
 
そんな想い出が・・・・この私のベランダのプランターに挿しておいたあの時の薔薇の内の3本が生き帰ったようで、なんかうれしく感じました。
これはきっと海の神様が私とダリにくれたに違いありませんなんて、思ってしまいました。
 
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さて、ダリ、いったい何色の薔薇が咲くんだろうね?
私の持ってるプチトリアノンっていう薔薇はピンクだから、赤でもオレンジでも両方うれしいね。
 
 
 
私はサザエさんよりちびまる子ちゃん派です。
なんだかサザエさん一家の人物構成がどう見ても、カツオやわかめの父が波平の風貌にしてはお爺さんすぎるし、サザエさんの夫マスオがなんだか違和感があるし、やっぱり、ちびまる子ちゃん一家の方が自然に思えてしまいます。
まる子のおじいちゃんもかわいいし、父親のヒロシなんか微笑ましい性格のキャラ、ハナワ君みたいなお金持の男の子もかわいいし、キュートです
 
 
 今日はそのちびまる子一家が住む静岡県清水区にある清水次郎長さんのことを。
清水次郎長と言えば言わずと知れた侠客、親分です。
 
 しかし次郎長さん(1820年〜1893年)は、50歳を過ぎてから侠客から足を洗い、清水港警護役や繁栄のため、学問のために英語塾なども開いて力を注ぎました。
 
 その跡として次郎長さんが経営していた「船宿 末廣」の建物が清水区に残されていました。
 
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ここは清水港開港100周年の年1999年に、清水次郎長経営していた「船宿、末廣」が以前海沿いにあったのが街中に移築されて現存していたのが解り取り壊されるところを保存されました。
 
 この写真の上の人物は徳川慶喜公です。
 
 
 
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そして、私が何より驚いたのが、これは当時この末廣2階で英語を教えている光景を人形で再現してあります。
 
 教師は外国人だったようです。
次郎長さんはいち早く1800年代にもう英語塾を開いていたのでした。
 
 この「船宿、末廣」を清水区に保存するに当たって、「次郎長と言えば侠客、やくざのイメージが強く、あまり世間に公表したくない」とされて取り壊す方向に動いていたのを、復元に働いたのは次郎長翁を知る会の人々でした。
 
 
 
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次郎長は50歳を過ぎてから、自分の人生を、清水港警護役に転向して清水港の発展、清水の街にこんな学習塾、当時英語と言えばかなり先進の学問を学ぶ機会を作ったわけです。
 
 
 
 
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若い男女も、
 
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少年少女も、こうして英語を習っていたとは次郎長さんもやってくれたものです。
次郎長さんの50歳からの人生、感動しました。
この「船宿、末廣」は無料で見ることができました。
 
 
 
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そんな歴史を知ったら、もっと清水が好きになりました。
 
爽やかな異国文化を受け入れた街っていいなあ〜
 
 
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帰って行く道すがらコスモスがきれいに後ろのレトロな建物に似合っていました。
 
 
 
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次郎長さんの50歳からの心意気がこの花に、感じました。

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私はサッカーはジュビロ磐田ファンです。
地元だったからなのと、あのジュビロ君のマスコットが好きだからです。
 
 ところが、先月清水港に行った折り、ちょっとその日、一日だけ可愛さに負けてパル君と浮気をしちゃいました・・・といっても相手はマスコットだし家庭不和にはなりませんが(笑)
 
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清水港から歩いて行くと、茶色い建物ドリームプラザが見えてきました。
その右側に帆船の白い帆が少し見えています。
 
 
 
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そしてもう少し散歩して行くと、シミズエスパルズのマスコットパル君のモニュメントがありました。
 
 
 
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私はこういうマスコットが大好きです。
かわいいでしょ〜パル君の耳は羽衣を表現したと言われています。
 三保の松原の寓話羽衣伝説の羽衣なんだぁ〜って、じっと見てしまいました。
 
 
 
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これが私の浮気現場写真です(笑)
彼ならぐいぐいと私を引っ張って行ってくれてボールと一緒にHappyな夢の世界になんて・・・
 
 
 
 
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このオブジェは普通の家の壁にありました。
 
 
 
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なかなか楽しい散歩で清水港から姉の住む家まで帰って行くことができました。
 
 
 
 

帆船が私のもとに

昨日の新聞を見ていたら、10月16日に義兄の散骨をした清水港で偶然出会った帆船日本丸が、今度は地元名古屋港で11月4日〜8日にかけて船の実習生たちによってセイルドリル(帆を45分かけて張る)儀式を披露してくれると書いてありました。
 
 
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最初はこんな感じで清水港に停泊していました。
 
もう人だかりができていました。
 
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なんだかそのまま姉と見て行く気持ちになって、だんだん1つずつ帆が実習生のワッショイという掛け声とともに降ろされていく作業を眺めていました。
 
 
 
 
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かなり力仕事のようで大勢の実習生たちの大きな掛け声とロープを引っ張る声が響いてきました。
船の右側のマストがまず1枚大きく張られました。
 
 
 
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右側が三角の帆が2枚に〜
 
 
 
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だんだん真ん中の帆も張られてきました。
 
 
 
 
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この真ん中の場所で実習生たちがぐるぐる回ってロープを引いて帆をだんだん降ろしていました。
 
 
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そして約45分で帆は皆張られました。
 
 
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後は実習生たちがセイルドリル完了の挨拶を私たち観客にしてこの日の行事は終りました。
 
 
 
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この後、次の日は中の一般公開、そして最終日は清水港を出港します。
 
その時、登檣礼といって船の実習生たちがマストに登って行って「ごきげんよう!」と別れの挨拶をする伝統の儀式が行われるのです。
 
 
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この日はセイルドリルが終って、まだ余韻を楽しんでいる人々や、帰って行く人々がいました。
私たちは、日本丸のロゴ入りTシャツと、キーホルダーを買って帰りました。
 
 
 
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道行く公園にはコスモスが咲いていました。
清水港の周辺はドリームプラザや清水エスパルスの楽しい通りやら、爽やかな秋の季節、散歩びよりでした。
  
 名古屋港にも行ってみたいなあと思います。
ずっと期間中日本丸はライトアップされていたようです。
残念ながらその夜は夕食を静岡市内にいただきに行って出掛けられませんでした。
ライトアップした日本丸も観てみたいです

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