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マイキャット泳ぐ芸術家
ネットで消えゆくブログ記事たち、保存はわざとレトロにファイル作りで自分の手元に残しておきます。

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 前記事での温かいコメントありがとうございました。
人生にはいろいろと乗り越えて行かなくてはならない曲面にぶつかってしまうこと多々あるものですね。
元職場の同僚の女性も私の朗報を聴いてくれて喜んでくれました。
彼女とはほぼ2年ぶりにもう一人の同僚と3人で今流行りの女子会を10月にすることになりました。
彼女はとっても元気印で以前の私の働いていた職場は夕方17時以降の勤務でしたが、彼女はその他に昼の仕事も持っていてそこの関係でCDを社員価格で安く買ってもらっていました。
さっそく今回も竹内まりやさんの新CDをその女子会に間に合うように頼んでおきました。
それもまた楽しみです。
 
 さて、今日は先日放送した「小西真奈美の恋する惑星 NY  LA  TOKYO」での恋する男女のお話3組の中の、ボブ・ディランとスージーの若き日の恋愛のお話と、アルハンブラの王宮での恋愛模様にちょっと頭を巡らせてみました。
 
他の二組もとっても素敵な恋でした。
ジェームス・ディーンとPier Angelesと、白洲次郎と正子。この2カップルのことはまたいつか書くことにして、
 
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このボブ・ディランのアルバムジャケットは今まで見てきたどんなアルバムのジャケットより好きです。
ビートルズのアビーロードの横断歩道を歩く4人の姿のアルバムジャケットも好きでしたがやはり一番はこれかな。
 
この寄り添ってアパート近辺の雪道を歩くHAPPYそうな男女はもちろんボブディランと、恋人だったスージー本人です。
二十歳そこそこの彼らの恋のいきさつは、まだ無名だったボブディランが、学生だったスージーと恋に落ち、簡素なアパートメントで同棲して愛を育くみました。
やがてスージーは美術の勉強をするためイタリアに留学しますが、その時もボブディランは切々と彼女に恋の手紙を書き送ります。
その愛に応えて彼女はイタリアでの美術の勉強を短縮して戻ってまたお互いが一緒に暮らし始めました。そしてこのレコードがヒットしてボブディランは一躍フォークシンガーとして脚光を浴びました。
しかしスージーはこのままボブディランを支えるだけの女性で終わりたくない向上心のため、彼と別れる決心をしました。
 
 
 
 
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さて、こちらはアルハンブラ宮殿の要の場所ともいえる、王宮です。
ここでは王のハーレムがあってライオンの中庭にも出られます。
ここからが王の住居部分です。
この中庭は優雅な廻廊を持ち、たくさんの愛妾がいたハーレム宮で囲まれています。
 
 
 
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この美しい蜂の巣のような鍾乳石装飾の円天井は、「二姉妹の間」です。
私は最初に頭に浮かんだのはハーレムの中に叶姉妹のような妖艶な二姉妹が暮らしていた間があったのかしらなんてヘンな想像をいだいていましたが、実際はこの円天井の下の床にも二枚の同じ大理石で敷石が敷かれていたことからこの名がつけられたそうです。
 
 
 
 
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怖いのが、妻が息子を盾に自分の王位を狙っているとカン違いした王が、王妃と息子側に付いた一族を見せしめに殺し、その首を並べたという場所がありました。
 
下の噴水の赤茶けた部分がその政権争いの犠牲になった血の跡がついたとされています。
 
 
 
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いったい、この中で暮らしたハーレムの女性たちはどんな思いで王の寵愛を受けて暮らしていたのでしょうか・・・
 
王の権力や地位は絶対なもので、ハーレムの女性たちの前で毎夜音楽を奏でて宴会が催されましたが、その音楽を奏でる楽師たちの眼を、王は自分の女性たちを見られないようにつぶしてまで自分のモノである女性を見ることを禁じた残酷な世界・・・
 
王がどんなに権力や富、欲望があったとしても、彼らがボブ・ディランとスージーのような初々しい恋の始まりや昂ぶる恋愛に身を焦がし、お互いの愛を育む幸せな笑顔はなかったろうと思うにつけ、
ハーレムなんてバブルのような淡い希薄なものだったような気がしました。
 
 
 
 
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ハーレムの飼われたような環境の女性たちはこの窓から外の世界にきっと出たかったに違いありません。
 
今朝は久しぶりにボブ・ディランの風に吹かれてのCDを引っ張り出して聴きながら記事を書かせていただきました。
ではよい一日を。
読んでくださってありがとう!
Knockin' On Heaven's Door : Bob Dylan

  Mama, take this badge off of me
  I can't use it anymore.
  It's gettin' dark, too dark for me to see
  I feel like I'm knockin' on heaven's door.

  Knock, knock, knockin' on heaven's door
  Knock, knock, knockin' on heaven's door
  Knock, knock, knockin' on heaven's door
  Knock, knock, knockin' on heaven's door

  Mama, put my guns in the ground
  I can't shoot them anymore.
  That long black cloud is comin' down
  I feel like I'm knockin' on heaven's door.
 
天国への扉 Knockin' On Heaven's Door
 
 
ママ このバッジをはずしてよ
  もう役に立たないから
  目の前が暗くて 何も見えない
  天国の扉を叩いてる気分

  ノック ノック 天国への扉を
  ノック ノック 天国への扉を
  ノック ノック 天国への扉を
  ノック ノック 天国への扉を

  ママ このガンを埋めといて
  もう撃つことはないから
  真っ黒な雲が垂れ下がってきて
  天国の扉を叩いてる気分     (ネットのページからアップさせていただきました)
 
 
 
 最近起きた惨たらしいニュース
 
その1、 
愛知県の市でトラック運転手が、80代の老人を午前10時ころ道路を自転車で横断してるところをひき逃げして、何百メートルも轢いたままDNA鑑定をしなくては誰なのか解らないほどに殺したこと。
 
その2、
佐世保市の女子高校生が同じ高校の女子高校生を殺して、そのあと遺体を切ってあっけらかんと人を殺してみたかったと・・・
 
その3、
イスラエルとパレスチナ情勢が悪化の犠牲を受けて、ガザ地区の難民キャンプにロケット弾が飛来し、子供たちを含む犠牲者が死んでいる現状。
 
 
 こんな悲しい事件を知るにつけ、犠牲者の彼ら(死者)たちは、天国のドアを叩く猶予もないまま殺されてしまっている現状が胸に苦しく感じます。
こんな惨たらしいことは絶対あってはならないのですが、あるのが現実。
どうか事故も、殺人も、戦争も、ない世界であってほしいです。
 
私はせめて死の最後の瞬間は、天国のドアを叩く僅かな時間でも与えてもらいたいと思っています。
 
 
 
 さて、のっけからちょっとヘビーなこと書いてしまいましたが、
アルハンブラ宮殿のあるグラナダを旅した時、発見した街角ウォッチングです。
こんな腕がドアノブをつかんでいる風変わりなドアを見つけました。
 
 
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こちらはアルハンブラ宮殿の敷地内にあったパラドールのドアです。
 
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私も家を新築するときどんなドアにしようか夢を膨らませましたが、さすがに住宅会社のデザインに上のような個性的なドアはありませんでした。
 
 
 
 
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結局モスグリーンに少しビリジャンを混ぜたような色彩のこのドアを選びました。
気にいっていますが、個性的にはちょっと物足りなくて
 
 
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この馬の呼び鈴をパリのシテ島のガーデングッズなどを売っている店で遥かフランスから買ってきたのですが、インターホンが付いているのにこんな大きくて重たいものをどうやってつけるんだって夫に反対されてまだ実行できずにアトリエに置いてあります。
 
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玄関ホールのアプローチにテラコッタの大鉢を逆さにして置いてみようかなと思ったのですが、
雨に当たるとアイアングッズだから錆びてしまうと思うと実行できません。
 
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玄関ポーチ前に置いたヒマワリが1メートルほどの高さになって今蕾が少し花の黄色が見え始めました。
咲くのが楽しみです
 
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今朝のダリっちは、お盆の準備をした仏壇の前で神妙な顔つきで座っていました。
もうすぐ日本的行事、お盆がやってきますね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 昨夜は私の住む愛知県地方は、涼しい風があって、今までエアコンの涼で眠っていたのが、寝室の3階の窓を開け放して快眠できました。エアコンの風はやはり朝方起きると喉が痛くなっていましたが、今朝はそういう不調もなくホッとしました。
猛暑の中、皆さんのお身体の調子はどうでしょうか。
 私的には土曜日にまた磐田の実家跡の除草の薬剤を撒きに行ったりして、日曜日にはちょっとバテ気味でしたが、今朝はなんとか回復して月曜日のフィットネスにも行けそうです
土曜日は全国的に猛暑でしたね
 
暑中お見舞い申し上げます。
 
 
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さて、記事は京都からスペインにまた戻りました。
まだ伏見稲荷のことなど、書きたいのですが、あのバーミリオンの暖色から水の色に戻ってきました。
 
上の画像は、≪夏の離宮宮殿ヘネラリフェ庭園≫です。
 
アルハンブラ宮殿はいくつかの有名な庭園、中庭を元に構成されていて、外見よりは中身の過ごしやすさ、美しさを重視しています。
 
 この夏の離宮のあるヘネラリフェの庭園はアルハンブラ宮殿の王宮と反対側にあって、王宮から歩いて20分以上はかかる場所に位置しています。その間の果樹園や、杉の並木道、季節によっては薔薇やサルビア、ジャスミンなどの花々が咲き乱れて美しいのですが、私の訪れた3月は高い糸杉の緑が冬枯れの中に生き生きとしていました。
それでも薔薇の新芽や、花の蕾などから生命力を感じることができました。
 
 
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ヘネラリフェの噴水の水飛沫がここでもあのギターの調べ、アルハンブラの想い出の旋律を思い描くことができました
 
 
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回りでまだ春の花が咲いていない中で、この噴水の岸辺に見られる花々が美しかったです。
 
 
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噴水の弧を描く水の姿はやはり音楽的です。
夏はきっとこの水音が、涼の天使たちが囁くように聴こえてきて、当時、避暑に来ていた王族たちの束の間の夏の戯れを誘ったのかもしれません。
 
 
 
 
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青いアイリスは確か王宮のアラヤネスの中庭に咲いていた記憶はありますが、この白いアイリスも夏の離宮に似合って誇らしげに咲いていました。
 
 
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離宮にあるイスマイルの塔の2階から眺めた、洞窟フラメンコを見に行った地域、サクロモンテの白い家並みが目に沁みます。
旅に行った3月の時には気付かなかったですが、白い家々が涼しそうでいいなあ。
 
 
 
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王宮側から、夏の離宮を見ると小高い山の方に白い姿に。
 
 
 
 
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王宮から歩いて行く途中にこんな杉の木で剪定した巨大な生きたモニュメント。
私達に付いたプライベートガイドの女性にスペイン人の男性ガイドがもう一人付くのですが、彼がふざけてこの杉の木を手でばさばさやると、出るは出るは、スギ花粉・・・
夫のクシャミが出る前にやめてもらいました(笑)
このナイスミドルのスペイン男性は、この人に限らず、仕事は全部日本人ガイドがやってくれるし、暇なんでしょう。
決まりでこうやって自国の人間を一人付ければ、仕事を与えられるし観光業界の就労対策なのでしょう。
 
イタリアもそうでしたが日本人のガイドには必ず一人現地のガイドが付き添わなくてはならない法律があるようです。
だから私達二人と、ガイドが二人という組み合わせでした。
 
 
 
 
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広大な散歩道に背の高い糸杉の風景、
 
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そして杉の木のトンネルをくぐり抜けます。
 
夏の今頃のアルハンブラ宮殿はきっとかなりの観光客がいるでしょう。
 
このヘネラリエ庭園は、「すべてを見つくすものの楽園」
とされたそうです。
 
今これらの画像をアップしながら、実際の眼にした脳裏を呼び起こして、この、すべてを見つくすものの楽園」の意味を頭の中で整理してみています。
それでも意味がつかめず、思考停止で、これから自分の小さな庭に水やりを・・・
 
 当初、アルハンブラの想い出のギター曲の影響で、アルハンブラ宮殿にいつか行ってみたいという欲求が趣くまま、その地グラナダに旅を計画しました。旅から戻って一番最初に動画にもアップさせていただいたように、アルハンブラ宮殿のあの噴水の水の流れから≪アルハンブラの想い出≫曲のトレモロ奏法の響きを必死に耳に焼き付けてきました。
私のギターレッスンではこの曲はまだ先ですが、憧れはずっと持ち続けて、いつかものにできる日を夢見てレッスンに励もうと決心しました。
 
 さて部分部分ではあのアルハンブラ宮殿の凄さ、歴史を感じましたが、いざ全体像からみたら、このアルハンブラ宮殿っていったい、なんて難解なんだろうって思っています。
だからもうとっくにその記事を書いているべきですが、なかなか自分の頭の中に消化できる実態みたいなものが希薄すぎて言葉に表すことができませんでした。
 
 つまりは遠くはグラナダを支配していたイスラムの王様の歴史からスタートして、栄枯盛衰
を経て、やがてスペイン国王が取戻し、カトリックの回帰を試みたのですが、征服してもこのアルハンブラ宮殿の何かを解体できなかった大きな大きなその何かがあったという事実が残った宮殿だったと私の頭の中ではそんな感じに整理できました。
 
そしてその大きなものは美術や建築にも生き延びて、あのガウディのサグラダファミリアにも受け継がれて、これから12年後の未来に完成するあの大聖堂の中にも生き続けている事実を、私はこの自分の眼で、確かめてくることができたのは、今回のスペイン旅行の大きな成果でした。
 
いったいどこの部分がどう受け継がれたかはまた別の機会に書かせていただきます。
 
 
 
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さて、このジオラマのようなアルハンブラ宮殿の模型は、街のお土産屋さんで一番解りやすいものを買ってきました。
これでもまだ現在あるような、後で付け足して建築された新しいもの、教会などは省かれています。
私の泊まったホテルのバルコニーから見えた教会がないのは残念ですが、気に入ってコレクションボードの中に飾っています。
 
これをご覧になっても解るように、建物はこれといって大きな特徴はありません。
 
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裏から見たら、こんな感じ。
 
 
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上から眺めたら馬の背型のようだとされています。
頂上が740m、幅が205mある丘の上に位置します。
ここに、城塞、住宅、官庁、軍隊、厩舎、モスク、学校、浴場、墓地、庭園とありました。
 
13世紀ムスリム政権・ナスル朝の頃、建設されて、スルタン王の居所となりました。
それから増築が繰り返されて、どこが焦点かちょっと解んない宮殿となりました。
 
イメージ 5
城塞にも見える王宮が近くに行くと、より堅牢に感じます。
 
 
 アルハンブラはアラビア語で、赤い城塞だそうです。
土地の土壌が赤い、レンガの色の赤さ、赤い漆喰でおおわれた色とも言われていますが、
その昔、夜を徹してかがり火を焚いて、このアルハンブラ宮殿を作った様子が、
下界の人びとが住むグラナダ平野から見上げると、宮殿が赤く染まっていたというのが何かに書かれていましたが、私はその言い伝えの方が好きです。
 
この宮殿は例えばヨーロッパの他の国の立派な寺院や、宮殿のゴシックやロマネスク、ビザンチン様式などの荘厳、優美と違って、
外観を重要視しない、内へ内へと内向するまるでチャドルで身を包んだイスラム女性のようなと、これも何かで読んだ文章に書いてありましたがまさにその通りだと思いました。
だから何がどうだか解んない≪複合体≫です。
 
基本は庭を囲む4つの建物です。
その中庭は美しく静寂に包まれています。
 
また頭の中が画像と見比べてもっと整理できたら、ライオンの中庭のように庭を囲む4つの建物や124本の壮麗な大理石円柱や、内部のアラベスク模様の美しさなど書かせていただきます。
 
まずはちょっと、読んでくださってお疲れの息抜きに、画像だけで申し訳ありませんが、
先日買ったホームベーカリーで作った香ばしい匂いがする、パンをいただいてください
 
 
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でんと、これで一斤の食パンです。
なんだかアルハンブラ宮殿の城塞の色に似ています(笑)
私達二人で、二日分です。
材料は強力粉250グラム、バター10グラム、パン用スキムミルク大1、砂糖大1、塩小1、ドライイースト小1、あと水180CCで出来上がりました。
材料を入れて待つこと、4時間くらいです。
皮はまるで出来立てのバケットみたいにカリカリ、中はもっちりと美味しく出来上がりました。
出来立てはそのままワインとも合いますよ
 
今度は発芽玄米食パンを作ってみます。
その時にどんなホームベーカリーを買ったのか画像をアップしますので楽しみにしてください。
 
ではいい週末をお過ごしください。
 
 
 今朝も爽やかな五月の晴天です。
その影響かなんだかグラナダ空港からバルセロナ行の飛行機内で偶然出会った超美人の顔が頭に浮かびましたので、今日はそのお話を。
 
イメージ 1
 
 
今回のスペイン旅行のハイライトだった3月10日の午後早くグラナダに到着してその日は市内観光を自分たちで自由に過ごして、夜はタブラオのデイナー付きフラメンコショーに。
 翌日11日には午前8時にプライベート日本語ガイドさんがホテルのロビーまで迎えに来てくれました。そして早朝のまだ観光客が少ない時間にアルハンブラ宮殿を巡りました。
その時のお話はまだ頭の中が整理されていないので後回しにさせていただきます。
 
 そして12日に想い出深いグラナダの地を去りました。
空港まで送迎を付けてあったので、お迎えの車でグラナダ空港に行きました。
空港の規模は小さくて、日本の中部国際空港ができる前の名古屋空港の国内線のようでした。
 
 
 
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しかも飛行機まで地面を歩いて行きます。
 
 
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私達は前の座席なので、飛行機の先頭の方の階段を上がって行きました。
一番前のシートの窓側に私、その隣が夫、3人席なのでどんな人が来るかなと思ったら・・・
なんと、長身で美しいまるで若いころのソフィアローレンのような女性。
 
彼女は短め7分丈の皮のレギンスパンツをはいて、そしてスペインのお洒落な女性たちが愛用している長めのブーツと合わせてちょっとセクシーなファッションでした。
機内持ち込み用の大きなグッチのボストンバッグと、もう1つこれもグッチのブリーフケースのようなバッグを持って颯爽と現れました。
ボストンバッグを、長身の彼女は簡単に上の棚に自分で入れて、私達が座っていた一番前の3人席の通路側に座りました。
 
 
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この写真は若き頃の女優ソフィアローレンさんの画像を、インターネット写真からお借りしました。
 
 
やがて飛行機が飛び立ち、なぜか私の座席の首の後ろ側に皮の枕みたいなものが飛び出ていて居心地が悪かったので取りさろうと引っ張っていたら、ソフィアさんも同じように感じたのか、取っていました。
なぜか夫の座席には付いていなかったです。
取り外した枕をどこに置くか迷っていたら、ソフィアさん、腰のあたりを目線とジェスチャーで教えてくれました。
それを後ろに置くと座席の居心地がよくなって、ソフィアさんの方を見ると、彼女は優しそうな美しい笑顔でにっこり、そしてお茶目に親指を立ててOKサイン、もちろん私も彼女に習ってOKサイン(笑)
 
ただそれだけのことですが、なんだか温かい風が流れたような気分になりました。
それにしても彼女美しかったです。
 
外国の地ではあまり指のサインは自分からしない方がいいと言われています。
日本では気軽にしていたことが実は外国では侮辱のサインだったり、でも今回のような優しい眼と笑顔だったら大丈夫だと思いました。
 
  
 
 
さて無事にグラナダの地を離陸して、向かうはいよいよ10日間スペイン旅行のフィナーレの都市バルセロナです。
 
 
 
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さようなら〜グラナダ。
 
 
 
 
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9時35分出発して、バルセロナに約1時間半の11時に到着です。
バルセロナ空港の建物は7年前と違って改修されていてもっと広く大きくなっていました。
 
 
 
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マドリッドもトレドもグラナダもサグラダファミリアもまだその核心の記事がなかなか書けないのですが、また追々書かせていただきます。
あ、そうそう昨日はホームベーカリーを初めて使ってパン作りしました
写真も撮ったのでまた近々見てくださいね。
衝動的にホームベーカリーを買ってしまったので、連休中にパエリアを作ろうと思っていたことが次の連休に持ち越してしまいました。
ま、いいかそう順番通りに進むとは限らないですものね。
 
焦げ目を濃くに選んだら、まるで出来立てのバケットみたいなカリカリの表面と中がもっちりと美味しかったです。
ゴールデンウィーク明けお仕事の方、たいへんでしょうね。
週末まで頑張りましょうね。
私も週明けの火曜日はギターレッスン日なので頑張らなきゃ
 

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