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サラリーマン 弱小馬主日記
目標は自分名義の馬で ・・・ 1勝(2013/4/15達成) → JRA挑戦(2016/1/11達成)→重賞制覇→JRA1勝
今日は会議が相次ぎ、タイガーバローズのレースも会議中に横目で見ていた。
気づいた時には向こう正面。あれ?2番手を走っている?

改めてリプレイを見た。
大外枠から逃げ狙いで押して出るも、内枠の馬が主張してきたら最初のカーブに入ってしまい、2番手に引かざるを得ない状態に。
直線に入ると失速して馬群に飲み込まれて8着。

しかし、今までとは違い、ちゃんとレースに参加して、もしかしたら掲示板も?と思わせてくれた。使いつつ、良くなっているようだ。

連闘の川崎にも登録しているが、回避して8月の船橋を目指す予定。
1500mではなく短距離を試してみるのも良いかな?と調教師とは話している。

船橋移籍後、11着、10着、9着、8着と、1つずつ着順を上げてきた。でも船橋は6着以下は同じ賞金。次は一気に5着より上にジャンプアップして欲しい。

函館、二日酔い

先週月曜日、急に下痢が。腸が派手な音を立てている。ミャンマー土産のお菓子がヒットしたか?それほど熱も上がらなかったので普段通りの食生活をしていたら(出張等もあったし)、まったく症状が改善せず、金曜日には完全な水様便になった。
この状況でも、楽しみにしていた2泊3日の函館競馬場遠征は決行。金曜日は豆腐以外は何も食べず、土曜日の朝は症状も小康状態となり、それで函館行きは大丈夫と判断した。

競馬終了後に友人と合流。大門横丁へ。この時点で普通の固形物は48時間ほど口にしておらず、お酒を飲むのは回避するのがセオリー。
まずは『大謀』。イカ刺しを目の前にすると、やはりビールが欲しくなる。いかん、いかん。でも飲んじゃえ。本マグロの刺身とカマ焼き、ツブ貝焼き、磯おにぎり。満足の食事。
続いてミャンマー人が店主の『チェーズ』でミャンマービール、チーズなど。僕のミャンマー話で盛り上がり、店主がちょっと悪ふざけも。
ハシゴの結果は、水様便の復活。

翌朝は朝市の『茶夢』。知らない間に行列のできる店になってしまった。仕方ないよな、ここの小鉢サービスを見たら。

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腸炎が回復していない中で、この食事。美味しいけれど、この後が怖い。

競馬は、買い方の失敗が多く、惨敗。予想は合ってるんだけど。
夜は再びの大門横丁。『酒肴』にて、ビール、日本酒、色んな野菜など。

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途中までは楽しかったが、最後のほうは記憶にない。完全な飲み過ぎ。それほどの酒量ではなかったはずだが、この体調での限界を超えたようだ。

二日酔いのまま帰京。
夕方になっても気分が悪く、ファンド出資馬ノートゥルレーヴを見に船橋に行こうとも考えていたが、ずっと横になっていた。

そのノートゥルレーヴは出遅れて惨敗。行かなくて良かった。

今年の健康診断では、さらに肝機能の悪化が進んだことが示されていた。正式に肝機能障害という診断名がついている。
これを機に、お酒をやめるのも1つかも。

ミャンマー出張 メモ

今まで50回前後、今年も上半期だけで5回の海外渡航(フィリピン3回、香港&マカオ1回、韓国1回)があるものの、完全な出張扱いはなかった。そして、まさか第1号がミャンマーになるとは、数ヶ月前までは想像だにしていなかった。
もちろん仕事の内容は忘れないけれど、それ以外はスコンと抜けてしまいかねず、ここでメモとして残しておきたい。
競馬もギャンブルも関係なく、自分自身の覚え書きなので、興味のない人は読み飛ばすことをオススメする。


日本からミャンマーへの直行便はANAの1便のみ。ウチの社長と同行なので選択の余地はなく、朝9時台に成田空港第1ビルへ。
記憶に間違いがなければ、第1ビルから国際線に乗るのは4回目。JALの入る第2ビルの利用回数は数え切れないし、ANAで出国する時は羽田空港発が多かったので、なんだかアウェー感。どこに何があるか、把握できてない。

成田からヤンゴンまでは時刻表上で7時間10分。バンコクより長く、シンガポールとほぼ同じ。時差(2時間30分)に備えて少し昼寝するけれど、機内wifiは有料だし、前の席にいるミャンマー人の集団はうるさいし、仕事もしづらい。一応、隣は空いていたのが幸いだ。
珍しく機内でフィリピン映画をやっていたので鑑賞。『The Hows of Us』という恋愛映画。女優さんが愛くるしい。やっぱり僕はフィリピン女性の顔が好きなのか。たまに涙も流しつつ、2時間の映画を見終えた。

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が、まだ飛行機は香港にも達していない。あと3時間ってとこか。
次にインド映画を選ぶ。『Badhaai Ho』というコメディ映画。でも途中で眠くなってしまい(食後の血糖値の問題)、ウトウトしていたらヤンゴンに到着。

初ミャンマー。今まで訪れた、どの国よりもGDPが低い。ホテルに向かう車からは大きなビルはほとんど見えない。その車は、右側通行なのに右ハンドル。ガイドさんに聞くと、イギリス統治時代は左側通行で、その名残だという。日本で走った車は、そのままミャンマーに送れる。
元々の首都で、現在でも経済の中心であるヤンゴンの市街地は、それなりに栄えていた。マニラほどではないが、渋滞も発生。交通量と道路インフラのバランスが取れていない。
街の至る所にパゴダと呼ばれる仏教寺院がある。信仰深い国だ。

日本円からミャンマーチャットへの両替を終えて、宿泊先のパークロイヤルホテルへ向かった。ロビーには、竪琴を演奏する女性スタッフが。これぞ、ホンモノのビルマの竪琴。

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夜は会食。
アウンサン将軍が事務所に使っていた建物を改築したレストラン『House of Memories』へ。空いているが、ミャンマー人が気軽に入れる価格帯ではないので、そんなもんか。

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ここに、アウンサン将軍が座っていたらしい。しかしどちらかといえば、部屋に飾られていた娘の写真のほうに気を取られてしまう。
スーチー女史がカリスマなのも、この国の歴史を知れば、仕方ない。

ここで出されたミャンマービールは、フィリピンのサンミゲルライトに近い味。東南アジアでは軽いタッチのビールが好まれるのか。

ホテルに戻る途中、ライトアップされたシュエダゴンパゴダを見た。
黄金の威厳。メンテナンスも大変だろう。

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泊まっているパークロイヤルホテルの地下にはバーがある。行ってみた。
ちょうどフィリピン人の生バンドが演奏中。ブラッディメアリーを頼み、一人でカウンターで飲んでいた。すると、店に入って10分後くらい、演奏も終わった頃に僕に寄ってくる女性が。
「Alone?」
もちろん、事前に調べていた。このバーにいる女性は原則として売春婦だと。
「(以下英語)100ドルよ。どう?」

ヤンゴンでの大卒初任給は、日本円換算で20,000円前後と聞いていた。とすれば、この料金の高さが理解できよう。
とはいえ「ここの女性は全員100ドル」とのこと。僕の行った22時前後、男性客は6〜7名、女性客は20名以上。声のかからないまま帰る女性も多いだろう。
「昼間は美容師の仕事をしているの。週に一度くらいね、ここに来るのは」

しかし、売春婦にも入店してしばらく声をかけてもらえない僕って。ブサメンのデブ中年は、いくら商売でも敬遠されてしまうのか。
なんだか情けなくなってきた。

翌朝。
ホテルの朝食で、見慣れない食べ物が。モヒンガーという麺料理。
試しに食べてみると、なかなかイケる。米麺を使っており、ベトナムのフォーと辛くない担々麺の中間のような感じ。
写真では右上がモヒンガー。

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ちょっと食べ過ぎて、休憩がてらに日本と仕事の電話をしていると、迎えの車が来る時間になった。
午前中に1件アポ、ランチを挟み、午後に1件アポ、夜は会食。

ランチは『White Rice Restaurant』という中華系の店へ。
ちょうどバスで来た団体客が帰ったばかりで空いている。

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ちょっとオシャレっぽい。
この店にいる間に、とんでもないスコールとなった。ビールを飲みつつ、多少の回復を待つ。ミャンマーは雨季。凄まじいスコールは30分程度続いた。

アポも無事に終わり、ちょっと観光しようかという話はあったが、雨が止まずに断念してホテルへ。会食の時間待ち。ちょっとウトウト。

会食は、社長の経営者仲間も合流。ここでは書けない超有名人の出所祝いの話なんかに感銘しつつ、僕は端のほうの席で食べていた。
『Signature』という高級レストラン。ここで飲んだミャンマーワインは、申し訳ないけれど薬品みたいな味で、僕には合わなかった。
今回の視察をアレンジしてくれた会社の現地採用者で、流暢な日本語を話す、とても素敵なミャンマー女性が僕の前に座っていた。緑色の民族衣装が似合っている。ミャンマー女性って、こんなに美しいのか。気になって仕方ない。
僕の名刺を見て、僕をFacebookで検索し始める。「どれですか?」「馬と一緒に写っているものです」「コレですね。いま、友達申請しました」
酔っ払い経営者たちのせいで、閉店時間になっても会食が終わらず、それでも彼女は最後まで残っていた。僕たちの車を見送る時も、彼女は僕を見ていた気がする。
気がするだけで、思い過ごしの可能性は極めて高いけれど。

はあ、でも、ミャンマー女性に恋しちゃったぞ。

ルートの関係で、社長よりも僕の宿泊先に先に着いた。すると社長が、そのまま僕の泊まっているホテルについてきた。
じつは、社長の泊まっているホテルはシャングリラ。会社の規定で、僕が宿泊を許される上限を超えている。それを気遣って、見に来たようだ。しかし社長に同行する出張なのに、違うホテルに泊まることを強要される会社規定って。
そして社長は、このホテルの地下のバーについても知っていた。
「俺が少しお金を出すから、遊んで来い。よし、一緒に行こう。選んでやる」
とにかく社長は酔っ払っているので、店に入るや声をかけまくり(社長は多少の英語ができる)。「この人と遊んでやって欲しい」いや、恥ずかしいんですけど。
とりあえずカウンターに座ると、昨日の女性もいて、お互いに苦笑い。いや、僕も来るつもりじゃなかったよ。でも、アンタも週に一度じゃなかったの?

部屋に戻ると、思い出すのは売春婦のネエちゃん、ではなく、緑色の彼女。
同じミャンマー女性でも、違うなあ。

さらに翌朝。
本来なら終日、観光予定。しかし急遽、アポが入った。社長はゴルフなので「一人で会ってきて」と。
ひとしきり、色々な話をして、ランチミーティングへ。『L’opera』というイタリア料理屋。ヤンゴンでは一番美味しいイタリア料理の店とのこと。
なかなかボリューミーで、ピザは食べ切れず。たしかに、味は日本のイタリア料理屋よりも良かった。感謝。
ここでのミャンマーワインは薬品臭くなく、普通に飲めた。当然ながら、色々な種類があるようだ。

すでに13時30分。ここから観光。ガイドさん(ミャンマー人男性)に、シュエダゴンパゴダに連れて行ってもらう。雨季のミャンマーには珍しく、太陽も出ている。
「アナタ、ツイテル。ホントニ、メズラシイ」

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仏教寺院は、必ず素足になって入る。それゆえに、雨だと大変。ご覧の通り、雨が降ってもおかしくない雲なのだが、観光中は一滴も降らなかった。お陰で、まばゆいばかりの輝きを堪能。

次は寝ている仏像へ。デカい。
中国人団体がいて、勝手に中国人がガイドしていた。
「アレ、違法ネ。ガイドハ許可イルヨ。中国人ト韓国人、違法、オオイ」

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この後、本当はミャンマー国鉄に乗ろうと思っていた。すると社長から連絡。
17時くらいに、社長の指定する場所に、お酒を持ってこい、と。空港で僕が預かったものだが、それなら朝、言って欲しかった。とりあえず、いつ連絡が入っても動けるように市街地に戻り、大型ショッピングセンターへ。ミャンマーっぽくない。ここでお土産を買う。
ここで社長から、飛行機に間に合わないかもしれないので、そのまま酒は日本に持ち帰って自分で飲め、と。うーん、時間が中途半端。
とりあえずヤンゴン中央駅に向かう。

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なかなか重厚感のある駅舎だ。
ホームに入ってみると、JR東海色やJR東日本色のディーゼルカーが。『多治見』行きのままになっている。嬉しい。

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乗りたいなあ。
でも、これに乗ると飛行機に間に合わない可能性が出てくる。
泣く泣く、駅を後にした。

時々、渋滞に合いつつ、かなりヘトヘトな状態で空港に到着。
搭乗手続きを終えて手荷物検査場へ。ここでうっかり、ミャンマーチャットをドルに両替するのを忘れてしまった。チャットは国外では紙屑みたいな紙幣。インフレも激しい。そもそも持ち出しも違反。手荷物検査を終えると、両替屋が見当たらぬ。
免税店で使い切るしかない…。

予定より早く搭乗が始まったようで、ラウンジで搭乗案内を聞いて搭乗口に向かったら、もう人はガラガラ。そして離陸も予定より10分以上早かった。
いきなり睡魔がやってきて、最初のスナック配布は気付いていなかった。うん、いい感じだぞ。でもANAのエコノミー席は、寝にくい。少しずつお尻が痛くなってきてツラい。
それでも、ウツラウツラしていると、急に照明が明るくなった。ここで朝食。時刻は3時台。早いよ。いらないよ。でも、これだけ明るくガヤガヤされると寝にくい。
地図は、上海付近を飛んでいることを示していた。

そうだ、せっかくなので、インド映画の続きを見よう。

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ラストシーンは、お決まりのダンス。この女優さん、スタイルいいな。
ああ、また眠くなってきた。やっと九州か…。

次に気づくと、静岡県沖まで来ていた。もう、お尻が限界。目を閉じては起きて、の繰り返し。ああ、やっと成田空港か。
30分ほど早着。ありがたい。

いつもなら税関はスムーズなのに、何故か止められた。
パスポートを見て「フィリピン行きが多いですねえ」なに言ってるんだ、このオンナ税関係員。早く通せよ。
「荷物の重さを確認していいですか」どうぞ、でも協力しないぞ。勝手に持て。
このオンナ税関係員にとっては、フィリピンやミャンマーは怪しいヤツが行くところであり、調べる対象なのだろう。偏見もいいところだ。
ん?このオンナ、前にも俺を止めなかったか??

僕は日本の入出国時はスタンプを押していない。香港や韓国はスタンプを廃止している。従って、フィリピンが目立つ。
そういう国の事情も知らないのね、このオンナ。きっと中年太りの汚いオッサンはロクでもないから疑うんだろ。

はあ、帰国早々、腹立たしい。
電車に乗ってiPadを見ると、なぜか今月のデータ通信量が一杯に。おいおい、たった数分で5GBを使うわけないだろ。何かの間違いか。
自宅に戻ってwifi接続すると、動画を勝手にクラウドに移行していた。ミャンマーで重い動画を撮っていた。うわ、これか。

ああ、ミャンマー美女に、また会いたい。

先行したが後退

タイガーバローズの発走時刻は、ヤンゴン市街地で渋滞にハマっていた。
手持ちのwifiで動画に接続すると一気に容量を食ってしまうので、後で見ようと思っていると、調教師から電話が。

ということで、レースを見る前に結果を知った。

空港に行ってwifi接続してからレース動画を見ると、先行馬群にいたものの、バテたような止まり方。C2最下級では掲示板前後に来る力はあると思うのだが、もう少し先になるのかな。
調教から乗っている騎手だし、色々と考えてくれるだろう。


さて、ミャンマーからの帰りは、エコノミーの深夜便。きつい。でも直行便はこれだけしかない。
お尻は痛いし、ウトウトしていると照明が灯されて朝食が提供されるし、家で3時間ほど、しっかり寝るしかなかった。
隣席が空いていたのが唯一の救いか。

大昔は、ミャンマーにも競馬場があった。イギリスの植民地だったので当たり前。それがいつ消えたのやら。
娯楽に乏しい国。でも娯楽を求めていないような国。
まだまだアジアには、知るべき場所がある。

競馬がない国に、あえて行く機会は少ないと思うけれど。


初めての賞金

ミャンマーに来ている。
競馬もカジノもないのに、なぜ?

…サラリーマンとしての出張である。
これが人生初ミャンマー。仕事なのでスケジュールも詰まり気味。
そんな時に、同じ日に、笠松でブルブルブルが、川崎でタイガーバローズが出走。
時差は2時間30分。発走時刻を忘れそうだ。

ブルブルブルは、朝8時30分。それゆえ、ホテルのwifiに接続してリアルタイムでネット観戦できた。
初めての掲示板確保。
スローペースで逃げていたので、もう少し上位も期待していたが、どうも自分でペースを上げて走るのが苦手なのか、そのままゴールした感じ。
時計的にも不満は残るけれど、とりあえず一歩、踏み出せた。どうすれば勝ち負けに加われるのか、佐藤友則騎手も考えて乗ってくれているようだし、次に期待したいところだ。


じつは、ミャンマー出張は、乗り気じゃなかった。
仏教建築に興味がなく、ギャンブルもなく、美女が多いイメージもない。さらに、日本との直行便はANAのみ。積極的になれる要素がない。
ところが、仕事関係者で集まって夕食した際に同席していた、ミャンマーで日本語教師もしている現地女性。民族衣装っぽいスタイルのせいかもしれないが、一目惚れに近い状態になってしまった。
彼女も名刺を見て、Facebookで僕の名前を検索、お友達申請をしてきた。

そんなんされたら、惚れてまうやろ〜!

夕食が終わって別々で帰る時も、何度も目が合っている気がした。
気がしただけかもしれないけれど。
そして、お友達申請も社交辞令かもしれないけれど。

次にミャンマーに来た際にはデートしましょう。そうメッセージをしてみた。
今度来られたら、色々と案内してくれるとの返信あり。

社交辞令に違いない。違いないけれど。
なんだか、すぐにでもミャンマーを再訪したい気持ちになってしまった。

あ、僕のFacebookを見て、その女性を検索しないようにね。

キャロットのファンド出資馬ヴェスターヴァルトが函館を連闘。
ルメールへの乗り替わりということで、もしかしたら口取りのチャンスか?

しかし、宿は確保できるが、帰りの飛行機に空席がなく、直前すぎてキャンセル待ちも不可。日曜日に函館から新幹線で帰宅するのは、翌日の仕事への影響が懸念され避けたい。もちろんJALはダイヤモンド会員なので、当日空港で申し出ても、空席さえ出れば搭乗できるけれど、確実ではない。

それらを総合的に勘案し、僕は函館への連闘をやめた。

馬のほうも、枠順の違いが最後まで影響したか、ハナ差2着。
ゴールの数メートル手前では鼻ヅラが前に出たが、いわゆる首の上げ下げのタイミングが合わなかった。
これ、現地に行ってたら、最も悔しいパターンだ。先週のような大負けのほうが精神的にはダメージが少ない。

母サンブルエミューズも、僕は口取りに縁がなかった。
特にハナ+クビで負けた新潟は、目の前で、本当に力が抜けた。
まあ、サンブルエミューズとの2頭出しだった中京で、フレデフォートの口取りをすることはできたが。

7月13日と14日は函館に行く予定。すでに飛行機も確保している。
ここで出走してもらえれば嬉しいが、連闘後の中1週は、ないかな?

残念の多い函館遠征

何度も繰り返しているが、僕が口取りしていないJRAの競馬場は3つ。
そのうちの1つ、函館でヴェスターヴァルトがデビュー。上位人気になりそうだし、これは行かねばなるまい。

と、もう何年連続になるのかわからないが、函館に足を運んだ。

土曜日の東京でリリーバレロが2勝目を挙げた。
その流れに乗れれば、きっと良い結果が待っているはず。

土曜日の夕方、ANAで函館に向かう。マイレージ特典だ。
バスで東横インにチェックイン。20時前、寒い。部屋でヒートテックを重ね着し、いざ大門横丁へ。
が、今まで行って居心地がいいな、と感じていた店は全て満席。やむを得ない。別の店にするか。
僕は店の人と話をしながら呑むのが好きだ。でも入った店は店員さんが若すぎる(ただし美人ではある)。しかも途中から酔っ払いオッサン4人組が登場、店の雰囲気を悪くしまくり。残念な夕食になった。

翌朝、決戦の日曜日。
6時半に「茶夢」に行くと、まだ灯りがついてない。じゃあ以前入った別の店にするか。イカ刺し、三色丼、ビール。

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以前に比べ、味が違う気がするのだが?
7時頃に店を出ると「茶夢」には行列が。そっちにすべきだった。

いったんホテルに戻りチェックアウト。市電で競馬場に着いたのは8時40分頃。当然ながら指定席は満席。一般席の開門待ちに並ぶ。
それでもギリギリ、パドック側のテーブルあり席が確保できた。

午前中の馬券は好調。と、ここで電話。
「東横インですが、お客様、部屋にキーケースを忘れてませんか?」
なんと自宅の鍵をホテルに置いてきた。
この失態が精神的に尾を引き、以降の馬券がボロボロ。

ヴェスターヴァルトも、パドックで立ち上がり厩務員の手綱を振り切り、放馬寸前の事態に。馬っ気も出していたし、こんな精神状況で走るわけがない。
結果6着。

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競馬終了後、東横インにキーケースを取りに。そのついでに早めの夕食を「はこだてビール」で。ここは久しぶりだ。
店からネットでタクシーを手配。しかしネット接続が悪くタイムアウト。
想像以上に料理の出るスピードが早いし、駅まで戻ってバスで帰ろうか、そのほうが安上がりだし、と思ったらタクシー会社から電話。タイムアウトではなかった模様なので、無理に食べ物を注文し、配車を待つことに。

空港に着いた僕を待っていたのは、出発遅延の案内。もう、どうにでもなれ。

なんだろね、この残念だらけの函館遠征。
いったん体を休める週末を挟むべきなのか。

ナオくん引退

横川尚央騎手が、今日のレースをもって引退するらしい。
今開催は所属の渋谷厩舎が飼料騒動に巻き込まれて出走自粛となったため、乗鞍が少ないままでの最終騎乗週を迎えることに。それでも第1レースでは逃げて2着と見せ場を作った。

尚央騎手は2012年4月30日デビュー。初騎乗馬アンビエント。代表馬主、僕。

ウチの新人騎手のデビュー戦になります。

そう渋谷調教師から連絡があったのは、その前の週だったか。
事前に厩舎を訪問した時に、イガグリ頭で「よろしくお願いします」とシャイな感じの挨拶をしていたのが尚央騎手。

アンビエントは、7頭立ての4着。
共有馬主クラブから離れて共有を組み直し、川崎から船橋に転厩し、放牧明け。ついでに騎手も代表馬主もデビュー戦なのだから、誰も結果を予測できない中、この4着という結果には本当にホッとした。
共有者全員プラスアルファで、戻ってきた尚央騎手を拍手で出迎えた。

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写真を改めて見ると、騎手時代の林幻調教師との攻防だったんだね。

尚央騎手の初勝利は、2014年2月27日。
アンビエント自体が未勝利で引退したので、当然、違う馬。
その直後の3月1日、当時共有していた馬を見に行くついでにハマグリを食べてイチゴ狩りをするという企画があり、そこに尚央騎手も参加することになっていた。
慌ててご祝儀を包み、当日、尚央騎手に渡した。
写真は、ハマグリを食べる尚央騎手。

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奥にいるのは西村騎手。一般人ではないのでボカシなしで。

その後は、僕自身が騎手を選べる立場では南関東に関与しておらず、また渋谷厩舎関連のイベントにもスケジュールの都合で疎遠になっており、接点がほぼないまま今日を迎えている。

7年で4勝。騎手としては最低レベルの成績だろう。
いつかの宴会で話をした時にも勝利への欲が感じられず、騎手としてどうかな?という言動が少なくなかった尚央騎手。
父、母、兄が騎手。
そんな家庭で同じ道を選んだものの、適性は騎手ではなかった。

騎手と調教師の成績が連動しないように、騎手はある意味、極めて特殊な仕事だ。
引退後、どういう道を選ぶのかは知らないが、適性に合った役割を果たせるよう願っている。

結果、出走しただけ

昨日、NARホームページにて笠松競馬の開催自粛が発表されたのは昼頃。そして開催自粛が調教師に伝えられたのは、それよりも後だと聞いた。順番が反対のような気もするが、それが笠松主催者の体質なのだろう。
正直、脱走事件は、再発すると思っていた。先月訪問したところ、なんだか数年前の脱走事件の前のムードに近いと感じたからだ。一時期はピリッとしていたのに。
春先の新入職員へのツイッター問題もそうだが、日本の競馬主催者の中で最も社会性や効率性、経済性に欠けるのが笠松。ファンだった頃も、馬を持ってからも、その思いは変わらない。
出走予定馬に対する補償など、まだ何も知らされていないが、この責任や負担を厩舎や馬主に押し付けるような施策は避けてもらいたい。せっかく、C級チャレンジ戦のような馬券的に面白いレースを考え始めたところ。頭が堅く、保身に走る人が決定権を持っていないことを願いたい。

さて本題はタイガーバローズ。
ようやくの出走となったのはヤングジョッキーズTR。騎手は抽選で決まる。すでに大活躍している騎手から技術的にも未熟な騎手まで、さまざま。タイガーバローズには浦和の赤津騎手となった。
結果は12頭立て6番人気10着。このレースの泣き所は、6着以下が確定しても最後まで騎手が追ってしまう点。結果よりも、そのダメージは心配だ。
その代わりに出走手当も高い。どちらを取るか?
昨年、ワイルドテイルでも同じような話があり、結果、出走手当ではなく戦略的にレースをすることを選んだ。
まあ、今日のレースはC2級上位が集まっており、力量的にも不足していたし、やむを得ないところか。

7月は、少しだけクラスが下がる。もちろん周囲の馬も下がってくるので比較しづらいが、もともとC2級の下位ならそこそこ、という期待での船橋移籍だし、これから頑張ってくれることを期待したい。

しかし、今週は、一口ファンドのノートゥルレーヴも走る予定が、楽しみが減ってしまったなあ。

ゴールデンウィークに香港&マカオ、5月末と6月上旬にマニラ。行き過ぎだとわかっていても、今年も一般の人から見ればハイペースな渡航が続いている。
にも関わらず、友人から「ソウル競馬場に行く」と聞いた時「一緒に行きたい」と返してしまい、金曜日に神戸での仕事を終えた後に関西空港に向かうことに。

ああ、なんてダメな僕なのか。

関空からはLCC利用も考えたが、仕事の終了時刻が読めなかったので、普通に夜の大韓航空を予約した。残念ながらマイル特典枠は一杯で、お金を支払った。
友人は後続のアシアナ航空を利用するのに、なぜ一緒ではなく大韓航空なのか?
だって、ツリーナッツヒメの名義人なんだもん。ここは大韓航空でナッツを食べるべきでしょう。

普段はJAL上級会員としてラウンジで過ごすことに慣れた身にとって、普通の待合エリアで待つのは苦痛だ。仕事もできず、ひたすら待つ時間。ラウンジだとアッという間に搭乗時刻を迎えるのに、時間の流れが遅い。
やはり次からは少し割高でもJALで発券してもらおうか。いや、今回、それをすると大幅に割高だったんだよなあ。

関空を離陸した飛行機は、ほぼ揺れの中を進む。シートベルト着用サインが消えたのは着陸15〜20分前のみ。あとはシートベルト着用サインが点いたまま、揺れに耐えつつ客室乗務員が軽食の配膳や下膳をしていた。客室乗務員にも着席指示が出ていた時間も長く、着陸30分前に軽食が届けられ、20分前に下げられる、そんな人もいたように思う。
僕は最後方から2列目の座席で、配膳は早く、それなりに通常の機内サービス環境だった。僕の顔の真横を客室乗務員の白いタイトスカートが慌ただしく往来し、なんだかドキドキしていたのはココだけの話である。そのために最後方ギャレーに近い通路側座席を選んだわけではない。

ナッツは出てこないまま、短いフライトを終えて韓国入り。何度もソウルに行っているけど、金浦空港から入国するのは、いつ以来?金浦空港から出国するケースは多いんだけど。
スムーズに電車を乗り継ぎ、東大門の東横インへ。好んで選ぶホテルではないが、今回の行程だと寝るだけになりそうだし、窓のない地下の部屋でも十分だ。

友人と深夜0時半頃に夕食。せっかくなので一人では食べられないカムジャタンをチョイス。豚肉の背骨とジャガイモと野菜を辛めに煮込んだ鍋。初めて食べた。なかなかマッコリに合う味だった。

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さて、やや睡眠不足で起きて向かったのは、ソウル競馬場。途中駅でドッと馬券オヤジが押し寄せて、地下鉄は満員状態。府中に向かう京王線みたいな空気ではなく、園田に向かう無料バスのような空気。
競馬公園駅で1,000ウォンの赤い競馬新聞を買い(サインペン付き)、地上へ。朝10時でも暑い。T-moneyカードで入場し、2年振りのソウル競馬場を、直線半ばくらいにあるスタンドの5階、外国人専用エリアのチャンピオンズスイートへ向かう。

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利用料10,000ウォン。コーヒー無料。快適に過ごせる。日本から行く人はぜひ。と書きたかったところだが、こんな掲示が。

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なんてこった、パンナコッタ。
明日で閉鎖される。
この情報を知らずに今回は訪れている。もし訪問が来週だと、このエリアは存在していない。残念な気持ちと、廃止直前に来れて良かった気持ちと。
たしか、以前にも外国人専用エリアは別の場所に存在し、一度閉鎖して、新たに作り直したのがチャンピオンズスイートだったはず。初めての訪問時は、外国人専用エリアのない時期だった。
今後の訪問の敷居が高くなるなあ。

気を取り直し、競馬。最後のほうで強引な賭け方をして外したこともあり、回収率は50%を切る大敗。まあ、それでも楽しめた。

ランチは、場内の食堂へ。
ハングルだけだと読めないが、そこは英語表記があり、内容を想像しやすい。メニューを指差して注文。プルコギ。

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キムチとタクアン(略してキムタク)は取り放題。
ちょっと甘めの味付け。キムタクと合わせて食べると、ちょうどいい。美味しいとは言わないが、7,500ウォンなら及第点。

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最終レースまですべて観戦し、競馬場を後にした。
次は、いつ来れるのだろう?

一度ホテルに戻り、夕食はカンジャンケジャン。
以前行ったことがある店なのだが、すごく美味しかったので、ずっと再訪したいと思っていた。
店内の客は、ほぼ日本人女性。ローカルな店なので店主が宣伝したわけではないだろうが、そういう選ばれ方をする店になったのだろう。

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ここのカンジャンケジャンは、他店よりカニミソの色は薄め。それがちょうど僕の味覚には合う。
甲羅にご飯を入れて混ぜ混ぜすると、これがなんとも美味!
1人前33,000ウォン。以前よりも大きく値上がりした気もする。でも、これを食べたくてソウルに行くのもアリ。僕は、それくらい好きだ。

翌朝は8時に金浦空港を出るJAL。
こんな時間だから、片道7,500マイルだった。
ホテルを5時半頃にチェックアウト。とはいえ、普段の国内出張時でも、これくらいの時刻に自宅を出るのは珍しくない。景色の見えない地下鉄で45分ほど。眠い目をこすりつつ、空港に到着。
朝の金浦空港は、さながら日本便専用。海外にいる感覚が乏しくなる。ラウンジに入っても同じで、頭を日本向けにリセットするには良い。

しかし、ソウル競馬場の外国人の扱い、どうなるのかな?気になる。

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