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田沼先生は、九月の職員会議で提案された学習発表会の出し物で頭を痛めていた。
十月になり、二組はミュージカルの練習を始めていた。三組では朗読劇をすることを決めていた。
歌や群読の声が聞こえてくると、子どもから「うちのクラスは何するの」とせかされるたびに、田沼先
生は困っていた。「みんなは、どんなことをしたいの」と投げ返しても、反応は返ってこなかった。
あと一ヶ月というときに、神尾がビデオを持って職員室にきた。
「先生、『宇宙戦艦ヤマト』がいいと思うんですけど。」
と他の先生に聞こえないように、耳打ちしながら、そのビデオを見せた。
そのていねいな言葉づかいに、田沼先生は苦笑いをしながらたずねた。
「どうして、それがいいと思ったの。」
と声をひそめて聞いた。田沼先生が生まれる前にテレビでやっていたアニメだったので、詳しいストリー
はわかっていなかったからだ。
神尾は、ニヤッとして、自信ありげに話し始めた。
「先生にぴったりじゃん。二一九九年に地球を救うために命がけでヤマトに乗り込むなんて。歌もいい
し、みんなで歌えば盛り上がると思うよ。プロジェクターを使えば迫力あるし、絶対にうけることまちが
いなし。」
と、いつもの口調にもどっていた。田沼先生のご機嫌をうかがってから、話を進めるところが、神尾らし
かった。
田沼先生はうなずきながらも、気になっていたことをたずねた。
「ほとんどが男の子ばかりになってしまうんじゃないか。女の子たちが賛成するかな。」
「大丈夫だよ。地球で待つシーンをつくったり、森雪やスターシア以外にも乗組員を増やせばなんとかな
るし。それに、女の子たちに合唱やリコーダーをやってもらえば、いいし。」
確かに、五年一組の女子は、音楽の山下先生からの評価も高い。春のクラス対抗合唱コンクールでも、
六年の先生から「とても五年一組の歌声にはかなわないよ」とおほめの言葉をもらうほどであった。
「でも、あの歌は男の人が歌っているんじゃないか。合唱にむいているのか、山下先生に聞かないといけ
ないな。」
田沼は、そう言いながらも乗り気なんだろう、メモをした。
その日の昼休み、田沼先生が運動場に出ていくと、井能がすぐにかけよってきた。
「『宇宙戦艦ヤマト』にするんだって。俺、賛成だよ。あれは、おもしろいもの。」
神尾が、根回ししたみたいだ。井能が、神尾にとって一番気かがりだったに違いない。 なにしろ、学
級会で二人はことごとく反対し合ってきた仲だったからだ。特に、損得がからむと、多数決で決まった後
でも、相手をにらみつけ、しばらく口を聞かないほどだった。
井能が賛成ならば、うまくいくかと思った田沼先生はたずねた。
「もし、『宇宙戦艦ヤマト』になったら、君はどの役をやりたいの。」
「それは、古代守だね。出番は最初と最後だけだから、それに、アニメも描きたいし。」
もしかしたら、二人はそこまで話し合ったのかもしれない。とすると、神尾は主人公希望かと田沼先生
は思った。
「神尾君の役は、だれがいいのかな。」
「沖田艦長をやりたいらしいよ。いつもかぶっている帽子をそれらしくするんだと言ってたもの。」
「それじゃ、古代進はだれがするんだい。」
「そこまで話さなかったけど、希望者はたくさんいるよ。」
田沼先生は、二人の話から、うまくいくと思った。
山下先生に相談した田沼先生は、朝の会で『宇宙戦艦ヤマト』をやったらどうかと提案した。
三十年以上前のアニメだったので、子どもたちの反応はにぶかった。特に、女子たちはその題名を聞い
ただけで、「エー」と否定的だった。
田沼先生は、学習発表委員会を設け、そこで計画案をつくったほうがよかったかと考えていたときに、
神尾が説明しだした。
「戦いだけじゃないんだ。地球を救うために、勇気と愛が大事だという話だし。二一九九年の未来の話だ
から、絶対に見ていて飽きないはずだよ。なんなら、ビデオを見てもらってもいいし。」
井能も、神尾の援護射撃をし始めた。
「一組は合唱が得意だし、勇ましい場面や哀しい場面でリコーダーを使えば盛り上がること、まちがいな
しだから。背景の絵は、ぼくや田中君たちで描けば、ヤマトの中の雰囲気を出せるし。」
うなずきながら神尾が聞く、めずらしい光景だった。
圧倒されたのか、女子たちの質問は肯定的なものばかりだった。「そのまま、パクリのストリーでやる
のか」だとか「全員活躍できるのか」など、それらがクリアーされればやってもよいという感じだった。
しかし、神尾と井能は自分の役のことしか具体的には考えていなかった。
それでも、ストリーをアレンジする、女子の役柄を増やすなどの考えが出され、話がまとまりかけたと
き、神尾がすっとんきょなことを言った。
「みんなの言ってるのでいいんだけど、だれが脚本を書くの。」
神尾と目があった井能は、下を向いてしまった。井能は絵を描くことは得意だったが、文章を書くこと
は苦手中の苦手だったからだ。
それまで積極的に発言した女子も沈黙してしまった。みんな、神尾が脚本を書くものだと思いこんでい
たからだ。
先ほどまでの空気は、一気に重たいものとなってしまった。
「ぼくが原案を書いてみるよ。みんなに読んでもらって、よりよくしてもらえれば。練習しながら都合の
悪いところは、なおしていったらどうだろうか。」
と、田沼先生が決意を語った。学生時代も含めて、脚本など書いたことがないのだから、一大決心だった
のだろう。ストリーもわかっていないのだから、無謀としか言いようがなかった。
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