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練習が始まった。
「ばかめと言ってやれ」など、沖田艦長の短いセリフをしゃべる神尾は、貫禄十分であった。しかし、長いセリフになると、覚えることができないためか、何度もとちった。イライラしていたのだろう、井能にあたった。
「プロジェクターの光がまぶしすぎるよ。」
「しょうがないだろ。ななめからだと、ヤマトがゆがんじゃうんだぞ。それより、しっかりセリフを覚えろよ。」
と井能は、わざわざプロジェクターを動かしながら、言い返した。古代守役の井能のセリフは、最初と最後しかなかったので、神尾が何度もまちがえることを腹立たしく思っていた。
神尾は自分自身に対してだけでなく、井能にもいらだっていたのだろう。
井能が、「イスカンダルに残ることにしたよ」と言ったとき、
「そんなに気軽に言うなよ。古代守は、地球にもどらない決心をしたんだぞ。」
と批判した後、悲しそうにそのセリフを言ってみせた。
井能もカチンときて、言い返した。
「そんなんじゃ、キザすぎるよ。明るく言ったほうが、古代守らしくていいんだ。」
二人はもっともなことを言っていた。
演技指導の経験もない田沼先生は、二人の言い分を聞きながら、嬉しい気分でいた。しかし、当日までうまく進むか不安でもあった。
学習発表会前日、体育館で最後の舞台練習をした。
沖田艦長が亡くなる場面で、神尾は迫真の演技をした。とぎれとぎれの言い方は、沖田艦長の最期を感じさせるには十分だった。
井能がプロジェクターの前で、思わず拍手するほどであった。
しかし、その場面までの神尾の演技は、いつものように沖田艦長の貫禄ある雰囲気が出せないでいた。
田沼先生が「具合でも悪いのか」と問いかけても、首を横にふるだけだった。機嫌のいいときには、「少しは黙っていろ」と言いたくなるほど、おしゃべりなのに、この日は口数も少なく、嫌なことでもあったのかと田沼先生は心配していた。
井能は、そんなこともお構いなしに、
「緊張しすぎだよ。バッチリできているんだから、リラックス、リラックス。」
と神尾をからかった。
この日の神尾は言い返すこともなく、少しだけ笑顔を見せただけだった。
田沼先生の心配はあたってしまった。
当日の朝、神尾の家から届いた欠席届には、高熱のため休むと書かれてあった。
教室に向かう途中の階段を上る田沼の足どりは重たかった。
神尾の欠席を伝えると、教室中が騒がしくなった。
井能が、口を開いた。
「先生が、艦長役をやればいいよ。」
田沼先生も、そのことを職員室で考えないわけではなかった。しかし、学習発表会で担任が順主人公役になってもと考え直し、それ以外のいい知恵もうかんではこなかった。
そのことを話すと、井能がまた話し始めた。
「そんなら、ぼくが沖田艦長をやるよ。」
また、教室中がざわめいた。
「セリフは大丈夫」、「一人二役が、ばれてしまうよ」、「プロジェクターをやるのは」
と口々に子どもたちが言った。
井能は、一瞬困ったような顔をしたが、
「神尾ほどは覚えてないけど、ずっと練習中見ていたから、なんとかアドリブでやれるよ。沖田守役は最初と最後だけだから、衣装を変えれば大丈夫だよ。プロジェクターは平気だよな。」
と言いながら、後ろをふりかえった。
OKマークを出したプロジェクター役の小西健一が、ニコッと笑った。
田沼先生のほほが、ゆるんだ。
「ありがとう、井能君。三校時目まで時間があるから、国語と算数をやめて、一通り練習をしておこう。」
子どもたちは井能のほうを見ながら、机を後ろに下げた。
台本を見ながらも、井能はなんとか沖田艦長を演じた。
二校時目も終わり、体育館へ移動していたときだった。
おばあちゃんに付き添われ、大きなマスクをした神尾が現れた。
すぐに、井能を先頭に男子たちが近寄っていった。
「出られそうなのか。」
とたずねる井能に、神尾は首を横にふった。
おばあちゃんが、田沼先生にあいさつをし、風邪の具合を説明した。
「どうしても見に行くと言って聞かないものですから。」
と、病院から直接学校に来たわけもつけくわえた。
代役を井能が務めることになったことを聞いた神尾は、すまなそうな顔をして、
「悪い、こんなことになっちゃって。」
とひと言だけわびた。
弱気な神尾を見た井能は、首を横にふり、
「気にするなって言っても気にするよな。まあ見てろよ。」
と言いながら、照れ笑いをした。
いよいよ出番のときがきた。五年一組の子どもたちが一斉に舞台のそでに移動した。
神尾とおばあちゃんは、だれもいなくなった列の一番前に移動した。
沖田艦長役の井能は、堂々としていた。井能の動きをじっと見ていた神尾も、井能がセリフを言うときには、いっしょに口を動かしているのが、いじらしく見えた。
なんとか無事に終わりの場面にたどりついたとき、井能の目が宙を泳いだ。
宇宙放射線病が悪化した沖田艦長のセリフ「私は、はっきりわかっているんだ」と言ったきり、言葉が出てこなかった。
神尾が、たまらず小さな声を出し始めた。
「しかし、もう一度、地球を見るまでは死なんぞ。」
少し間があいたが、それが見る子どもたちをひきつけた。井能は、いかにも、もうダメだというように、そのセリフを言った。
発熱のためもあってか、神尾の顔が紅潮した。
隣で、おばあちゃんが惜しみない拍手をおくった。つられるように、会場からも拍手がわきおこった。
ヤマトの艦橋から見える地球がスクリーンに映しだされた。打合せどおり、リコーダー演奏が元気よく始まった。小西が前日練習しておいたプロジェクターを動かし、ヤマトが地球に近づくようにした。合唱するメンバーが舞台に登場し、歌い出した。
歌の合間に、ナレータの内川が役割紹介を始めた。その最後に、
「五年一組が宇宙戦艦ヤマトをやろうと言ってくれたのは神尾君です。」
と紹介した。始まる直前に、田沼先生が頼んでおいたおかげだった。
神尾は、その場で立った。職員席から、大きな拍手がおくられた。元気な神尾だったら、両手でピースサインでもしただろう。この日の神尾は、頭を深々と下げた。隣のおばあちゃんの目に涙がうかんでいた。
五年一組のみんなが、自分たちの列にもどってくると、井能が神尾に手を出した。握り返した神尾に井能が、
「危なかったよ、おかげで助かったよ。」
と礼を言った。
神尾は、黙ったままうなずき、笑顔を返した。
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