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月曜日の五校時、講師や校内中の先生たちが五年一組に集まった。いつもと違って、ネクタイをしたり、スーツに着替えたりしていた。当然、田沼先生もジャージ姿ではなく、背広を着ていた。
ただならぬ雰囲気の中、前担任の前川先生から「がんばってね」と言われた神尾が「緊張するな」と独り言を言った。
田沼先生の緊張した表情を見た井能からも、いつもの冗談が出なかった。
チャイムが鳴り、田沼先生が「テレビがあれば、新聞はいらないか」と黒板に書くと、一斉に手があがった。それを見た金田先生が、口を丸くして、メモを取り出した。
子どもたちの意見が続いた。
つくり笑顔の田沼先生は、落ち着きはらった様子を装って、たんたんと子どもたちの発言の要点を黒板に書いていった。
テレビが速く伝えていることについて、踏切事故のことやプロ野球の試合のことなど、発言は続いた。そのことにだれも反対はないし、そのとおりだと思える内容だった。
内川が期待どおり、新聞のよさについて話し出した。
「次の日、どんな事故だったか気になって新聞を読まないんですか。テレビは事故現場をビデオで見せてくれるけど、何が原因で自殺しようとしたのかまでは、すぐにはわからないから説明してくれないでしょ。新聞を読めば、詳しく書かれているから、新聞だって必要だと思います。」
井能も張りきっていた。
「テレビのニュース番組はビデオを見せてくれてわかりやすいし、野球の試合だって今やっていることが見られるよさはあるけど、だいたいはわかっても、細かいところはわからないから新聞もあったほうがいいです。次の朝、巨人と阪神の差が気になったり、ラミネスの打率がどうなったか、新聞を見るとわかるので、両方大事だと思います。」
ていねいな言葉がたとたどしかったが、どちらのよさもしっかりとらえていた。
井能の鋭い発言に、対抗心を燃やした神尾が燃えた。
「ほくなんか、東和町の事故だって新聞を見なかったよ。テレビもチラッと見ただけだったし。ニュースに興味がないから、漫画なら見るけど。どっちも、いらないんじゃないかな。」
空気をよんでほしいと田沼先生は思ったが、顔には出さなかった。ビデオのスイッチを押しながら、
「東和町の事故について、テレビを見ていなかったり新聞を読んだりしていない人もいるようだから、二つを比べて新聞はいらないか考えてみよう。」
と話を進めた。
事故現場を映しだした映像を見ながら、井能がすぐに「電車をとめるボタンを押せばいいのに」と反応した。
「命がけで助けることなんてないよな」と神尾をくいいるようにテレビに向かって言った。「そんなこと言ったて、助けなきゃ」と内川がつぶやいた。
「でも、二人とも死んじゃったんでしょ」などと、子どもたちは感想を述べ始めた。まさに映像のもつ強みだった。
三十五秒で、ビデオは終わると、神尾が「やっぱりチラッとだったでしょ」と、その短さを指摘した。子ども思考は、どうしても目の前のことに影響をうけてしまう。
田沼先生は、テレビのもつ速く伝えることと新聞の詳しく伝えることになんとか着目させたいと考え、次の日の朝刊のコピーを配って言った。
「テレビがあれば、新聞はいらないのかな。」
すぐには答えが、もどってこなかった。国語が苦手な子だと、新聞を読むスピードも当然のように遅くなってしまう。大人向けの漢字が、ネックのようだった。
「テレビだと言わなかった、自殺の原因が生活苦だったことが書いてある。」
と内川が、難しい言葉をそのままつかいながらも、新聞のよさについて発言した。
内川のおかげで、二つの違いを話せばよいことに気づいた小西が、
「あの電車が、夕方は五分間隔で来ていることが新聞でわかりました。それを知っていれば、亡くなった人も助けにいかなかったと思いました。」
と事実と感想を交えて話した。
神尾が、話をもどしてしまった。
「助けたのは、えらいと思うけど。やっぱ駅員さんに言うか、井能君が言ってたように電車をとめたほうがよかったんだよ。」
事故そのもののことについて話したので、君づけて名前を出された井能も、
「ずっとそう思っていたんですけど、線路におりていくのはやめたほうがよかったと思います。」
と、田沼先生の思惑からずれてしまった。
「勇気があるよな。目の前で人が線路におりていったら、どうしたのかと思うのがやっとだよ。」
と神尾が、そんな場面でどうしたらよいかと、話を違った方向にもっていってしまった。
筋道立てて考える村田でさえ、
「でも、このことで、今度そんなことがあったら、どうすればよいかわかってよかったです。」
と、田沼先生がまったく考えてもいなかった話し合いになっていった。
さすがに内川だった。困っている田沼先生のことを助けてくれた。
「テレビを見なかった三日間で考えたんですけど、もし新聞も読まなかったら、世の中のことも知らないままだったはずです。だから、両方必要なんだと思います。」
ニコッとした田沼先生が、そのまとめを黒板に書こうとした。
すると、また神尾が「あれって辛かったよ。テレビはやっぱり必要なんだよね」と本音を言った。神尾にすれば、それぞれの場面で精一杯考えていたことだけは確かだった。
神尾が言ったことで、テレビを見なかった三日間について、その後の発言がひきづられてしまった。
無情なチャイムが、鳴ってしまった。
研究会が開かれる図書室に向かう田沼先生の足どりは重たかった。ねらいからはずれていった話し合いをコントロールできずに、自分のふがいなさを感じていた。
しかし、新米教師の意欲的な試みに、先生方は温かかった。
「学区の身近な話題を取り上げたので、子どもが自分の問題として考えていた。だから、少々脱線したとしても、あれだけ発言をした子どもたちは立派でした。」
「テレビや新聞の特性をとらえようとしていました。自分たちと報道とのかかわりについて考えるきっかけになったのではないでしょうか。」
「井能君が、真剣に発言していることに感動しました。神尾君も四年生のときと違って、
友だちの発言をよく聞いて、あの子なりに反応していたんだと思いました。」
授業研究会の話し合いで、よく見られる光景だった。まずは、授業者の労をねぎらい、ほめ言葉を言う慣習そのものだった。
そんなことも知らない田沼先生は、苦労してきたことが認められたようで、うなずきながら発言の要点をノートにメモしていた。
(やっぱり、あの学習問題はよかったんだ。あれだけの話し合いができたんだから。)
そんなことを考えていたので、司会者から発言を求められ、田沼先生の口がなめらかに動いた。
「『テレビがあれば』と聞けば、新聞のもつよさが浮き上がると考えたんです。新聞を読まない子どもたちにとって、そのことを理解できるし、反発もすると思っていたら、やはりテレビのもつよさについてふれてくれました。東和町の事故を取り上げれば、それまでの一般論でとどまらず、それぞれのよさについて具体的に考えられるはずだと思って、あのような展開にしました。」
授業後なのに、すべて計画についての発言だった。子どもの言葉をもとに語るべきだったが、それにはふれていなかった。
前もって指導案について相談がなかった社会科主任の木崎大輔先生の発言は、厳しかった。
「東和町の事故は子どもの関心が強かったので、どうすればよかったかについて話し始めたのもしかたがなかったと思います。あのときに、田沼先生が学習問題にもどすような問いかけをしたら、脱線した話し合いをもどすことができたんではないでしょうか。」
ねらいからはずれた話し合いをほっといた田沼先生のまずさをやんわりと指摘したのだった。
木崎先生の厳しい言葉は、他の先生のストレートな言い方を引き出した。
「授業の終わり方がまずかったですね。内川さんが発言した後、『テレビがあれば新聞はなくてもいいか』について、もう一回確かめて、学習問題をはっきりさせるべきでした。」
「子どもたちの挙手と先生の指名が気になりました。まだ手をあげている子がいるのに、発言させなかったのが不思議でした。先生にとって都合のよい発言だけを取り上げてしまっては、いけないのではないでしょうか。」
「今日の授業では、指導案に書かれてあるこの学習のねらいが達成できていませんでした。先生の出番をあらかじめ考えておかなかったことが原因だったと思います。」
田沼先生のプライドにダメージを与えるには、十分すぎるほどだった。それでも、めげてはいなかった。
(井能があれほどがんばったし。神尾も授業に参加していたから、明日ほめなきゃな。)
次の日から、指名してほしくない子は左手をあげるという姑息なことをやめる宣言をした田沼先生だった。
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