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いつでも音楽をやめてもいい・・そう思うときがあります。別に、自分は有名になるために音楽をやっているわけではないし、きっと何か感情の延長線上で続けてきたのでしょう。だけど、このような新しい時代に、どんなに頑張っても芸術で生きていけるわけないです。技術を維持するのも大変だし、美しくないと誰も見向きもしない。いつも周りから比べられる世界であり、・プレッシャーの連続。本当に、現実的にやっていけないから。頑張れば頑張るほど、見返りが返ってくる資本主義社会の中で、芸術は一流をめざせばめざすほど、苦しい世界・・なんと時代錯誤なのでしょう。
ただ、見ていると、音楽大学卒業して、10年間、音楽から離れていてまた声楽の勉強を始めた人もいます。私自身も、歌を歌うのをやめた時期があったけど、だけど、そんなとき、一番、応援してくれるのは身近にいる人たちなのですね。クラシックは人生の年輪みたいなものです。
去年のコンサートで、誰にも言えない大変さがあったとき、何も言わず泣いてくれた人がいた。結局、音楽的な責任以上の全てが私にのしかかり、逃げるわけにも行かなかったとき、一緒に泣いてくれた人がいた。いつも、私がぎりぎりのところで生きてきたのを知っていて、同じお金が掛るなら、とことん頑張って、駄目ならその時は泣きましょう。と言ってくれた人。
ロシアの国際コンクールも、同じお金を使うなら、とことん一生懸命やって、それでもだめだったら、一緒に泣いてくれると言ってくれた人。
あの有名な国際舞台に上がれるというだけでも神様に感謝しなくては・・だめでもともとなんですね・・。
だけど、その涙はさばさばした、涙。どんな明日だか解らないけど、新しい明日を開く涙になると言ってくれた人。実は、そういう人たちに、自分は支えられているのもしれない。
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