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先日11日のイーグルス戦(横浜スタジアム)の初回、愛敬投手からセンター前ヒットを放ち通算2000本安打を達成したベイスターズの石井琢朗選手ホントにおめでとうございます!
(*^^)/。・:*:・゚'★,。・:*:・゚'☆ Congratulations!!
投手として勝ち星を挙げながら2000本安打を達成したのは川上哲治氏(元巨人監督)以来、
2人目。
2リーグ制以降では初めての快挙だそうだ‥。遠回りにも見えた3年間の投手経験だが、それは決して無駄ではなかった。
91年オフのファン感謝デー。監督室に足を運び、当時の須藤豊監督に「投手として限界です」と野手転向を直訴した。新たな選手生活のスタートとなった。
石井選手は投手時代に放った3安打をカウントしたくないと言い「2003安打目が本当の2000本安打」と笑う。
▽ヤクルト・古田監督
(2000安打は)僕の次ですかね。投手から野手に転向して積み重ねてきたことに、投手時代に対戦したことのある現役の数少ない1人として、すごい記録。名球会に入ると思うが、現役同士として、切磋琢磨(せっさたくま)してやっていきたい。(自身は昨年4月、遠征先の松山で達成)地元で打ったのか。うれしいだろうなぁ。いいなぁ。
間近でみていた選手がドラゴンズに。
谷繁元信選手は89年入団の同期生。1位・谷繁選手、ドラフト外が石井選手。
今期、ライオンズの涌井投手−炭谷捕手の「10代バッテリー勝利」が話題となったが、この快挙は
89年10月10日以来。その時のバッテリーこそが石井−谷繁だった。
「今年の記事を見て、『あぁ、そんなこともあったな』って。でも、当時は全然、マスコミも扱ってくれなかったですよ」。谷繁選手が苦笑いで17年前を振り返った。
「野手になるって聞いた時は、『なんてもったいない』って思いましたね。1軍の壁にぶつかっているだけだったから。でも、今にしてみれば大正解だね。小さな体で実際はボロボロなのは僕も知っているし‥。」
こう話すのは、デニー友利投手。計10年間、共に戦った。
体力・気力の限界に挑み続けた成果である。
残り少なくなりつつあるプロ野球人生、全うしてもらいたい。切に願う。
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